*その銃口の先9*
「何が!!」
起きたんだ、と声を上げるより早く目の前のルリを抱きかかえて、アスランは聖堂の石で創られた祭壇に裏に逃げ込んだ。
軍で鍛えられた咄嗟の判断がこんな時には役に立つ。
断続的に強烈な爆発音が響き渡ってはいたが直接、聖堂が爆撃されたわけではないと気づき、アスランはルリを抱き込んだままほんの少し肩の力を抜いた。
聖堂の中を見渡せば、いたるところの天井が抜け落ちている。
先ほどまで自分たちが立っていた場所に、色彩豊かに飾られた窓ガラスが割れて散らばっているのを見て、アスランは息を呑んだ。
あと数秒、判断が遅れていたら、間違いなく自分たちはガラスの雨に降られているところだ。
こんなときのため聖堂ではけが人が出ない工夫をしているはずだか、一部では原点回帰などという理論やら理想やらを掲げて、なんの手立ても講じられていない聖堂も存在する。
また金銭的な問題や、アンタレスとの軋轢などで、それが叶わない聖堂もある。
この教会がどちらに所属するのかはわからないが。
「ルリ…」
胸に抱きこんでいるルリを左腕に抱きしめなおして身を屈ませると、空いた右腕で先ほど仕舞い込んだ銃をホルダーから抜き去る。
護衛用でしかない銃で、どこまで通用するのかは疑問だったが、外の状況を把握しなければ、この場を動くことも出来なくなる。
相手が爆撃機やSSだとしたら、本当に役に立たないものではあるが、混乱と恐怖で恐慌状態となり、それに乗じて略奪等を行う、ならず者達からは、身を守ることくらいは出来る。
SSなどというものが幅をきかせた高度に文明が発達した今でも、この鉛の玉が出る護身武器が、幅を利かせていることを不思議に思いながら、アスランはその腕から、ルリを手放した。
「ルリ、ここにいて」
感じていて温もりが離れたことを残念に思いながら、ルリを祭壇の下に押し込むと同時に、立ち上がりかけたアスランの腕をルリが思い切り引っ張った。
反動で頭を祭壇角にぶつけてしまい、痛みと苛立ちでルリを睨みつける。
「何をするんだ」と言いかけて、ルリが目で黙ってと訴えかけているのを見てアスランは再びルリを抱きしめ、体ごと祭壇の下に潜り込んだ。
「何が…起きてるんだ…」
把握できない状況に、アスランが多少尖った声を上げる。
抱きしめているルリがかすかに身じろぎするのを感じて、少しでも安心させるべく言葉をかけようと腕の中のルリに視線を落とす。
が、ルリが見ている方向を辿って瞠目し次の瞬間には青ざめた。
破壊された天井から垣間見えたのは、所属不明のSSと戦闘を繰り広げている自軍のSSだった。
「何故…」
「……帝国の…新型機」
「…え…」
まるでその新型機に吸い寄せられるように立ち上がり、ルリが天井を見上げるのと、祭壇の真横の壁が吹き飛ぶのが同時に起こり、立ち込める砂塵に目が眩み、再び目を開けたときに飛び込んできた場面に、アスランは驚愕し瞠目した。
「だから言ったじゃない。屋敷の趣味の悪い人間は最低だって」
ルクの定位置なはずの艦長席にふんぞり返らんばかりに、腰掛けたルカがドリンクを手にしたまま呟いた。
無理やりに押し付けられた艦長席であり、座った時点で責任という言葉が付いて回るので、居心地がいいなど一度も思ったことはなかった。
だが席を奪われてしまったら、それはそれで居心地が悪い。
艦長席の隣で立ったままルクは頭の後ろを掻きながら、艦橋に姿を見せた人間を見るなり、あちゃ、とばかりに息を呑んだ。
その様子を見て、ルカが途端に表情を硬くする。
ルカにはトマソセンサーが付いているのではないかと、ルクは思っているのだが、それはどうやらルクだけではなく、この場にいた誰もが思っていたようで、ラシエルなどは「その気持ちわかります」とばかりに同情の目でルクを見る。
ルクとトマソの関係がどうあろうと、ルクに関係ないと言えばないのだが、艦を預かる人間として、最低限のことはしなければならない。
