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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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*その銃口の先8*

「お元気そうで……」


 モニターに映し出された女性は、感極まり言葉を詰まらせ、エイドリアンを見るなり涙ぐんだ。

 細めのあごのラインに沿って切りそろえられた黒い髪は艶やかで、美しい薄紫の瞳を際立たせている。

 最後にアリーナを見たのは、エイドリアンが父親であるドーマスカーの手に落ちる寸前のことで「嫌な予感がする、気をつけてね」と、アリーナが幾度となく繰り返した直後だった。


「アリーナ、君も元気そうでなによりだ。月への攻撃は日々、きつくなっていると聞いて、心配していんだが…」

「リアン、月に対する攻撃は今に始まったことではないわ。あの事件以来……あなた自身も大変な時期なのに、心配してくれてありがとう」


 微笑むアリーナの笑顔には疲労の色が垣間見えるが、柔らかな薄紫の瞳には強い意志が宿っている。たとえ何があったとしても、この意志がある限り、アリーナが前に進んで行くことを辞めることはないだろう。

 一度、総てを失い総てを放棄した彼女が、もう一度立ち上がろうと決意したときに宿った意志の強さと覚悟は、この程度のことで揺るぐはずもない。

 揺らいでしまうわけにはいかない。

 連邦が何をしようと、ドーマスカーが何を仕掛けようと、アリーナはその自分の強い意志と、そして彼女を支える人々の願いは折れることはない。

 連邦から、帝国から真の独立と自由を手にするために立ち上がったのはブルームだけではなく、この月の人々も同じ。

 だからこそ、もしかすると世界は変われるのかもしれないのだ。



 長く帝国の抑圧に苦しみ手にした自由を、コクーンと地球の諍いを発端として手放すことになった。


 そして再び、手にした自由を今度は連邦に奪われた。あの暗殺事件がなければ、間違いなく世界は変わっていたはずだ。

 眉間にシワを刻み込んで思案にくれるエイドリアンに、アリーナが呼びかけ、再び微笑みかけた。


「リアン……私が狙われているのはいつものことで、仕方のないことよ。私だけでなく、ルルもコクーンの彼も、あなたも、そしてブルームの人たちもそう。この時代、何かをなしえようとするのなら仕方のないリスクよ」

「君は強いね、アリーナ」

「あなたも。これからはあなたの方が辛くなるのよ。それより…ドーマスカー大臣が、綱紀粛正という名目で、事件の当事者を探しているわ。この機に乗じて自分にとって益とならないものをかなり強引な手法でその身柄を拘束しているわ。このままでは、連邦の内部から崩すという目的が難しくなるかもしれない……被害が大きすぎるわ」

「あの人は相変わらず、自分の信念を曲げることがない。人の意見を聞くこともない。すべてあの人が悪いわけではないが」


 モニターの鮮明さは互いの憂う表情のひとつまでもを伝える。

 月の現状は、エイドリアンもイーストから伝えられた。

 その内容を聞いて、眩暈がするほどの怒りを感じたのだ。

 月にはもともと連邦の軍用基地等存在していなかったが、十数年前に起きた月の大統領暗殺事件の後、治安を回復させるという名目で連邦が月の一部勝手に占拠した。

 その後、幾度となく月政府と連邦首脳陣との話し合いがなされているが、その度に月のレジスタンスが攻撃してきた、テロリストが暗躍した等と、連邦が月の居住区に対し無差別攻撃をしていた。

 一時、落ち着いていたのだが、ブルーム侵攻よりそれが激化し始めている。

 連邦が月を攻撃する理由が、二年前帝国がブルームを侵攻したときと同じなのだから、エイドリアンは、自分の父親であるドーマスカーの脳みそを抉り出してやりたいとすら思ったのだ。


「攻撃のことはイーストとも協議中だ。連邦内部でも月に対する攻撃があまりにも正気を逸していると反発しているのだが」

「その再先鋒の人々はその任を解かれ、宇宙艦隊もドーマスカーの息のかかった人間が中心になっているようね」

「連邦がどのような作戦で月やコクーンを攻撃するのかはわからないが……一部情報では、宇宙艦隊に増援を送る計画もあると聞く……そのためにも、ヴィマーナに月の護衛に行ってもらおうかとも考えているが、ブルームのこともあるから難しい。コウキ代表もその辺りで頭を悩ましている。私も、一刻も早く彼らと合流したいところだが、抜け出すこともままならない……はがゆいね」

「ここまで来て、あせってしまっては、全てが無駄になるわ、リアン。あなたはこれからやらなければならないことが沢山あるんだから。……ルクがヴィマーナにいるのはご存知かしら」

