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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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*その銃口の先10*

遅れてルカとラシードが司令室に入室をすると、モニターにはすでにコウキが映し出されていたのだが、その表情は先ほどと全く変らない渋面だった。


 わすが数分の間に事態が変わるとは誰しも思ってなどいないので、コウキの渋面を気にする者はいなかったが、そのコウキの後ろに陣取った外交担当の老人の姿を見つけると、その場にいた誰も彼もが「うげっ」という声を出しそうになった。

 いつもは飄々としているラシードまでが、珍しく複雑な表情を浮かべている。

 ルクに至ってはその場から「逃げ出したい」と聞こえるほどの声で口にしたくらいだ。

 ルカだけは特段変わらぬ表情を浮かべていたが、こちらはトマソの姿を見ると、急に不機嫌な表情を浮かべる。


「おやおや、お前ら3人は全員、外交には向かないと見える。人の顔を見ただけで表情を変えるようではな」


 と楽しげに言われ、その3人と言われたルクは首筋に手をやると苦笑いを浮かべ、ラシエルは引きつった笑顔を貼り付け、ボブに至っては嫌なものを見てしまったとばかりに視線を外した。


「して、ルル女史の息子というのは、君か。なるほど、父上より母上のルル女史に良く似ておるわ。性格も良く似ているそうだな」

「はい。おかげさまでご老体。僕は烈婦ルルに似ましたが、妹のルリは突然変異でとっても愛らしいですよ。ですから、くだらない話はやめて本題に入りましょう、ご老体」


 誰も彼もが沈黙する中、ルカは誰よりも素早い立ち直りを見せモニターのロベールにむかってにっこりと笑う。

 その上、ロベールが一番嫌っている「ご老体」という名称を2度も連発したルカをみて、ルクは「やっちまった」と苦笑いを浮かべたが、モニター向こうのロベールは表情ひとつ変えることなく、また気分を害したような様子もない。

 けれど、時間にすればわずか1分ほどではあるが、空間が沈黙しかけたが、コウキが「時間がない、本題に入る」と告げてその場の主導権を握る。


「声明文まで偽造だとは思わんが、女帝はこの機に乗じて帝国内で力をつけ始めた人間達を一掃するつもりかもしれん。昔からその手のことは上手にやってきた御方だからな……今回もどのような策をろうじているか検討もつかん。実は、帝国内に女帝に反発して廃位にしようとしていた人間達や、帝国から独立を求めている国もある。その中に、前々皇帝の正婦人であった女性がいてな、まあ……」

「その女性の息子って……あれですよね。女帝と通じてて、その後の後継者争いで自害した第一王子。そのせいで起きたのが月と帝国の水戦争」


 ルクが先日、ルカから聞かされた話をその場にいたラシエルにも教える意味も含めて口にした。


「その正婦人は、アンタレスに匿われていた」

「その話と今回の戦闘にどう結びつくんですか?」

「まだ、わからんかエレクトル。……前回、その正婦人は最後まで自分が産んだ第一王子を帝位に就けるために画策し、帝国内を混乱に陥れた。その夫人が月に逃げ込んだので、ともっともらしい理由をつけて、女帝は月を攻撃した。今回はその正婦人が帝国の転覆のためにルカとルリを担ぎ出し、リデリオを利用したのだと女帝は言っている。そもそもリデリオの母親は正婦人の侍女で、正婦人も目をかけていたのは事実だからな。リデリオ殿下の素行が問題になっていた時も、色々と正婦人が矢面に立っていたこともある。それが本人と母親を増長させたのだと、後悔もしていたようだが」

「確かに水戦争の時には、それが通じたかもしれませんが、今回、それを鵜呑みにする国なんてないでしょう」

「そうとも言い切れませんよ」


 ルクの反論にラシードの静かな声が被さり、声とともに司令室の一番後方にルカとともに控えていたラシードが、ゆっくりと中央に歩みよる。

 先ほどと同様に、威風堂々とした姿で、いついかなる時でもそれが崩れる事はない。

 数多いる個性豊かな砂漠の民を統べて、故国奪還を成功させようとしている人間なのだから当然、王者としての風格を持っている。

 無法者として生きていた時代のラシードを知っているロベールは、モニター越しに彼を見遣り、「自分の目に狂いはなかったのだ」とばかりに、自分ではわずかに微笑みを浮かべたつもりだったが、司令室の面々は誰も気づくことなく、会話が続いている。