今は二人の間を取り持ってなんとかする時間もないから、あえて黙殺して話を切り出した。
「まあ、お前らが無事でよかったよ」
「こんな時には、ラシードの過激派互助会って力を発揮するよね」
「……過激派互助会って…お前」
「だって、過激派テロの互助会じゃない。国も宗派も何もかも違っていても、利益が一致するなら協力します、なんてさ。出資しているのはママもだけど……それにしても、女帝はやることが早いね。いつまでも黙っているとは思わなかったけど、こんなに早いとも思わなかったよ。もうちょっと高見の見物をしてくれるかと思ったんだけどね」
艦橋のモニターに映し出される戦況報告を見つめているうちに、ルカの表情に浮かんでいた揶揄する笑いがなりを潜める。
鮮明とまではいえない画像に映し出されているのは、先ほどまでルカ達がいた都市の様子で、粗方破壊され街の様子は一変している。
それでもまだ帝国と連邦の鍔迫り合いは続いていて、間もなく辺りが暗くなろうというのに、双方矛を収める様子もない。
「これに関しては、コウキ代表も頭を抱えている。連邦と帝国が手を結んだら、ブルームが孤立するってさ……」
「それは大丈夫だと思うけどね。前とは状況が違うんだしさ。現に見間違いようもなく帝国と連邦は交戦中なんだし。だけど、今回の女帝の狙いが今ひとつわからないんだよ。新型機のお披露目ってわけでもないだろうしさ」
「お前はどう思う? ルカ」
自分より年下の、それも守ってやるからと約束したはずのルカに意見を求めるのは本末転倒だとは思ったが、こと帝国のことに関して、そしてこと女帝の事に関してはルクより遥かに物事を知っているのがルカだ。
その上、今ではルリ共々この艦の戦闘要員として居なくてはならない存在になりつつある。
「偉そうに文句をたれるトマソが超ムカつくんだよね~、なんとかしなくちゃ」と、この上なく笑顔で吐き出した台詞であったので、てっきり冗談を言っているのかと思っていたら、戦闘能力の高さと情報収集の有能さを見せ付けて、本当にトマソを黙らせてしまった。
アスランが「ルカはああ見えて底意地が悪いうえに、自分の敵とみなしたら容赦がないから」と発言しているのを聞いて、あの温和でいつもニコニコとしているルカのどこがそんなに容赦がないのだと疑ったものだが、今ならなるほどと大いに納得し、アスランと一緒にため息をつけたかもしれない。
「例の悪趣味オジサン文字通りふっ飛ばしちゃったからさ…ラシードが。だから、死人には聞けないけどさ……」
「会談を申し入れたのは、ラシード側からだろう?」
「そうじゃなくて、どっちかっていうと、ママとブルームだよ。ママにしてみれば例の彼がどこにいるか聞きたかったからってところ。ところがさ、向こうからママに連絡を取ってきたから、もういいかって感じだったみたい。あの悪趣味主、そんなこと知らないからルリか僕を人質にして、ママの持っている国内のラインを独り占めしたい。そして、ルルをさし出して、連邦軍にも取り入りたい。一方で、ルリの身柄を使って帝国にも恩を売りたいって望みがたくさんありすぎたんだよ」
ルカの断片的な説明を聞いてルクがなるほどと頷いた。
その場に一緒に居たラシエルやボブは、何のことだかわからないから、説明してくれとばかりに咳払いしたが、二人の存在など黙殺したように、ルクとルカがモニターを凝視する。
「帝国側の攻撃と連邦側の攻撃の、双方の言い分はもう発表されたの?」
「イヤ、帝国の言い分は通達されたらしいけどな、議会に。連邦はまだだ」
「ふ~ん」と鼻を鳴らしてルカが再び厳しい顔をする。
まったく、これではどちらが艦長で、誰が作戦司令だかわからないな、と心の中でとりとめもなく考えて、考えても埒の明かないことなら無駄だと考えを放棄した。
「コウキ代表か司令部からの入電はないか?」
「まだ、ありません」
通信オペレーターとして、この場にいたローザがてきぱきと答える。
