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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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*その銃口の先6*

「偵察ですか」

「ああ。行ってくれるかな、アスラン」


 任務を伝えるときでさえも穏やかな表情の上司を見て、タイスはわずかばかりの居心地の悪さを感じ、何故だか救いを求めてアスランを見た。

 だが、タイスの思いとは裏腹に、淡々としたアスランと上司ヴァルハラの会話が続いていく。


 アッシュがヴァルハラのことを穏やか過ぎて怖い人だと称していたが、まったく持ってそのとおりだとタイスも思う。

 そして隣で背筋を伸ばし立っている自分の戦友も、ある意味では怖い人間なので、どっちもどっちだと、タイスは心の中でため息をついた。

 だから、上官から「わかったかな」と問いかけられたとき、何の話をしていたのか聞き逃してしまい、アスランの「お前はまた」と怒号すら聞こえてきそうな鋭い視線にさらされて、今度は別な意味でため息を吐いた。



「まったく、お前は何を考えてたんだよ。いくら今は緊急時ではないと言っても、俺たちは待機任務についてるんだぞ」

「わかってるって。悪かったよ」

「何を考えてたんだ、お前は」


 案の上、司令室を出たとたんに発せられたアスランの小言じみた一声に、内心では辟易しなだからも、とりあえず謝罪だけは口にした。

 小言には辟易するが、内容を聞いていなかったのは事実でこの後、アスランから説明を受ける身なのだ。


「いや…特になにも」  

「誤魔化すなよ」

「いや、本当にたいした事じゃない。ちょっとまあ、なんだ」


 まさかお前と上司のどっちの穏やかさが偽者くさいか比べていたと言えるはずもなく、タイスは曖昧に笑うことでごまかした。

 が、誤魔化されてくれるような男ではない。


「タイス」

「いや、マジで。本当にたいしたことじゃないんだ。それよりも、偵察ってどこに」

「……」


 話題を変えようとするタイスを明らかな不信の目で見つめていたアスランだが、ため息をひとつつくと、ふて腐れた表情を浮かべる。

 初めて逢ったときは、どこぞのお坊ちゃまが間違えて入学したのかと思うほど、もの静かで穏やかで澄ました奴であったが、ここ数ヶ月でガラリと様変わりした。


 多分、こちらのアスランが素なのだとタイスも思う。


 幼馴染を見つけたい、助けたい、戦いたくない。

 ルリと一緒にいたい、笑顔が見たい、逢いたい。

「軍人としては失格だけど」と理解しながら、たくさんの望みを持ちながら、同等の絶望を味わっている。

 それでもなおも、背筋を伸ばしてその場に立っているのだから、タイスからみれば上官以上に難物だと思うのだ。



 

