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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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*みえないひと3*

通路は淡く青い光だけが灯されて他の照明施設は総てが使用禁止にされている。



 今までとは違う艦内の状態に戸惑うルリとルカに夜間の行軍ではよくあることなのだとルクが告げた。

 そのときばかりはルクも軍人の顔をしていて、ルリもルカも何も反論することなく「そうなんだ」とだけ呟いた。


 自分たちをとりまく環境はわずか一日で様変わりした。


 連邦軍と帝国軍の反乱部隊が戦闘を繰り広げ、それに対して帝国が助力を求めてきた時、当然、ブルームは静観を決め込んだ。

 帝国の言うとおりに助力をしたところで、後から連邦に因縁をつけられるのは分かり切っていて、また助力をしなければ、それはそれで反乱軍と通じていると因縁を付けられることも予想していた。

 連邦と帝国のある意味では出来レースなのだから、対応をブルームの首脳陣が苦悩するのは当然で、静観を決め込む以外に手だてはなかった。


 わずか半日後には連邦軍の別働隊が、ヌミディアを攻撃している情報が入った。


 最初から、狙いはコレだったのではないかとラシードは冷静に分析し、ルクもそれに同意した。

 そして、もっと状況を悪化させているのは、帝国の反乱軍と呼ばれている軍が、踵を返してブルームを攻撃している。

 当然、ブルームとしては反撃を試みたが、圧倒的な戦力の違いは否めない。

 ブルームに急ぎ帰還しようとしていたヴィマーナは逆にコウキにヌミディアを守るようにと命令された。



「どうしてですか! そんなこと承服できませんよ」

「落ち着け」

「これが落ち着いていられますか! このまま黙って、あの女帝の言いなりになって、ブルームが攻撃されるのを見ていろと言うんですか! 2年前のあの光景をもう一度見ていろと!」


 この時ばかりはルクは激昂のあまり、相手がコウキであることも忘れて怒声を張り上げた。

 今まで聞いたこともないルクの怒声に、ルリは肩を振るわせてルカにしがみつき、ルカは瞠目してルクを見遣った。


「聞け!」


 怒声による怒声の応酬に、艦内のスピーカーが耳障りな音を立てる。

 その緊迫した状況下でも日頃とまったく変わらないのが、ラシードだった。


「よく、平気だね?」

「こんなのは、俺たちの組織では日常茶飯事だった。血の気が多いから、怒鳴りあうだけじゃなくて、よく殴り合いにまで発展して大変だった。ま、怒鳴り合うだけ互いに元気な証拠だ」

「え~非建設的じゃない? 野蛮だよ。互いの相手を恫喝するだけじゃ、なんにも意味がないじゃん」

「お前も大人になったら、理解できるさ。時として人には怒鳴ることも必要だ」


「僕はもっと理性的に生きるつもりだけどね」

 とたっぷりと皮肉を含むルカに、ラシードかいつものように喉の奥で笑った。

 が、次の瞬間、表情を引き締めて、組んでいた腕をほどく。


「狙いはヌミディアの宇宙港です」


 ラシードの声に、今まで激昂していたルクの表情が瞬時に入れ替わる。


「連邦がヌミディアを支配下に置きたかったのは、そこに宇宙港があったからです。月やコクーンを攻撃するための足がかりとしてね。で、逆はどうです?」

「……ヌミディアがブルームと同盟を結んだからにはと……」

「そういうこと。宇宙港の維持はこれで存外大変です。持っているブルームならおわかりでしょう。連邦は独自の宇宙港はひとつしか持ち合わせていません。まあ、一つあれば十分ですが、欲というものは限りがありません。だからこそ、ヌミディアが必要だったわけですが…」