実は彼女の存在もこの艦では悩みの種なので、ルクは最近、自分が本当に貧乏くじを引いているのだと自覚している。
つい、最近まで衛生官であったローザが、この艦橋の通信係となってしまったのは、ただでさえ手薄のヴィマーナにおいて、たった二人しかいない通信士が策敵も兼ねるのでは、前回のようなミスがまた起きてしまうからというトマソの進言があったからだ。
ある程度、業務をこなせて信用の出来る人物など数少なく、探すのも大変だと思っていたのだが、トマソが兼ねてからローザの仕事振りを高く評価し、彼女を推薦したことにある。
ルカはそれを聞いてあからさまに嫌な顔をしたのだが、艦の運営に口出す権利はないとトマソが突っぱねたため、より一層、二人の溝は広まった。
確かにトマソの言い分も一理あると思ったので、その場はトマソの意見に従ったのだが、これが大きな過ちだった。
彼女はルカが好きだだと公言している人物で、堂々とルカにアタックをしている。
最初は「まあ、仕方ないな」と見ていたルクも目に余って何度も注意をしているのだが、一向に改まる様子もない。
これで仕事振りが悪ければ理由でも何でもつけて、艦から放り出せるのだが、実に有能なので困り果てているのだ。
ルカにそれとなく、ローザをたしなめてくれと言ったのだが、ルカの反応は「関わるのは嫌」と、部屋に行けばローザがいるからと、ルカはルリの部屋に入り浸ってしまっている。
おかげでローザはルリに対して明らかな当てこすりをはじめ、それをラティーナがかばいという図式が出来上がってしまった。
どうすればいいのか、悩むルクを見かねたラシードが「メス猫同士の喧嘩」なのだから、お前が何とかしろとこちらもルカに言ったのだが「たった一回寝ただけで恋人気取りは困るんだよね」と、たった一言で切り捨てられた。
それを聞いたトマソが風紀の問題だと大騒ぎをし、この数日は本当に気苦労が続き、正直に言えば作戦やら戦闘の事意外は、何も考えたくない心境なのだ。
そして、もっと問題なのは、この艦橋内に溢れている気まずい雰囲気だ。
物事は女が絡むとろくなことになりはしない。
「帝国の通達文、残ってる?」
ルカが通信士であるローザにではなく、自分の近くに居たラシエルに聞く。
聞かれたラシエルも、ここのところのルクの気苦労を知っているので、あえて「通信士から」とは言わず、艦長席についてる操作パネルを押す。
「ふ~ん…これを聞く限りでは確かに正当性は認められるけどさ、その正当性をSSデ振りかざすのはやっぱり無理があるよね」
「確かにな。あの色ボケ王子と一緒に帝国内の秩序を乱し、ルカ達を担ぎ出して帝国を乗っ取ろうとした人間たちが、ここにいたから再三、確認させてくれと言っていたのに。というのは、理解できるさ。でもな、昨日帝国内が爆撃されて、それがお前らの攻撃だったつーのは、ちょっと無理があるだろうな」
「……でも、これ。女帝の声明文じゃないんだね。僕はてっきり女帝の声明文だと思っていたのに。なんか、裏がない、これ? 帝国のSSが汎用機じゃなくて、新型機っていうのも、ちょっと変だよ」
「確かに、ルカ、君の言うとおりだ」
戦況が映し出されているモニターには、コウキの声とともに渋面が映し出されていた。
「あの女帝は、とことん王家を利用する気らしい」と、渋面のままに告げられた一同は、それが何を指すのか理解できず、とっさに言葉を継ぐことができない。
互いの顔を見遣ったり、首をかしげる者がいるなかで、コウキの渋面を見たときは決まって悪い話だと理解しているルクは、気が沈むとばかりに天を仰いだ。
その様子を見ていたルカがルクと目が合うと、「相変わらずだね」とクスッと含み笑いを零したが目には揶揄するような光はない。
ルクがため息を零せば「だよね」と、何事か思い当たるのか別モニターに映し出されている帝国と連邦の激しい攻防に視線を向けた。