「この帝国の新型機」


 司令室の床は全面がモニターになっている。ラシードは中央で立ち止まると、今なお続く帝国と連邦の戦闘を示す。


「女帝がどこまで考えてのことかはわかりませんが…帝国の新型機が戦場に投入されていて、それが反乱軍ひいては帝国の転覆を企むリデリオと前夫人。その後ろには月のカーディナルフェルがいると言われたら、あながち詭弁だとも言い切れなくなりますよ」

「そっか……。僕達はブルームから逃れるときにSSを利用している。それと同形態の新型機が投入されているなら、そう裏を読まれても仕方ないよね。……迂闊だったよ」


 瞬時にラシードの言わんとしたことを理解したルカは腕を組んでため息をつく。


「迂闊どころじゃないよね……。ブルームは月を通じて、ママを通じて彼に連絡をとろうとした。だから僕たちはあえて悪趣味親父の誘いにのった」

「そう。彼があの男の裏にいることは誰もが知っておったし、彼がコクーン、地球、月のどこにも属していないことも知っている。だから、誰もが追いかけていたこともある。ところが、今回は彼から、コンタクトをしてきた」

「だから、迂闊だったってことだよね」


 ルカは一人納得して悔しがっているが、話の見えないラシエルは「わかりません、説明してください」とばかりに横で立っているルクの肘を突いた。

 その様子を見ていたルカの目に揶揄する光を見つけて、今度はルクが渋面を作る。


「ルク兄、物わかりの悪い部下に説明くらいしてあげたら? 上官の務めでしょう」

「上官に報告するのは、部下の義務だろ、ルカ」

「おあいにく様、僕はルク兄の部下でもなければ、ここにいる人間の下にいる者でもないからさ、あくまでも協力者なんだし、説明する義務なんてないんだよね~」


 コウキが聞いていようが、そこにロベールがいようともルカの憎たらしい嫌味は全くなりを潜めない。

 昔はこんな性格ではなかったと考えて、何も知らずに楽園で伸び伸びと生活していたはずの少年が、突然、戦場にいきなり放り込まれ、無理矢理に戦闘をさせられれば誰しも人格に多少のズレはでるかも知れないと思い直す。

 それに、ルカも、ルクには随分と手加減をしてくれている。

 嫌みな言い方には辟易はしたが、コウキも、ロベールも案に「お前が説明しろ」という視線をよこしていたので、ルクはため息を飲み込んで足下のモニターに意識を切り替えた。


「元々この国は、中立とか言いながら武器商人を手厚く保護していた国だ。その辺りはブルームと良く似ている。ブルームも、カーディナルとカーディナルフェルという技術を抱えていたんだから。それが悪いという訳じゃない。表だって戦争をしているわけでもないからな。2年前の侵攻の時、帝国がブルームを攻撃すると連邦に情報を流したのが、ルカが言うところの悪趣味屋敷のあの男だ。相対する陣営にそれぞれの情報と一緒に自分の武器も売りつけていた。最近になって、ラシードの組織がそれを掴んで、なんとかしようと思っていたところらしい」

「よくも…まあ、そんな破廉恥なことが出来ましたね」

「破廉恥ではあるけどな。生き残るために必死だったんだろ。あの国の主張としては、私どもは中立です。だから、これが正当な、なんたらかんたらって奴だった。それに、この国は、二つの実力者が事実上支配してるんだ。ひとつは帝国側、ひとつは連邦側という複雑な構図で武器商人だけでなく、テロの互助会やら、まあ混沌としてる。今まで、何もなかったほうがオカシイくらいだ」