「……そこって確か、中途半端な中立をうたってる国だろう」

「ああ。だからこその偵察なんだろ」

「まあ、上の考えていることもわからないでもないけどさ…ヌミディアであれだけ手痛い目にあったんだしさ、しばらくは大人しくするかと思ってたんだけど、懲りないねぇ」


 他人事のように話すタイスに内心で呆れたものの、アスランもほんの少し思っていたことでもあったので、敢えてそれに対してリアクションを返す事はなかった。

 偵察の任務も今後の作戦についてのという意味合いのものではなく、どちらかといえば街中の状況を知りたいというのが、上官が偵察を決めた理由だった。

 本部からは別の事を含まれているのであろうが「本部が何を言ってきても裁量権は私にあるからね」と穏やかに微笑でいた。


「で、偵察の目的は、なんだよ?」

「買い付けとか町の状況とか。あの国は……どちらかといえばカーディナルフェル家に近いから。ブルームに付くというよりは、月かコクーンだと思うんだけどな」

「カーディナルフェル? 月の大財閥じゃん。軍事産業の大手だろ? 連邦だって、確か…」


 微かな記憶をたどるタイスを真正面から見据えたアスランが表情を引き締める。

 まるで今すぐ出撃だ、とでも言われたような顔だったので、つられてタイスの表情にも緊張が走る。

 だが、次の言葉を聴いて、タイスの表情に走ったのは緊張ではなく衝撃と驚愕だった。


「ルリとルカはそのカーディナルフェルの子供なんだよ。父親がカーディナル、母親はカーディナルフェル。俺ってよく考えれば、すごい幼馴染を持っていたんだな」


 こともなげにアスランがつぶやいて、タイスは強い眩暈を覚えた。









「にしても、悪趣味な屋敷だよね、ここ」


 無遠慮にルカが小声でつぶやく。


 屋敷の主が姿を見せる前でよかったと安堵しつつ、ラシードが呆れたような目で「余計なことを言うなよ」と訴えた。訴えたところで、ルカがその指示に従うとは到底思えない。

 それにルカはしたたかで賢い。

 自分に対する損得の勘定も速いから、明らかに不利となりえる行動を起こすこともない。

 その辺りに関して言えば、ラシードよりも狡猾な面を持っている。


「ルリは?」

「アンタレス聖堂に行ったよ。ここは、いろいろな宗教が共栄していて面白いよね。かくゆうブルームもそういう面には寛大だったけど」

「お前らもか?」

「ううん。うちも違うよ。カーディナルフェルはアンタレスだけどね。その辺りはここと一緒で寛容というか寛大。協力するけど、膝は付かないってスタンスだしね。でも、アスランはアンタレスだよ」

「なるほど」


 納得したとばかりにラシードが軽く頷いた。

 問いかけたラシード自体もアンタレスには属していないし、信仰をしているわけでもない。

 民族としての信仰はあるが、ラシード個人はどちらかといえば無宗教の部類に入る。

 自分の立場などがあるから、それを公言するつもりもないが。


 最初、この会談にルリも同席させようとラシードも考えていた。

 こちらからの申し入れを検討にするに当たって、カーディナルフェル家が信用するに値するかどうかを判断するために相手方から求められたのは、カーディナルフェル家の子供たちと会いたいとの事だった。

 当主ではなく、子供を指定してきたからには何かしら腹にイチモツがあるに違いない。

 ルルから告げられたとき、ラシードも同じ意見であったし、事情を察したルカも同じ意見だった。

 けれど、明らかに反故にしたのでは、それはそれで問題が生ずるので一応、ここまで出向いてきたのだ。

 万に一つでもあったときには「殺しちゃえばいいよ。屋敷ごとふっ飛ばせばいいじゃん」とルカはにっこり笑った。 屋敷を吹っ飛ばすまでは考えてはいなかったものの、いざとなったら闇に葬ろうとは考えていたので、ルカの台詞に苦笑し、同じ思考回路を有していたことにホンの少しだけ落ち込んだ。



 二人が、そしてルルが一番心配したのはルリのことだった。



 ルリにはカーディナルフェルの闇の部分は知られたくないというのは、ルカとルルの一致した意見で、ラシードがそれに口を挟む権利などなかった。

 正直を言えば、ラシードもあえてルリに知らせる必要などないとも思っている。

 世の中には知らないほうがいいことは無限に存在する。

 とにもかくにも、ルカもルルもそしてラシードも、ルリには必要以上のことを知らせることはないと判断し、一緒に来たものの、ルリだけはこの場に伴うのを辞めた。

 相手方も、ここで事を犯すほど愚かだとも思わない。

 今頃は、ラシードの仲間たちが目立たず、本人にも気づかれないように護衛をしているはずだ。


 ルクがこの話を聞いたとき冗談交じりに「ルリが殺されたりしたら、地球の勢力図がかわりそうだな」と呟いた時には、それもありえそうだと、ぞっとした。

 地球の覇権や勢力がたった一人の少女の命と同等ということはない。

 ないのだが、ルリが殺されたりしたらまず、つぶやいたルクも黙っていないだろうし、にこやかに笑いながら毒を吐くルカも黙っていないだろう。

 何よりも、ラシードやこの国に対してかなりの権限を持つルルが黙っているはずがない気がするのだ。

 国家転覆やら等がそう簡単に起こるはずもないだろうが、何らかの揉め事が起きて、下手をしたらもっと混沌とした時代が来る可能性はある。

 ルルも女性でありながら、コクーンを取りまとめ重要な地位にいるから、個人の感情を優先させるとは思えないが、こと人間の感情というものは一言で済ましたり、片付けることはできないものだ。