「そのヌミディアが敵に回るなら、自分たちの邪魔になりそうな物は破壊してしまえと」


 ルクがため息をつきつつ、信じられないとばかりに肩をすくめる。

 その様子を見ていて、自分の身内の話をタブー視する傾向のあるルクにラシードはつい痛いところを突きたくなった。


「あなたの祖父である大臣なら当然の作戦でしょう。でなければ、エイドリアン氏が追われる身になどなりはしません」

「……そうですね」


 ラシードとルクの会話を眉間にシワを寄せたまま見守っていたコウキは、こちらも深いため息をついてから、静かに切り出した。

 モニターに映るコウキの表情は、ルリ達が最後に見たときよりもっと険しくやつれて見える。

 だから、さすがのルカも、言いたいことは山ほどあるが、いつもの憎まれ口は噤んだ。

 自分たちが無理矢理着させられた軍服のことも、今回の作戦に組み込まれたことも、他にも細かく色々なこと。

 けれど、憔悴しきったコウキをみたら、さすがに言い出せない。


 会話はルカやルリの考えの及ばない、そして触れてはいけないと言い含められている政治的な話になりはじめて、二人は、目配せしあうと、静かに艦橋を後にした。

 都合のいいときにだけ、自分たちのことを大人扱いするその考え方にも腹もたつけれど、政治の話だと聞いたところでもっと大人の嫌いな部分に触れてしまうから、ルリもルカも好きではない。



 艦橋を出ると灯りの落とされた廊下は明るい中で見るよりももっと無機質で、行き交うひともなく殺伐としている。


 艦内を人の姿を求めて歩いても、殺伐とした空気に焦燥間が混ざるだけで、どちらも心地のいいものではない。

 スタンバイを命令されるまでの数時間は、部屋に戻ろうかと、ルカとルリが短く会話を交わす。

 微かに見下ろす形になったルリを見遣れば、薄暗いライトを受けて、胸元がきらりと光った。


「ルリ…それ」

「うん。アスランの指輪と、宝物。ラティーナにネックレスにしてもらったの。太めのチェーンだから、今度は直ぐには切れないよって」

「そっか…」


 先に続ける言葉を探していたら、廊下の先に立っていた少女の姿が見えて、ルカはそっとルリの肩を抱いたあと、そっとその背中を押した。






 どこもかしこも薄暗い艦内の、もっとも薄暗い展望室に一人足を踏み入れたルリは、その暗さこそがヴィマーナが作戦中の艦であるのだと主張しているようで、喉の奥に苦い物がこみ上げ瞬間、うずくまりそうになった。