「彼から聞いた。アスランが連邦のステラになったことも」


 ヴィマーナに息子のルクが乗艦しているのは知っている。

 まだセレスの屋敷に軟禁されていた頃に聞かされたのだ、アスランの動向とともに。

 エイドリアンから見てもルクは立ち回りが上手く、大局を見る能力にも長けている。

 それにブルームの現状やとりまく環境そのあり方をしっても尚、ブルームを守りたいのだと言っていたから、なんの不思議もない。

 だから、どちらかと問われたら、もう一人の息子のアスランの方が心配なのだ。


 ドーマスカーはアスランを自分の後継者にと考えている。


 そしてそれを公言し実行している。

 ルクの性格でそれを押し付けられたのなら、旨く逃げおおせて立ち振る舞うこともできるだろうが、親の目から見ても真っ直ぐすぎる気性を持つアスランにそれができるとは思えない。

 自由に生きるという意味では、ルクよりもずっと真面目で不器用者。

 エイドリアンですら逃げ出したあのドーマスカーが相手では下手をしたら、アスランが潰れてしまう恐れもある。

 エイドリアンが考えていた事に察しのついたアリーナが、安心をさせるように微笑んだ。


「信じましょう。あなたの息子なのだから。でも、ステラだなんて、血は争えないものなのね。良く似ているわ、あなたと」


 息子が自分に似ていると言われれば嬉しいものだが、今回ばかりは似てくれないほうがよかったと強く思っている。 アスランが妻のアシェリーナに似てくれていれば、ルクのようにもっと旨く立ち回れると思うのだ。


「ルリちゃんとのことは…胸が痛む」

「それも仕方のないことよ。ルルもダイも覚悟の上でしょう」









「やっぱり、理由になってないよ、ルリ」


 先ほどまでとはうって変わって悲しげに吐き出された言葉は、アスラン自身の胸にも突き刺さる思いだった。

 どれほど理由を聞いても、どれほどそれがルリにとっては正当な理由であろうとも、アスランには肯定できうるはずもない。


「ルリの言っている意味はわかる。月の事もコクーンの事も俺だって知ってる。確かに居住区に対する連邦の無差別な攻撃には、俺だって疑問は感じる。だけど、今の俺は連邦政府軍の軍人なんだ。即席の軍人ではなく、正規の軍人なんだ。感情だけで物事を判断することは出来ないんだよ、感情として理解できたとしても、軍人としては受け入れることは出来ないこともある」

「解るよ、それも。軍人なら仕方のないこと沢山あるって。だから助けられなかったんでしょ、叔父様のこと」


 思いもかけず父の事を持ち出されてアスランの表情が曇る。


 父の処刑を伝えられたとき、助けに行けない自分を知ったらルリはどう思うのだろうと何度も考えた。

 自分の父親を見殺しにするのかと、思われるのでないかと。

 ブルームの海岸で再会したとき、逃げようと何度も言ったのに、ルリは「パパが人質にされている。自分が勝手に動いたら、パパだけじゃなく、自分たちを守ってくれている人に迷惑をかける。パパを見殺しにも出来ない」と言って拒否をした。


 自分は逃げないのだと。

 屋敷に戻らなければならないのだと。


 見かけよりも頼りなくて、自分よりも幼いと思っていたルリが、初めて見せた顔。

 あの時、初めてアスランはルリが放れてしまうのではないかという恐怖を覚えたのだ。

 自分の思い出の中だけに生きていたルリが、鮮やかに変わろうとしているのを見て。

 エイドリアンの処刑を知らされたとき、アスランの脳裏によみがえったのは、ルリの言葉だった。


 ルリは父を助けるために逃げ出すことを拒否した。

 だから、助けに行くことの出来ない自分の不甲斐なさと、身動きすら出来ない理不尽さに何度も押しつぶされそうになった。

 エイドリアンが逃げ出したと聞かされたときは、不覚にも泣き出したくなるほどに安堵したのだ。

 エイドリアンの脱走に漠然と兄であるルクが関わっているとは思っていたが、ルリからその言葉が出るということは、一件にはヴィマーナが、そしてひいてはブルームが関わっているのは間違いがない。



