*その銃口の先4*
今まで何かに祈ったことはなかったけど、
今は祈ることを覚えた。
自分のためにではなく、誰かを思って祈ることを
突然に吹き荒れた砂嵐は成りをひそめ、静寂の戻った砂漠の砂を沈みゆく太陽が染め上げた。
よく見ればあちらこちらに瓦礫や残骸が砂に埋もれ、砂嵐のすさまじさを物語っていたが、一方ではその瓦礫や残骸が作り出す陰影すらも美しく見えた。
芸術の類に興味のなかったラティーナも、砂漠に留まるようになってから砂漠に太陽が昇り始めるその瞬間と、沈みゆく瞬間は眼を奪われる。
作業をしている手を休めてしまうほどに美しいと思える。
その景色に眼を奪われているのは、ラティーナだけではない。
いつも数人の人間が、窓や開け放たれた扉から外を見つめている。
そんな中でもルリは特別だった。
特段作業がなければ非常用の明かり以外は落とされた格納庫の扉から、時間が許すときは必ず同じ時間に姿を見せて砂漠を見つめていた。
何を思ってのことは判らない。
ただ佇むルリの背中はひどく頼りなげに見えるのに、どこか厳かな感じをさせるから、ラティーナは声をかけることが出来ずにいた。
けれど、今日は絶対に声をかけようと決心すると一つ深呼吸をして、ルリの背中に向かって歩いていく。
「埃っぽいというか砂を食べてる感じがする。ルリは平気?」
声に振り返ったルリが微かに笑顔を浮かべたのを見ると、ラティーナの顔にも自然と笑みが浮かんだ。
ルリの笑顔には魔力があって微笑みを返したくなる。
ブルーガーデンに居たころも、ルリの周りには自然と人の輪ができていて、いつも笑い声が絶えなかった。
人垣が出来ている所には必ずと言っていいほど、中心にいたのはルリだった。
アスランやルカを慕う女生徒達と敵対することや、嫌がらせを受けることもあったけれど概ねルリは誰からも好かれていた。
あのころは、ただ単にルリがブルームでも名の通った一族の令嬢であるからとか、あの屈託のなさが女生徒達から敵ではないと判断されたからとか様々な憶測が出ていたものだ。
ルリと身近に接するようになって改めてルリを知った。
戦場においては短所とも成りえるもので、ましてや必要なものではないかも知れない。
けれど、ルリ一番の美点は笑顔と素直さだと思う。
「少しは休めた? 居住区の方は早めに空気の清浄がなされてるから、こことは違って埃っぽくないでしょ?」
「うん。でも、部屋でシャワーを浴びたらどこから出てくるのか足下に砂がたまってたの」
「髪の毛とか服とかについてるんだよ。ここなんかさっきまで最悪だったよ。ついでに、アティールも」
ラティーナが指を指した方向に視線を向ければ、やっと砂の処理が終わったアティールが佇んでいる。
想像も付かないところからも砂が入り込んで大変だったのだと、ラティーナが手振り身振りしながらおどけて話せば、ルリがニッコリと笑う。
当然と言えば当然だが砂嵐はヴィマーナをも巻き込んだ。
ボブが異常に気が付いて艦内の非常用の扉や格納庫の開閉を指示したが、戦闘中の状況下でその命令や指示が迅速に艦内部に行き渡るのは無理な話だった。
辛うじて格納庫の閉鎖には成功したが、すでに入り込んでいた砂は艦内を巡り回った。
砂嵐の影響で戦闘が中断し、敵側部隊の撤退を確認してもルリ、ルカ、ルクを乗せた三機は帰投することが出来なかった。
いざ帰投をしようとした三機は自分たちの目の前に広がる光景に半ば唖然とし、ルカに至っては「砂に埋まったらただのガラクタだよね~」と声を上げて笑った。
三機を収容するためにヴィマーナが格納用の専用ハッチを開こうとした時、ハッチは砂に埋もれて開閉できず、それどころかヴィマーナがものの見事に埋まっていた。
戦闘を終えて帰投した人間をこれ以上酷使することは出来ないという、ボブの珍しく温情のある言葉に「いつもはこき使ってるくせに」とルカは声を潜めることもなく呟いた。
ボブはその言葉に片方の眉をわずかに歪ませただけで受け流しオトナの対応を見せると、手の空いている乗務員全員に緊急号令をかけ、かくして人海戦術による掘り出しが始まった。
延々と届くかと思われていた作業はその後、ラシードの部下達が駆けつけ、そしてルリ達が守り抜いた宇宙港に避難していた人達が手をさしのべてくれたおかげで、思ったより早くヴィマーナを掘り出すことが出来た。
ため息をつく間もなく整備員はボブの号令の元、今度は帰投した三機の整備に取りかかったが、至る所からこぼれ落ちる砂に悪戦苦闘したものだ。
かくゆうラティーナもつい先程までは、罵詈雑言を吐きだしながら洗浄作業に精を出しやっと作業を終えた整備員達が各々の休憩に向かった人影途切れた格納庫の中に、ルリの姿を見つけたのが、わずかに数十分前のことだ。
「今まで砂漠が好きだなんて思ったことはなかったけれど、この景色は好きになれそうよ……」
「うん。私も」と同意して笑った笑顔の中で、目元が赤く腫れていることも、印象的な蒼い瞳の周りが赤くなっていることにも気がついたが、ラティーナは何も言わずにいた。
ルリがその頼りない肩に、折れそうな程に細い背中に背負い込んでしまったものは、計り知れないことをラティーナも薄々感じていたから。
「と、いうことで俺たちはもう暫くはこのままヌミディアに留まることになった」
ルクの言葉にオペレータ達は諦めの表情を浮かべ、整備士達は落胆を表すため肩をおとし、ラシエルは長いため息をついた。
圧倒的武力と物量を誇る相手を前にして、完全に不利だと思われていたヌミディアとブルームの合同人海戦術部隊は、辛うじてではあるが勝利を手にすることが出来た。