ヴィマーナの正面モニターの真ん前にある艦長席に、当たり前のような顔をして腰掛けているルカが見えているだろうが、コウキは何も言わず、そして話がまだ呑み込めていないその他一同を気にするとこもなく、暫く言葉を噤んだあとに吐き出された台詞に誰もが驚愕の声を上げた。
「先ほど、議会の主要国に対して緊急の通達があった。現在、攻撃を仕掛けているのは我々帝国軍ではないと」
「なんだ、それは! あれだけ派手に帝国の印をつけてドンパチやってるのにか!」
誰しもが驚愕の声や疑問の声をあげる中、一番大きく響いたのはボブの呆れた声。
当然の反応であるとコウキも理解していたので、暫定政権の暫定的代表であるコウキに対するボブの失礼な言葉使いを咎めることはしなかった。
もともとコウキとボブはすでに20年以上の個人的なつきあいもある。
だから、ボブの声を黙殺して先を続けた。
「無論、それを鵜呑みにして信用している人間など一人もいないだろう。だが、女帝が自国の政府を通じて正式に通達をしてきたこと、現在交戦中の帝国機とされている機体やそれに随行している部隊の情報を公表した。しかも正式な帝国の部隊ではないから撃墜するなり迎撃するなり、攻撃するなり自国の判断にお任せするとまで言ってきた」
「お任せするって……」
ラシエルが当惑した声をあげたが、まだ話には続きがあるのだと右手を挙げることで他の人の言葉を封印する。
「帝国としても一掃のため軍隊を差し向けるので出来ればこれに協力してほしい。とも言ってきた。詭弁だとも思うが黙殺も出来ない」
「それって、鵜呑みにしてその偽帝国軍を攻撃して、後から因縁をつけられても困る。でも、やらなければまた別の因縁をつけられる可能性もある。しかも、その軍隊派遣するにあたってはブルームの領海や制空圏内を通してほしいってことでしょう? それは対応に苦慮するよね。協力しても一悶着、しなくても一悶着。でも、自国の防衛のことを考えたら、攻撃しない訳にもいかない……あげく、帝国にちょっとでも協力したら今度は連邦とも正式に対立しちゃう」
「あの女帝が相手じゃ、まあ、当然の判断だな。我が国もブルームと同じで対応に苦慮している。うちにも同じことを言ってきた。協力してくれってな。何をどう協力しろと言うんだか」
ルカの言葉に付け加えだとばかりに、突然聞こえてきた声に驚いたように全員が振り返れば、いつからいたのかラシードが壁に寄りかかりながら腕を組んでいた。
その場にいた視線のすべてを集めても泰然とした態度は全く変わらず、ある意味ではこの艦橋の一番の権力者に映り、ルクはまたもや居心地の悪さを感じる。
(やっぱり、俺はこういうの、似合わないよな…)
半ば恨みがましい目で艦長席を見遣ってから、気を取り直すために軽く頭を振る。
様子を見ていたルカが、ルクが言うところの意地の悪い笑みを浮かべたのをみて、軽く睨み付けてると「ごめん」と目で笑った。
「で、代表。当の戦場の持ち主はなんと言ってるんですか?」
「何にも言ってはこない。元々、議会にも所属していたわけでもなく、どこと特別に蜜月だったわけではない。今回はそれが首を絞めた形だが。この戦闘の裏に、ブルーム侵攻時と同じからくりを感じる」
「……からくりですか……。ということは、今回はどちらが煙を立てたんですかね」
「両方じゃないの? と、いうか、このままここで話を続けてもいいわけ?」
ルカの問いかけに複雑な表情を浮かべたコウキが再び口を噤む。
「構わん。と言いたいところだが……ルク、ラシエル。そしてラシード殿も発令所の方に移動してくれ。今後の作戦のことも伝えておきたい」
「わかりました。では、10分後に」
と、言いながら直ぐに移動を開始したルクのラシエルの背中に、ルカはいってらっしゃいと艦長席から手を振っていたのだが「君もだ」という声が聞こえた気がして振り返った。
「冗談ですよね」とルカが口にするより早く、コウキがもう一度「君も参加だ。ルカ・カーディナル」と抑揚もなく告げる。
