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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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*その銃口の先5*

明日からの長期休暇を前に誰も彼もが落ち着きがない。


 休暇中の注意事項について述べられる言葉など、どこ吹く風で、ある者は時計を、ある者は隣の者と自分たちのこれからのスケジュールを話すことで精一杯。かくゆうアスランもいつになく楽しげな笑みを浮かべている。


「以上で終わる。学園の生徒であることを忘れず節度をもった生活をしてくれ」


 と、締めの言葉が言い終わらないうちから、次から次へと我先にとばかりに生徒たちが立ち上り、その様子を見遣って苦笑いを浮かべた教師が「休み中、怪我をするなよ」と言葉をかけると、それを合図に他の生徒たちも立ち上がって帰り支度を始め、わずか十分で教室内に残る生徒は一人もいなくなった。


 特待クラスの優等生とて、学生でまだ十代。


 これからの三ヶ月に及ぶ休みが楽しみで仕方ないのは、当然のことだ。

そして、やはり自分がここの生徒であった頃も、同じように長期休暇の前は浮かれていたことを思い出し、彼は唇に笑みを乗せた。


「あいつは見つけるのが大変だな」


 独り言をつぶやいて、人影すらもない教室を後にした。

 脳裏に記憶のある女子生徒にルリの行方を聞いてはみたが、誰もが「さっきまでは…」とお決まりの台詞をアスランに告げる。

その場に行ったところで、ルリの姿がそこにはない。

 そもそもルリはひとつの場所に留まるということがない。

 クラスが違い授業内容も違うことから往々にしてルリのクラスの方が放課後は早くやってくる。

 だから、大抵、ルリがアスラン達を待つ形になるのだが、いつも待ち合わせの場所に行っても、その場にいたためしがない。

 今日は、どれほど探せばめぐり合えるのか。

 いつもならばルカと二人、手分けしてルリを探せるのだが、ルカは本日、家の都合で学校を休んでいるから、アスラン一人で探さなければならない。

 広い学園内のどこでルリを捕まえられるだろうかと考えて、アスランは幾度目かの深いため息をついた。


「ルリ、帰るよ」


 やっとのことで捜し求めたルリの姿を、嬢様クラス特有の華やかな輪の中に見つけて、アスランが声をかける。

 一瞬にしてあたりに黄色い声が次から次へと上がるが、振り返って欲しい人物は、アスランの声が聞こえていないらしく、今も数人の友達と笑い声を上げたり、微笑んだり、跳んだりと楽しげだ。

 何の話をしているのか、何をそんなに話すことがあるのか、ルリはいつも輪の中心にいて楽しそうに笑っている。

 野次馬根性もなければ、人の噂話にも興味はない。

 それでもルリがいつもどんな話をしているのか、多少は気になる。

 何度か「何の話をしていたんだ」と聞いたことはあるが、話題が次から次へと変わっていくから、アスランにはよく理解できない。

 ルカは姉がいる所以なのか、それともルリと双子である所以なのか「女の子の会話を理解するのは教科書より難しいよ」と笑っている。

 確かにルリの話を聞いたところで、アスランには不可解な内容が多く存在するのだ。けれど、やはり何を話しているのか気になってしまう。



「ルリ」


 さきほどよりも、幾分大きな声で名前を呼んだのだが、あたりの騒音にかき消されて、ルリには届かずにいたが、近くにいた別の少女がアスランに気が付き、ルリに耳打ちすると、瞬間でルリの笑みが満開の花のようになった。

 友達に囲まれて楽しげに話していても、アスランの姿を見ればすぐに駆け寄ってき、それが他と差をつけているようで、アスランの優越感を刺激する。


「アスランのクラスも、もう帰れるの?」


 駆け寄った勢いのまま抱きつくルリを抱きとめると、満面の笑みがアスランを見上げた。


「三〇分も前にね。約束の場所にいないから、ルリを探すのに時間がかかったよ」

「ごめんね。ルリたちのクラスは二時間前に終わって、退屈だったから、お話してたの」


 そう告げる笑みには一点の曇りもなく、ブルームの蒼穹のような瞳はキラキラと輝きを放っていた。


 だから、今、アスランの目の前で、アスランの銃口の前で、毅然と立っているルリが、アスランには遠い存在に感じられる。


 幼かったはずの表情も、好奇心に満ちた瞳も、憂いも知らなかったはずの笑顔も、何もかもがアスランの知っているルリとは大きくかけ離れている。




 同時刻。




 外から聞こえる騒音に顔をしかめつつ、部下の一人が差し出した書類を奪うようにして、手に取ったドーマスカーは、瞬時に顔色を変えた。


 手にしていた書類を忌々しげに投げつける。

 投げつけられた書類は大きな机の角に当たり微かな音を道連れにして、磨き上げられた床に落ちた。

 彼を心の底から信用していたわけではなかったが、よもや自分を裏切るとは思っていなかった。

 甘く見ていた自分の迂闊さもさることながら、裏切られたその行為自体に納まりきらない怒りと、忌々しさがこみ上げてきて、怒鳴り散らしただけでは収まりそうもない。


 報告書に載っていた名前の人物は、ドーマスカーとは昔から腐れ縁とも言うべき関係であり、何度も修羅場を共にし乗り越えてきた仲でもある。

 背中を預けられる戦友ではないが、人を信用するという行為自体を軽んじているドーマスカーには、数少ない友ではあった。

 軍人としてはいささか柔軟すぎるところがあったが、温和に見えるその笑顔の下で知略を働かせる事に関しては、ザリオドルすらも舌を巻き、同期であったことや配属先が一緒であったことも手伝い、手元においていた。