「……やっぱり兄さんとブルームが…関わっているのか…」


 こみ上げてきたのは怒りではなく虚しさだった。

 アスラン自身にも理解の出来ないどうすることも出来ない虚しさ。


「……答えないってことは肯定なのかルリ…それを俺が聞いて……俺が…」


「俺が報告するとは思わないのか」と続けることはアスランには出来なかった。


 先ほど自分で言った様に正規の軍人として、命令は絶対でそれに従わなければならない義務もある。

 そして偵察や視察という意味も含めてこの国にいるのだから、連邦にとって不利益になることならば報告する義務もある。

 けれど、それを躊躇させてしまうのは、やはりアスランが父親のことを愛していて、祖父であるドーマスカーのやり方に疑問を感じるからだ。

 だからこそ、これほどに虚しさを感じる。

 軍人なんだと自分に言い聞かせて、ルリに銃口も向けたけれど、それすら途中で放棄してしまった。

 もし、ルリが自分に銃口を向けたとして、動揺することもなく毅然と言葉を発することが出来るとも思えなかった。

 いろんな想いが渦巻いて、だまし続けていた心の歪は大きくなっているのに、ルリから話を聞かされれば、考えが纏まるはずもない。


(ルリ……どうして…)


 何度目かになる自問を繰り返して、アスランは不意に泣きたくなった。

 これほど頼りない気持ちになったのは、いつ以来だろうと考えて、すぐに思いあたる。


 二年前、ブルームが侵攻を受けて、ルリとルカのいるはずの空港が炎に包まれて、絶望視されたときだ。

 あのとき、ルリとルカが自分から突然、離れて手の届かない場所に行くかもしれないという恐怖感が体を支配したときだ。


 今も、それと同じ気持ちがこみ上げてくる。


「アスラン…私はアスランとは違う。それは当たり前のことだよ。今は、いる場所も立場も違うから仕方のないこと。だからこそアスラン。私にも譲れないことがあるの。意志があるの。自分の手を汚してもしたいことがあるの」


 今にも泣き出しそうなアスランの耳に届くのはルリの凛とした声。

 これほどに毅然と、これほどに強く思いをぶつけられたことは今までなかった。

 溢れ出るパワーも、同じ年とは思えないほどの好奇心も、ルリを鮮やかに彩ってはいたが、やはり、どこかふわりとした柔らかさと弱さがあったはずなのに、目の前のルリにはそれが感じられない。


 昔なら、ルリのほうが先に泣いていた。

 けれど、今のルリにその面影はない。

 真っ直ぐとアスランを見る瞳には意志が宿り、なにか目的を持つものだけが見せる輝きがある。

 今の自分とは違いすぎて、アスランはルリの瞳を見返すことは出来なかった。


「私は、ブルームに生まれたことに誇りを持ってるの。そして、今の私がブルームのために何が出来るかも考えてる。ブルームにだって駄目なところが一杯あった。連邦や帝国のように陰の部分も。だけどブルームを残したい…未来に繋げたい。そのための礎なら喜んでなれる。ブルームのいけなかったところ、間違っている場所、すべてを理解してそれでも私はブルームを愛してるの。だから戦うの」

「……その手で誰かの未来を奪って、誰かの命を奪ってもか」


 それ誰かが自分かもしれないしタイスかもしれない。

 この先、ルリが戦うということは、いずれアスラン達とも戦うかもしれないことを意味している。


 現に二度、アスランはルリと対峙している。


 卑怯な言葉なのはわかっている。

 アスラン自身も誰かの未来を奪い、命を奪って生き延びて、ステラと呼ばれエースと呼ばれているから。

 押しつぶされそうな罪悪感も気が狂いそうな程の贖罪も、すべて「軍人であるから、敵が攻撃してきたから」という言葉で封印してきたのだ。

 そしてなにより、そうすることでルリとルカを助け出せるなら、もう一度、あのブルームが取り戻せるなら、とそれを信じて戦っている。


「そう……だね。私も、もう戻れない場所にいるんだよ、アスラン。武器を手にした人間として、戦うことを選んだ人間として、戻れない場所に立ってしまってる……迷う時間も、立ち止まる時間も……考える時間も、私にはなかったの。考えしまったら手に出来ないものもあって、迷っていたら、迷い始めたらどこにも行けなくなるの。ブルームの解放軍も、連邦や帝国と大差ないかもしれない。だけど、私が解放軍の一員として戦うのは望みがあるから。帝国も連邦も月もコクーンも全部が全部、平和になれるとは思わないけど、そんな事信じるほど子供じゃないけど信じたいから。人が始めたことならば、人の手で終わらせることか出来るんだって事を。人の話に耳を傾けることが出来るんだって事を……その私が今、力を手にして戦っているのは、アスラン。矛盾してるけど、私はいまはまだ死ねないから。帝国にも連邦にも膝を折るつもりはないの」



『アスラン、私はブルームのルリ・カーディナルでいたいの』



 最後にそう告げたルリの目には、涙が溢れていた。

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