 だから、ラシードには珍しく「何事も、起こらないように」と初めて神に祈った。



 祈っている自分がほんの少し気の毒に思ったほど。






 人や車が行き交う慌しい往来から、一本だけ道を外れると、今まで見えていた景色とはまったく違う色合いの建物や、町並みになった。

 それほど大きくはないこの街に、多種多様の人々が行き交い、活気や慌しさと一緒に絶望や閉塞感も漂わせ、力なく倒れる人やそれに唾を吐く人など、アスランの知らなかった「日常」を送る人々の姿があった。


 呼ばれてこの場に足を踏み入れたわけではないが、煤によごれ長い年月自然に晒されたその大聖堂の姿が、なんとなく心に引っかかり、出国するまでのわずかな時間だけでも無性に訪れてみたくなったのだ。


 まだ母親が生きていた頃、母に連れられてブルームの大聖堂に何度も足を運んだ。

 ブルーム国内に立てられていたアンタレスの大聖堂はアンタレス直轄の聖堂として、宗教市国ディナル公国の大聖堂に負けないほどにそれは見事な建物だった。


 ブルームの青空と海に良く生えた白亜の優美な姿。


 大きなドームを中心に、左右に模された小さなドームの上には双子神が祭られて人々を見下ろし、夕方にはフォスフォールの持つ杖から、明け方にはジャスティティアの持つ杖から一筋の光が、広場に差し込むつくりになっていた。

 一歩、その聖堂に足を踏み入れれば、そこは別世界で、幼いアスランは圧倒されたものだった。

 母が亡くなってからは、父が忙しく兄も熱心な信仰心をもっていたわけでもなかったので足が遠のいた。

 そして軍に入ってからは一層信仰心からは遠のき、今では神すらもいないのだと思っている。

 けれど聖堂をみれば、不思議と祈りくらいはささげたくなって、アスランはその聖堂の扉を開けた。






      その瞳が大好きだった。

      真っ直ぐな眼差しが、本当に大好きだった。

      でも今は、その真っ直ぐな眼差しを瞳を見返して、

      微笑むことができない





 初めは、自分の目を疑った。



 見間違えることはない独特の色合いをした眩しいほどの髪の色。

 いつも触れていたいと思っていた絹のようなその手触り。

 後姿を見ただけなのに、それがルリだと決め付けた自分にアスランも少なからず驚いた。

 後ろ手で扉をしっかり閉め、ゆっくりと歩いていくと、ジャスティティアを見上げていたその人物は振り返ることなく「アスラン」と呼びかけてきた。



 静寂に包まれて、足音すらも大きく響く聖堂の中。

 そこだけ、ここだけすべてから切り離されているような空間。



「アスラン…でしょう」


 名前を呼ばれてアスランはその歩みを止め、返事を返すこともできないまま立ち尽くし、静かにホルダーから銃を抜いた。

 ルリであることは間違いがないが、万に一つという可能性がないとも限らない。

 それにもし、これが本当のルリだとしたら、やはり敵であることに変わりはない。

 わずか数ヶ月で変わってしまっている互いの立場を認識するためにも、そしてなにより自分の動揺を押さえ込むためにも、アスランは銃口をルリの背中に向けた。


「……ルリ」

「うん」


 かすれたアスランの呼びかけに振り返ったのは、紛れもなくルリだった。

 忘れることなどできるはずもない大好きなその蒼い瞳も、日差しのような髪も、何もかも自分が記憶しているルリ。 だが、ひとつだけ大きく違っていたのは、好奇心に満ち溢れていた瞳に、かつて見たこともない憂いが潜んでいることだ。


「持っている武器は、床に置け」

「武器なんて持ってないよ。私は」


 アスランの硬い声に動揺することもなく、そして銃口を下げないことに驚くでもなく、怯えることもない。

 最初からアスランが撃てないと見越してなのか、それとも別の何か理由があるのかはアスランにも図りかねたが、微かに浮かんだルリの微笑みに「仕方ないよね」という諦めが垣間見えて、アスランは険しい表情を浮かべた。


「銃は収めて、アスラン。私は何も持っていないわ」

「確証がなければ収めることはできない。俺は軍人なんだ。連邦軍の。ルリがヴィマーナに乗艦して、ブルーム解放軍として戦っているなら、俺はやっぱりこれを納めることはできない」