 その知略が何度もドーマスカーを救い、ともすれば周囲と摩擦を起こした事態すらも気が付けば、さらりと解決していた。

 ドーマスカーの人柄から言って、人に頭を下げたりすることが苦手としていただけに、その類に関して才のある彼を手元に置くのが得策かと判断すると、すぐにそれを実行した。   

 立場的な問題もあるからと何度も昇進の話を持ちかけたが、当の本人は出世よりも人の補佐をすることを好んだ。

 その態度が逆にドリオドルの癪に障り、面と向かって「この腰抜けが」と言いつのった事もある。

 それでも彼は表情ひとつ変えず「人には向き不向きがある」と、ただ笑っていた。


 ブルーム侵攻の際に、ザリオドルにとって一番の脅威であり、腫れ物だったのは息子のエイドリアンだった。


 勝手に軍に入り、知らないうちに除隊したばかりか結婚し子供まで儲けていた。

 何から何まで父親であるザリオドルの命令を無視した息子が、外交官としてブルームにいると知ったときは、殺意すら沸いたものだ。

 だから、人知れず誰かに頼み暗殺してしまおうと考えたことも一度や二度ではないが、一方で自分の息子であると思うと手を下すことを命令するのは躊躇われた。

 と、同時に、自分の地位が上がれば上がるほど、手に権力を持てば持つほどスネに付く傷は増えていき、安易な傷などこれ以上作りたくはないという思いもあった。

 その安易な傷がいつ悪化し化膿して、命取りになるかもしれない。

 運良くエイドリアンを捕まえることに成功したとき、すぐに処罰することも考えたが、孫息子のアスランへの影響を考え、時期を待とうとザリオドルは即座に判断し、間髪置かずに屋敷に監禁した。


 自分にとっては邪魔者ではあるが、アスランにとっては父親。


 過去の因縁から親子の情や絆など、つめの先ほどの信用もないザリオドルではあるが、自身の後継者とするのならば、血の繋がりのない人間よりも、自身と血の繋がった者であるほうが断然いい。

 その血のつながった後継者であるアスランを手に入れられるなら、多少の不都合ならば我慢できると踏んだ。

 ただ、身柄だけは自分の管理下に置き接触した人間や、エイドリアンの動向などを監視する人間が必要になった。

 逐一報告する必要もないが、エイドリアンに共鳴されてしまっても困る。

 考えて、白羽の矢を立てたのが彼だった。

 その彼が、自分を裏切ったばかりでなく、エイドリアンを連れて逃げたというその事実は、ザリオドルの自負心をいたく傷をつけた。

 飼い犬に手を咬まれたとしてもここまで怒りがこみ上げてくることはないだろう。

 あの温和な態度の下で、笑っていたのかと思うと、忌々しさは激しい憎悪に変わった。







   『なぜ俺は、ルリに銃口をむけているのだろう』






 銃口を向けて、震えていたのは向けられたルリではなく、構えたアスランだった。

 微かに揺れる銃口が、そのまま自分の心の揺らぎを表しているようで、必死に落ち着こうとするが、一度揺るぎ始めた心は収まりそうにない。


「ルリ……」


 その名前を声に出すのには、アスラン自身が思っていたよりも労力を使い、やっとの思いで絞り出した声はかすれたまま、教会の空気の中で静かに響いた。




 五月蝿いほどに耳に飛び込んでいた街の喧騒が、嘘のように静かな空間の中。




 見間違えるはずもない、その姿を見たときは一瞬、どちらが現実なのかアスランにも計りかねた。

 夢でならば何度もその名前を何度も呼んで、夢でならばその体を何度も抱きしめた。

 だから、いつものように手を伸ばして腕を広げて、ルリが抱きついてくるのを待とうとして、ふっと現実に立ち返った。

 ルリの笑顔がチクリと胸を刺す。



「……持っている武器は下に置け」


 ありきたりの台詞を吐き出したアスランに、ルリは微かに微笑むと、両手を広げる。


「持ってないことはアスランも判ってるんでしょう?」  


 それには答えずにいると、ルリが静かに近づいてくるのが見えて、アスランはとっさに銃口を向けた。

 ルリとルカは今、ブルーム解放軍として名乗りを上げた組織と行動をともにしている。

 それは、ブルームと同盟国であるヌミディアそして帝国が認めただけのことであり、連邦政府やそれに髄する諸外国はまだそれを認めているわけではない。

 ましてや連邦はヌミディアの一件で、ブルームと一戦すでに構えている。


 外交のことなどはわからないが、アスランが連邦軍の軍人である以上、ルリは敵として銃を構えても何ら問題はない。

 それは正論でアスランも頭では理解しているが、目の前に立ち静かに見返すルリを見ていたら、頭で考えていることは、一瞬にして砕け散った。

 その動揺を、そして心の揺らぎを気づかれたくなくて、アスランは再び、銃を構えなおしたが、無駄な努力だとばかりに指先が震えた。



 頭に浮かんだのは、数時間前に交わされた命令や会話が浮かんだが、やはりこちらも一瞬にして消えた。


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