ルカは口を尖らせたものの、いつもの嫌味は封印して、仕方ないと呟いて艦長席を降りると、その場に留まって事の成り行きを面白そうに眺めていたラシードとともに、艦橋を後にした。
そのルカの背中ローザの視線が追いかけていた。
艦橋を出て、右手にあるエレベーターに乗り込み、以前、ルクから手渡されていたキーを差し込むと、通常では止まらない階が表示され静かに止まる。
ドアが自動で開くと発令所までの無機質な廊下が真っ直ぐに伸びていた。
そこは限られた人間以外は踏み込めない事も手伝ってすれ違う人もない。
「お前さん、あの娘をどうするつもりだ」
「どうするって…雌猫同士の喧嘩のこと?」
「なんだ、わかってるのか。といっても、俺が言ってるのは喧嘩のほうじゃない」
エレベーターの中では静かにしていたラシードが、口を開くとルカが、やっばり来たかと、心持ちため息をついた。
「僕にどうしろっていうの? ラティーナに関してはラティーナの言い分が正しいじゃない。間違ってるのはローザの方なんだから」
「なら、そのローザにそれを教えてやれ」
「僕にそんな権限はないもん」
どの口が言うとはさすがに音にしなかったものの、今までの態度や言動を見ていたら、とてもルカの口から発せられる言葉とは思えない。
規律に多少どころか、かなり緩みのあるヴィマーナの中で、権限など一切与えられていないルカは、随分堂々と立ち居振る舞っている。
艦橋に出入りし、艦長席を陣取り、作戦にまで参加している。
とても一兵卒の態度ではない。
かくゆう、その辺りに関しては、ラシードも人のことをいえないので、それを敢えて追求するつもりもない。
「あの娘をあんな風にしたのは、お前だろ。卑怯者と言われたくなければ、後始末もちゃんとしろ」
「随分な言い方してくれるよね。何もヤリ逃げしたわけでもないし、女の子を妊娠させて、とんずらしたわけでもないのに」
「でも、手を出したのは本当なんだろ」
「何もそれを咎めているわけではない」と言いかけて、妙な沈黙にラシードが眉をひそめて、隣を歩くルカを見下ろす。
「……お前、まさか手を出してないとか?」
「いや、セックスしたのは事実だけどね。ストレス溜まって、いろいろな事があって陰鬱とした気分を抱いててさ。目の前に裸の女の子が抱いてって迫ってきたら、普通の性少年なら、抱いちゃうでしょう?」
「まあ…」
言葉を濁すラシードに追い打ちをかけるように「あなたなんてもっとひどいことやったでしょう」と言われ、苦虫をつぶしたような表情を浮かべる。
「……作戦遂行中の艦内で不謹慎だと言われればそれまでだけど、僕はまだ軍服着ていないし、軍人でもないし。戦闘してると、ストレスは貯まるし、捌け口が欲しくなる詭弁だけどさ」
「そこまでわかっててヤったんなら、確信犯だろ。とはいえ、俺はこの艦を預かってる身でもないし、ブルームの人間でもないから、それを追求しようとも思わないが。だ。」
「言いたいことは……わかってるよ。だから、ちゃんと避妊はしたし、その辺りは理性働かせてる。ルリに気づかれるような事もしてない。昔から、僕もアスランもそういう部分でルリを巻き込みたくないしね」
と、言葉を切ったルカをラシードが見下ろす。
その視線に、ルカが両手を挙げて降参とばかりに、ため息をついた。
「……あなたが相手じゃ、ごまかせないね。セックスしたのは本当で、気持ちよかったのも確かなんだけど最悪だったよ……抱いてる最中も。躰は間違いなく反応しるのに、彼女の顔を見たら、ねぇ様を抱いてる気分がして」
本当に最悪だ、とルカが漏らす。
「似てるとは思ったけれど、あんなに似てるとは思ってなかった。まるで、ねぇ様のレプリカ抱いてるみたいで、こう変な趣味に目覚めそうだった……」
「そのまま、ルリを押し倒すなよ」
言ってしまってからさすがのラシードも後悔した。
一瞬にして、ルカが冷気をまとう。
体から漂う冷気には殺意も何も含まれていないが、それがより一層恐怖心をそそる。