「だから、我々も2年前、かなり危ない橋も渡っていた」


 ルカとラシード、コウキとロベールが目配せする中で、ラシエルとトマソはまだよく判らないという表情を浮かべている。

「ま、理解はできないだろうな」とばかりに、ルクがため息をつくのを見ると、ルカが冷たい視線を投げて寄越す。


「……誰もがお前さんのように、いろんな事情を一回で理解する頭脳を持っているわけじゃないかだぞ、ルカ」


 ラシードが後ろからルカを小突く。


「でも、それじゃ、両国を敵に回していたのも同然じゃないですか?」

「一見してみればな。けれど、そこが武器商人の外交というものだ。軍事産業では最大手のカーディナルフェル家は帝国にも連邦にも頑として武器を売らずにいた」

「でもね、我がカーディナルフェル家も勿論、会社なんだから武器は作れば売るのは当たり前だし、利益がなきゃ経営も出来ないのは当然でしょう? カーディナルフェル家は、月に本拠地があるけど、実際はコクーン寄り。そのコクーンには武器を卸してた。自衛させるためにね」

「そのコクーンに卸された武器を地球のこの国の武器商人に仲介していたのが、彼だ」

「でも、何故、今回、それが?」

「ママがコクーンの代表として第6区に行ったときに、はっきり宣言したらしいんだ。これ以上問題を起こすなら、第6区を見捨てるって。跡形もなく吹っ飛ばしてね」

「そんなことが可能なんですか?」


 ラシエルがあり得ないとばかりにあげた声は、ルカ相手なのに随分と丁寧な言い回しになっている。

 相当、動揺しているらしい。


「それは可能だ。第6区の現在の代表はお飾りだ、その後ろで手を引いているのは、カリスマテロリストと言われた人物だが、その人物と一緒に活動していたもう一人、武器を仲介し、連邦と帝国両国からテロリスト指定を受けている人物が居る。それが大本締めというか、平たく言えばテロの互助会の総元締めだ。コクーンも彼には手を焼いていたし、ブルームも手を焼いている。月も同様だ。だが、今回ばかりは向こうからルル総帥との会談を申し入れてきた」

「もともとブルームと月、そしてコクーンの代表としてのママ達は取引している悪趣味オヤジを通じて連絡を取ろうとしたんだけど、彼がそれを餌にして甘い汁をすすろうとしたんだよ」

「甘い、シル?」

「連邦の、」とそこで言葉を切りルカが視線を向けると、ルクは目で「構わない」と頷く。

 連邦という言葉が出た段階で、これからルカが話そうとしていることは、予測がついている。

十中八九、ルクの血縁者であるドーマスカーの事だ。


「連邦のドーマスカー大臣は僕とルリの暗殺を狙ってる。もちろんパパとママも。あわよくば女帝も。あの人はデュオンが死ぬほど嫌いだし、その血縁者の皆殺しを狙ってる。それを知った悪趣味オヤジは、連邦にも僕とルリの情報を売った」


 そこまで説明を受けてラシエルが、「ありえません、破廉恥どころじゃない」とため息混じりに首を振る。


「連邦にもってことは……帝国にもってことですよね?」

「ああ。帝国にすれば今までそれなりに目をつぶっていたが、明らかな裏切り行為だ。だから、それを利用することにしたんだろ」

「あ…なるほどですね…。やっと判りました。帝国側はあの国に制裁を食らわそうとして、そのまま食らわしたのでは批判があるから、リデリオ殿下のなんやらの件を織り交ぜて本来の目的をカムフラージュする。連邦は連邦内で起きたこの間の反乱分子がこの国にいるからという名目でルリとルカ、そしてラシード殿を殺すためにSSで爆撃する」