 人の心を落ち着かせる効果があるはずの場所なのに今のルリには効果はない。


 時を刻むように酷くなる頭痛と、うるさいほどの耳鳴りに呼応するように襲い来る目眩と吐き気は、体中の力を奪っていく。

 どうする事も出来ないもどかしさと、何もかもを投げ捨てて逃げてしまいたい思いが渦巻いて声を上げて泣き出したくなった。

 いつも泣きたいとき、泣き出しそうなとき、いち早くそれと気づいてルリの傍にいてくれたアスランは敵方にいる。

 この後、間違いなく刃を向けて向けられることになる。

 そしてもう一人、アスランと一緒にルリの傍にいてくれた、生まれる前からの半身であるルカも、今はルリの気持ちを察してくれない。


 昔は言葉にしなくても、互いの気持ちが手に取るように理解でき、互いの求めている物がなんなのかも了解していたのに、今はルリが何を求めても答えてはくれない。

 あれほど寄り添うようにいたルカの気持ちは、ルリの心に何も響いてはこなくなった。

 時々、ルカが見せる戸惑う視線と、ルリに求めるものの間にはルリの知らないものが潜んでいて、ひどくルリの気持ちを不安にさせた。

 ルクの軍人としての顔も、ルカの戸惑う視線も今まで触れたことがないものばかりで、一人砂漠に放り出されたように途切れることなく不安が襲う。

 こんな時こそ、誰かと一緒に居たいのに、誰もが自分に冷たいように感じられて、ルリは結局、この場に足が向いた。



 分厚いガラスの向こうに広がる夜の砂漠。



 砂漠の景色は好きになれそうだと思っていたけれど、こうして夜の砂漠を見ているとそれはルリが一番嫌悪する闇の姿をしていた。

 何かに八つ当たりでもするように、ルリは両手でガラスを何度も打ち付けた。

 手のひらに感じる痛みは止めろと訴えているが、ルリの中の別のルリはどうなってもいいと訴える。

 このまま怪我をしたら、アスランと対峙することも、自分の手で誰かの命を奪うことも回避できるかもしれないという、思いもうる。

覚悟など持てるはずもないルリは、ただ目の前にあるガラスを、感情のままたたき続けるしか出来なかった。


「その辺りで止めておけ、ルリ」


 だれもいないと思っていたのに突然、後から声がして、ルリは驚いて素早い動きで後を振り返った。


「ガラスが砕ける前に、腕が折れるぞ」

「……ごめんなさい。誰も」

「いないと思ったか」


 展望室の中央に設けられた緑化スペースのソファから、ゆっくりと立ち上がると、ラシードはルリの隣に並ぶ。


「八つ当たりなんて、お前らしくないな、ルリ」

「…私らしくない…?」


 初めて聞いた反抗的な口調にラシードの視線がルリに向かう。


「私ってなに……自分でもわからないのに。どうして此処にいるのか、どうしてこんなもの着てるのか。どうしてってたくさんのどうして、があって、自分でも何がなんだか判らないのに。私らしいって……」

「……そんなにイヤなのか」


 ラシードの意外な冷たさを含んだ口調にルリの瞳が凍る。

 暫くうつむいていたルリが、顔を上げたときに浮かべたその表情と瞳に、今度は、ラシードの表情が瞬時に凍り付いた。


「言ったら……戦わなくていいの? 言ったら、人を殺した罪は消えるの? アスランと戦わなくてもいいの? 誰もみんなそんなこと思ってないのに。戦えないなら戦えないって言える。アティールに乗れないなら私は乗れないって言える。だけど乗れるんだもん。守りたいものがあって、欲しいものがあって……私と同じ思いをさせたくないと思ったら、自分が犠牲になればいいと思ったら、戦うしか無くなってた…もう、どやって戻ればいいのかもわかなんい…みんな勝手なことばかり! 大人はみんな勝手なことばかりやってるのに……誰も……ルリのこと判ってくれない」

「ルリ?」

「人を嫌いになるのはイヤ。でも……嫌いな人が増えてくの。此処にいたら、イヤでも増えてくの」


 氷柱を服の中に入れられたように、ラシードの背筋を冷たい何かが襲った。

 



     ずっとあの頃のままいられるはずだった。

     いつも笑って、 いつも楽しくて。

     銃口を向けたときの、ルリのあの瞳が忘れられない。





「なあ、俺たちは確か、帝国軍と戦ってたんだよな。いつから、敵はヌミディアとブルームになったんだ?」


 何気ない口調を装っているが、心から承服したわけではないという響きを咲くませてタイスが呟いた。

 その呟きは最もだとアスランも思ったが、タイスのように口に出す勇気はなかった。

 もちろん、タイスがこんな話をしているのは、互いの通信を他の人間が聞いていないからだ。


「タイス、何度も言うが、作戦前に余計なことを考えるよ」

「それをお前が俺に言えた立場かよ。説得力、ゼロだそ」


 思っていたよりも大きな反撃を受けてアスランが押し黙る。

 パイロット用のヘルメットについているサンバイザー越しにもはっきりと判る薄紫の瞳が抗議するように、SS内部の連絡モニターに映し出されているが、「だろ?」と呟くタイスの唇の動きが見て取れた。


「他の4名は待機だって?」

「ああ。夜間の作戦で、実戦レベルも低いから作戦に投入するにはリスクが大きな過ぎる。とヴァルハラ司令官が判断した」

「で、その司令官が、4人の変わりに自らがお出ましになるってワケ?」


 タイスとアスランの二機が待機する格納庫。その二機の目の前に佇んでいるのが、そのヴァルハラの機体だった。

 二人同様、彼も宇宙艦隊からの転属を受けたとき、自分の愛機を持ってきたことは知っていたが、まさか、司令官自らが戦場に立ち、まさしく陣頭指揮をとるとは、思いも寄らなかった。 


 つい、5分ほど前にそのことを告げられたアスランとタイスが事実を受け止めて理解する前に事は進んでいる。


「ま~あ。宇宙艦隊ではこの人ありとい言われた人だし、艦長席にどっしりと座って命令するなんて姿は想像してなかったけど。なるほどね。アッシュの言ったとおりの人物だわ」