皮肉も、嫌味も毒舌もその口から出ている間はまだいい。
けれど一度、その口を閉じて冷気をまとってしまうと、ルカは別の生き物に変貌する。
今更、ルカの本性に恐れをなすラシードではない。
けれど冗談だとしても言っていいことと、悪いことはある。
それを判断できないほどラシードは子供でもない。
「あなただって分かってるでしょうありえないよ、それだけは」
「すまない、冗談が過ぎた。このとおり、謝罪する」
素直に頭を下げるラシードを見てまだ、何か承伏できないと、ルカの目は訴えていたが、これ以上この件で議論する気もないのか、帯びていた冷気が成りを潜める。
ラシードという男は、自分に非があれば素直に頭を下げる潔さを持っている。
その点はルカが大いに評価している部分でもある。
ルクもそしてルカの親友であるアスランも、自分の非に頭を下げる潔さを持っていた。
素直に見えて意外と捻くれていたルカには、それがとてもうらやましいと思えた時期もある。
逆を言えばだからこそ、アスランと親友でいられた。
けれど、今はアスランのことを議論しているのではなく、あのローザのことだ。
「嫌な感じがするんだよ…あの気持ち良さにおぼれてると。ねぇ様に似てるとかそんなことじゃなくて、もっと別のもの……逃げたいと思っていたモノに捕らわれてる気がして、落ち着かないんだ。なのに、どうしてか無性に彼女を抱きたくなる」
「意味がわからん」
「本当にほしいモノが別のところにあるのに、でも、目の前のそれに騙されたくなるって感じ」
「もっと意味がわからん」
「うん。僕も分からない。そもそも僕は女の子はみんな可愛いと思うし、セックスすすれば気持ちいいし、自分の好みに合えば一緒にいて楽しいとも思える……僕のお年頃ならさ、好きにエッチは付きものだし、エッチから始まる好きだってあるでしょう? でも、違うんだよね…ローザとは。自分の何かを騙してる気がして……。間違ってるって思ってるのに、あの躰を抱いてると気持ちよさが支配して、麻痺してくの。だから近づきたくないし、あの二人の喧嘩を止めようとも思わない」
最後の方は、ひどく冷たい音がした。
「だからって何もルリの部屋に逃げ込むことはないだろう」
「ルリの側は落ち着くんだ。わずらわしいこと何も考えなくていいし、ルリの兄としてのルカで居ればいいだけだから」
「つまり、平たく言えば、自分がやらなきゃならんことを、ラティーナにやらせてるだけだろ」
ルカも心のどこかで思っていたことだったので、痛いところを突かれ瞬間黙り込む。
その表情が年相応に見えて、ラシードが含み笑いを漏らす。
「お前さんでも、そういう顔をするんだな」
「こう見えても僕はまだ16歳の少年なんだよ、オジサン」
捨て台詞を残して先を歩くルカの背中にラシードの笑い声が響いたが、それに振り返ることもなくただ、黙々と歩き続けた。
「これでいいかな?」
ラティーナの手から渡されて、ルリはその指輪をかざして見つめた。
細い指輪の裏側に刻み込まれた言葉を確認して大切そうに握りしめた後、ラティーナに向き直ると、「ありがとう」という言葉と微笑みを浮かべた。
「本当にありがとう」
礼を言われたラティーナの方が照れてしまうほど、ルリはとても嬉しそうな笑みを浮かべる。
それはこの艦にルリが乗艦してから初めて見せたもので、学園にいた頃に良く見せていた表情でもある。
「大切なものなんだね、ルリの」
「うん……すっごく大切なものなの」
「そっか。なら、そんなに喜んでもらえたならも、よかった」
光にかざしては文字を確かめたり、大切そうに握りしめていたりしていたが、しばらくそるとそれを太めで出来た指輪と同じプラチナのチェーンに通して自分の首にかけた。
そしてやはりよほど大切なものなのか、服の上からも指輪を握りしめている。
そんなに大切なのかと、それにどういう意味があるのかと聞こうと、口を開きかけたラテなの耳に響いたのは、人の名前だった。
「アスラン」と。