 自分に言い聞かせるように呟いて再度、銃を握りなおすと、俯いていたルリがしっかりとアスランを見据え瞬間的に表情を変えた。


「なら、どうして迷ってるの? なぜ、私を撃たないの? 軍人であるというのであれば、私がアスランの敵だって言うなら、拘束するなり、撃てばいい」

「……」


 迷っている心を見透かされた気がして、そして発せられたルリの凛とした響きに気圧されてアスランは半ば呆然としたまま銃口を下げてしまった。

 その行動が急に恥ずかしくなって唇をかみ締める。


「アスラン」


 近くで聞こえた声に驚いて視線を上げると、先ほどよりも間合いを詰めたルリが、銃を握ったままのアスランの手を取り、それをそのまま自分の左胸に当てた。

 銃を構えているのはアスランで、引き金を引けば間違いなく、ルリを殺せる。



 その距離。



「私に銃を向けた人たちはもっと容赦がなかったよ」


 ルリの静かなつぶやきの中に、アスランが想像もできない程の苦痛が潜んでいる気がした。


「…やっぱりブルームの戦艦と行動をともにしてるのか?」

「うん。ルカと一緒に」

「どうして……どうしてお前がSSになんて乗ってるんだよ!どうして…」

「死にたくなかったから、ただそれだけ」



『アスランに逢いたいから死にたくない』



 その言葉をルリはあえて喉の奥で封印した。








 ルカが怒りの感情を隠すこともなく、目の前の男をにらみつけた。

 睨み付けられた男は、ルカを子供だと侮ってか口にもと余裕の笑みすら浮かべている。

 かくゆうラシードも心情的にはルカと同じであったら、あからさまに感情を出すことがないまでも、侮蔑の意味を存分に含ませた視線を投げた。


「だから言ったじゃない。屋敷の趣味が悪いって。屋敷の趣味が悪いと大体、人間の品もわかるんだよね」


 目の前の男ではなく、ラシードに向けて言った言葉ではあったが、自分の屋敷を蔑まれていい気分はしない。

 ましてや相手は自分の年の半分もいかない子供。


「言っていいことと悪いことの躾をちゃんと受けなかったのかな。まあ、あの女の息子なら納得もするがね」


 笑いながら煙草に火をつけようとした男の顔が瞬時に引きつった。

 ラシードがホルダーから銃を抜くよりも早く、ルカが何かを投げつけたのだ。

 そのあまりの早さにラシードすら一瞬何が起きたのか状況を把握するのに時間を要したくらいだ。

 ルカが投げつけたのは、先ほどラシードが護身用にと渡したナイフ。

 それは護身用どころか、立派な武器として役に立ち、男の頬を掠めて投げられ、後ろに控えていた初老の人物の心臓に命中した。


「自分が何をしたのか、まだ判ってないみたいだね」


 ルカが笑いながら呟いている間に、ラシードは舌打ちすると、部屋に控えていた人間たちに襲い掛かり、その戦力を奪う。

 その様子を目にしてわずかに動揺はしたものの、ここが自分のテリトリーである安心感もあり男は再び、人を呼ぼうと声を上げるが、その声に答える人間はいなかった。


 目の前ではルカが冷たい笑みを浮かべてソファに座っている。


「無駄だよ。この屋敷の人間はこの人の手のうちだから。この人って、こう見えて自分の負ける戦いは絶対にしない人なんだよね」


 褒められた気はしなかったが、どこまでも喰えない奴だとの意味合いを含めて、ラシードがルカを見る。

 ルリと双子であるはずだが、とてもそうは思えないときがある。特にこのような場面においては顕著だ。

 逆に、もしルリにこのルカの容赦のない一面があったとしたらと考えて「ディナル一族の血は冷酷な怪物が潜んでいる」と昔から言われていたことを思い出した。


 ルカを見ていると良く言ったもんだと妙な感心すら覚える。



「ついでにさ、おじさんが当てにしていたコクーンの彼は、あなたを切り捨てたよ」


 死刑宣告を受けた囚人のように、男の顔には表情が浮かんでいなかった。


「この人、座ったまま死んじゃったの?」



 ルカの暢気な声が悪魔の笑い声に聞こえて、ラシードには珍しく再び、神の名前を呟いた。


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