「アッシュ?」

「ああ。お前、聞いてないか? 前にさ、アッシュにお前の上司はどんな人だって聞いたら、穏やかすぎて何を考えてるか判らない人だって」


 上司として行動を共にするようになってわずかに数週間。

 けれど、アッシュの言葉にアスランも妙に納得した。

 今まで見知った軍人の中でも一見して軍人には見えない人間だった。


 アスランの兄であるエレクトルも軍服を着ていても軍人には到底見えない人物だった。

 いつも笑顔を浮かべて、軍人に必要な要素など何一つ持ち合わせていない気がしたものだ。

 確かに最近、その認識は間違っていたのだとアスランも認めている。

 いつも飄々として鷹揚に構えていたが、目端が利き行動を起こせば早い人間だった。


 そういう意味では、ヴァルハラと大差は無いが、兄弟であるということを差し引いても、アスランの兄のエレクトルの方が人間味がある気がした。

 ヴァルハラという人物は、上司としては理想的だが、理想的すぎる部分があり、それが恐ろしいと感じてもいる。



「でさ…戦場では鬼神だって」

「鬼神…?」

「躊躇いも、迷いもなく判断力も決断力もピカイチ。敵を前にしたときに、とっさの判断で迷ったところを観たことがないって。そして…敵に情け容赦をかけたところも観たことがないって。で、鬼神。アッシュはいい上司で尊敬しているが、反面、恐ろしい人だって言ってた」

「尊敬しているが…恐ろしい人……」


 初めて挨拶した瞬間に感じた違和感と、そのフレーズがどこかで結びついているような気がしてアスランの脳裏に染みこんでいく。

 上官であるヴァルハラの経歴のところを見ても、アスランとの接点などひとつも見あたらないのに、どこかで逢ったことがあるような気がするのだ。

 けれど、それは思い出してはいけない事であるかのような怖さを同時に感じさせる。

 なぜ、そんな複雑な思いになるのか、未だにアスランにも判らない。


 確かに上司としては文句の付けようのない人物。

 理路整然としており、感情的に言葉をぶつけるところを見たことがない。

 上層部からの無理難題も、表情ひとつ変えずに聞き、無理なことは無理だとはっきりと告げる。

 その上で、最善策を見いだしていく能力にも長けている。

 年齢はまだ若いのに、若さ故のという部分もない。

 司令官として上官として理想的な人物だが、理想的すぎるのが逆に怖い。



(尊敬しているが怖い…か。理想的すぎて、確かに怖いよ……)


 知らず知らずのうちに、いつもの癖で胸に手を当て、そこには無い物を思うと、ため息をつく。

 こんなことで心を乱されている場合ではないと思いつつ、思考はどうしても切り替えることが出来なかった。










 唇が離れたとき、瞼を上げてローザはもう一度、ルカの唇を奪った。


 数日前「もうやめよう」と言われたときも絶対にイヤとばかりに、抱きついて、そのままなし崩し的にルカに繋がりを求めた。

 けれど、ルカは「やっぱりだめだよ」と、どれほど懇願しても、どんなに強く抱きついてもその後、一度も抱いてはくれなかった。

 本当に心から愛しているからルカを求めた訳ではない。

 なのに、ルカに「もう止めよう」と言われたときは、すごく胸が痛んだ。

 いつの間にか自分の心に中に住み着き始めたルカ。


「ルカ、無事でいてね」

「本当にそう思ってる?」


 今まで聞いたこともないほどの冷たい声。


「…ルカ、何を……」


 先を続ける前にルカがローザの唇をふさぐ。

 その後、何がおきたのかわからないまま、薄暗い部屋の中で、自分のすすり泣く声だけしかローザの耳には届かなかった。


「どうして……」


 続けられたキスのせいで晴れ上がった唇から洩れたのは、ローザ自身の泣き声だった。

 はだけられた胸、まくれ上がったスカート。

 お尻にヒンヤリとした床の感触は、ローザの心を強く傷つけた。

 なんの言葉もなく、声を上げることすら許されず、優しい言葉をかけてすらくれなかった。

 まるで娼婦のように扱われた。

 身体を気遣うこともルカはしてくれない。

 その行為がローザの心を傷つける。

 心から愛していたわけではないのに。

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