「と、本来なら見るでしょ? そこが2年前の裏事情って奴だよ、ラシエル」

「2年前の帝国がブルームに侵攻することを流したのは、確かにあの男だ。けれど、連邦もその情報を利用して帝国と開戦した」


 ルクの声に今までとは違うトーンを聞き取り、ラシエルの背筋が伸びる。

 この時ばかりは、さすがのルカも口をつぐみ、ラシードもそっと後方に歩いていく。

 モニターをチラリと見遣れば、コウキもロベールも堅く唇を結んで、表情を引き締めている。


「どういうことですか…先輩」

「最初から帝国と連邦が仕組んだ戦争と侵攻だったんだ……2年前のあれは」


 言葉にすると、とても厭な響きを持っていて、ルクは嘲笑を浮かべて顔を歪めた。



 2年間、コウキの手足となり動きまわり、そして様々な情報を扱うようになってから知らされた真実。



 初めてコウキやロベールから知らされた時、ルクは祖父に怒りを覚えたくらいだ。

 自分の手で首を絞めてもまだ足りないと、心底、憎悪した。

 突然にして振って湧いたエイドリアンの転勤の話。

 一時的に引き上げられた月に展開していた連邦の軍隊。

 歪められたルクを見て、ラシエルの顔から血の気が引く。

 それはボブもトマソも同様で、言葉の意味を正確に理解した証だ。


「示し合わせた侵攻なんて、そんな権利、帝国にも連邦にもないですよ! ブルームをなんだと思ってるんですか!!」


 たまりかねたラシエルが声を張り上げる。

 先ほどまで事の重大性と驚愕に血の気が引いていた顔は、今は怒りで赤くなる。

 どんな理由があるにせよ、二つの国が示し合わせて侵攻し、自分達の国を蹂躙した。

 その事実に怒りを覚えない人間などいない。


「何故、それを黙っているのですか、コウキ代表。それを知っているのならば何故!!」

「冷静に考えれば解るじゃない? それにあなたたちだってブルームの理念は知っているでしょう。中立というのはそういうものだよ。連邦にも帝国にもどこにも荷担しない。だからこそ、その2国に攻撃された。けれど、武器を持たず、どこの戦いにも参加せず不安定過ぎたんだよ。同じような中立でもアンタレスに所属しているディナルとは立場が違いすぎるよ」


 トマソの怒声にルカが冷たい声で答える。

 冷や水を浴びせられたようにトマソもラシエルも一瞬にして黙り込む。


「2年前の侵攻時、我々民政委員の間である大きな事案が持ち上がり対応に苦慮していた。それが帝国に口実を与えて

しまったが、それを帝国に差し出すことは出来なかった。もちろん、我々の立場では連邦と手を組む事も考えられなかった。当時、ブルームは、帝国とも連邦とも緊張関係にあり一触即発だったのは間違いない。だからこそ、帝国が侵攻した際、連邦は素早く行動を起こした。もちろん、その後に、連邦も帝国と開戦することまで計算に入れていたとは思えないが、連邦と帝国も難しい関係にあった。今回も……それと同様のことが起きているということだ……」

「相変わらず、女帝はやることが早い上に、随分と旨く立ち回る」









「直ぐに出撃します」と、帰還早々、敬礼をするアスランに、上官であるヴァルハラはほんの少し微笑みながら「待機」を命令した。

 待機を命令されていたタイスは驚いたような顔をしたし、アスランの部下達も驚いた表情を浮かべた。

 タイス達の部隊に出撃命令が出ないのは、隊長であるアスランが艦を離れているからだとばかり思っていたから、そのアスランが戻った以上は直ぐに出撃を命令されると思っていた。


 ヴァルハラの背後のモニターには、暗い闇の中でまだ交戦が続いている。

「ですが、味方が劣勢です」と、有り体に正直なアスランの進言にヴァルハラは「確かに」と頷いたもののやはり「待機」と繰り返した。

 理由を問おうとアスランが口を開こうとしたが、右手を挙げてそれを制する。

 普段、空気を読めないところがあると言われているアスランは、このような場合には恐ろしい程の観察力を持つ。


「今回の戦闘は我々の部隊には参加命令が出ていない」

「ですが」

「確かに、劣勢だがね。こんなところで戦力を失いたくないのだよ。我々の艦はこの後、再編された部隊とともに、ヌミディアに向かうことになった。再度、ヌミディアを攻撃する」



 意外な命令に、返事をする余裕もないままアスランもタイスも言葉を噤んだ。








『アスラン、私にも意思があるの。心があって考える頭もあるんだよ。いつまでも子供じゃない。アスランの後を追い掛けて甘えていた妹じゃないの。一人の女で……一人の人間なんだよ。アスランはいつまで私をお人形にしているつもりなの? 私はアスランのお人形じゃないわ。ガラスケースの中でただ微笑んでいるだけの人形でもない……私はモノじゃない。そして思い出の中の綺麗なだけのルリじゃないよ』



 報告書を作成する手はいつの間にか止まり、気がつけばルリのことを考えている自分に、アスランは戸惑った。

 自分の手元に視線を落とせば、目の前にあるのは提出期限が定められている代物で、早急に完成させなければならない。

 ましてや次の作戦についてもデータの確認や攻撃目標の確認、事前の会議など、決められた時間でやらなければいけない事が、それこそ山のようにある。

 手元を休めている場合ではない。

 それはアスランも理解しているから、何度も「今、与えられていることに集中しろ」と自分自身に言い聞かせて手元の報告書作成に神経を集中させようとした。

 けれど、気がつけばいつの間にか手元は止まる。まるで躰の中にもう一人のアスランが住み着いていているかのように、意識はそちらに捕らわれてしまう。



 今まで感じたことのない焦燥感と切迫感。



 表現のしようもない様々な感情が数秒ごとに入れ替わってアスランを支配し苦しめる。

 認めてしまえば楽になれるのだとアスラン自身も解っている。

 ほんの数十時間前の出来事なのに今では遠い過去のような時間。

 あの、時間すらも切り取られたような静かな空間。

 聞かされた言葉、自分が言った台詞。

 目を閉じれば瞼に焼き付いたあの最後の場面が蘇り、耳奥に頼りない自分の声がこだまする。






 崩れた壁が砂埃を舞上げ視線をそらした僅かな時間の後、目に飛び込んできたそれにアスランは鋭く息を吸い込んだ。

 感覚は冴えて顔からは怒りで血の気が引けるのに、感情が暴走して体中の血液が沸騰している。

 今にも殴りかかりそうな自分を押さえ付けるため、アスランは深く息を吸い込んで掌に爪が食い込むほどの力で両手を握りしめる。

 ルリの肩を抱いて抱きしめるのは自分だけだと思っていた。

 だが、いまアスランの目の前で当たり前のようにルリの肩を抱き、世界の全てから守るように腕の中に抱いている男がいる。

 その男は、憎らしいまでの自信に満ちあふれ、辺りを払うほど堂々としている。

 アスランよりも高い長身に、男ならば誰しもが羨望するに違いない逞しい体躯。

 何から何まで自分よりも男であり、大人であることを突きつけられてアスランは初めて劣等感や羨望を意識した。


 今まで誰かと自分を比べて卑下したことなど一度もなかった。


 何事も要領よく立ち回り、一歩も二歩も先を歩いている兄すらも羨望したことはない。

 思い切りが良く天才肌だったルカに劣等感を感じたこともなかった。

 人はひとであり、自分は自分で比べても意味のないことだと思っていた。

 けれど、目の前にいる男と自分は違いすぎているにもかかわらず瞬時に比べて、勝っている部分を探そうとしている自分にもアスランは苛立つ。

 いきなり現れて、自分の居場所だと思っていたルリの隣を当然のように陣取る男にも今まで感じたこともない嫉妬を感じる。

 こみ上げる怒りと苛立ちに突き動かされるように、アスランはルリの手を取ると強引に自分の腕の中に抱きしめた。面白がるような男の視線はルリに向けられ「どうぞご自由に」とばかに両手を広げる男を見てその余裕の態度が鼻につく。


 だからその後、ルリとどんな会話をしたのかは覚えていない。

 あの男が現れるまでのことは克明に覚えているのに。

 ただ、ルリがアスランを見据えて、告げた言葉だけが何よりも強く耳に残って何度もこだまする。

 耳の奥で繰り返される度に膨らんで、耐えきれなくなった感情はアスランを素直にさせた。

常ならば口にしたことのない弱音が口から飛び出し、同じ空間で別の報告書を作成していたタイスの耳はそれを捉えた。

 机の反対側に陣取っていたタイスは茶化すことも面白がることもしない。ただ静かに次を待つ。



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