ヴィマーナが宇宙から降りてきて砂漠地に墜落するという予測不能の事態に遭遇しても、コウキを初めとするブルームの上層部は慌てることなく淡々と次の作戦を練り上げていた。
成り行き上とはいえ一時的にヴィマーナを預かり運行に関するすべての権限を与えられたルクとしては、艦内に存在するあの三機を携えすぐにでもブルームに帰還し、帝国や連邦からの攻撃に対して防衛準備に取りかかりたい処ではあった。
だが、修理にある程度の時間を要することや、ヌミディアの部隊が連邦と事を構えると聞かされては、そのまま見てみない振りをすることが出来なかった。
昔から特別な同盟関係にあった国ではないが、目に見えた敵対国でもなく、友好国の一つとして良好な関係を保っていた。
ヴィマーナがブルームに帰還するために陰で様々な助力をし、帝国と連邦に対して共に立ち上がることに表明してくれたことは、現在の時勢を鑑みれば、孤立無援とまではいかないまでも、味方の少ない現在のブルームには、力強い助者でそして今後共に手を携えていける相手でもある。
もちろんヌミディアとて自国の利益を考えてのことではある。
様々な事態と今後の見通しを考慮して、ヌミディアという国の必要性を上層部に進言し、砂漠地で足止めを喰らっている間だけでも協力が出来るように取りはからってもらおうと行動を起こすより早く、ヌミディアの部隊を事実上指揮している「砂漠の英雄」と呼ばれる指導者ラシードとコウキは秘密裏に様々な作戦について話していた。
そのことをラシード本人の口から聞かされ、コウキの口から改めて聞かされて自分の上司の目端の鋭さと、大局を見る先見の目に改めて舌を巻いた。
ルクが可能性をいくつも考えて選択している間に、コウキは他の民政委員達とその事を話し合い、結果を出していたのだ。
ヌミディアの砂漠地から追い出された連邦が、総力戦で来ることも予測し、そしてヴィマーナの戦力も計算し、なおかつ、その総力戦に乗じて連邦にとっては刃と成り得る政治的指導者エイドリアンの救出計画を立てていたのだから、舌を巻くと言うよりは驚愕した。
いつの間にそれだけの計画を立てるほどにコウキとラシードが昵懇になったのかも分からなければ、いつの間にラシードがルクの父親であるエイドリアンと知り合いになったのかも謎で、その計画のために連邦の反乱部隊を利用するためにどのような手段をとったのか想像がつかなかった。
ルクもきれい事では戦いに勝つことは出来ないということも、そして今の状況下ではそのきれい事をしていたのでは、ブルームが滅亡してしまうことも理解していた。
だから、ある程度の事には目をつぶり、手段など選ばないとも考えてはいたが、今回の作戦には正直賛同しかねたものだ。
けれど上が決めたことならば従うのが軍人たる役目だとすべてを割り切った。
実際、ラシードがとった手段を果たして自分なら取れただろうかと考え、即座に無理だと悟った。
ラシードが卑怯者であるとかではない。
ラシードと自分を比べたとき、上官がいてある程度の責任をなすりつける相手が存在している自分とでは、立場も、そして覚悟すらも違っていた。
ルリの一件で反発し不信感をもったのも事実だが、冷静に考えればラシードの言い分はすべてにおいて正論だった。 その正論すら受け入れることも、聞くことすらも出来なかったのはどこかで甘えが存在して、どこかでやはり責任のある立場というものを理解していなかったからだ。
ブルームの今後がかかっているならば、今の自分に出来ることは一つだけなのだと自分の心にケリをつければルクから躊躇いは一切消えた。
そして現在。
つい先日まで防戦一方となった状況下で耐えに耐え、勝利を呼び込むことに成功し、晴れてブルームに帰還できるとヴィマーナの乗組員は誰もが思っていた。
当然ルクもそうなるだろうと考えていた。
だが、つい先程「帝国の動きが気になるから、もう暫くそこに滞在しているように」と、期待していた言葉とはまったく違う有難い命令がコウキから言い渡された。
見渡す限り砂漠、灼熱の太陽、急激に下がる気温に今暫くは耐えなければならないと思うとクルー達は一様に目に見える形で落胆した。
落胆するクルー達の心情も理解できるから、不甲斐ない事には違いないがここはあえて「今はまだ任務中だ」と当たり前の説教をするのは辞めた。
帝国の動向自体を言えば、それはルクも気になっていた。
「よかった……おじさま無事でいらっしゃるのね」
心の底から安心したとばかりにルリが呟き、その呟きに同調するかのようにルカも小さく息を吐いた。
自分たちの置かれている状況や、政治的要因やらはあるものの、エイドリアンはルリやルカにとっては大切な幼なじみの父親であり、幼いころから知っている旧知の人でもあり、近しい親類にも勝る人物だ。
ルリ達のカーディナル家は親類と呼ぶ人物は少なく、まして二人から見た叔父・叔母などは殆ど存在していないと言っても過言ではない。
唯一いるのは、曰く付きの父親の妹である帝国のフラーミングであり、母方の親類は連邦軍や帝国だけでなくコクーン内部のテロなどに巻き込まれ、付け狙われその殆どが絶命している。
だからこそ、ルリもルカも自分たちの状況や置かれた立場を月で理解し、何故自分たちが帝国に囚われたかの深い意味と、ブルームがエイドリアンをどれほど重要人物として必要としているかも知った。
けれど、そんな大人の事情などとは関係なく、囚われたままのダイ同様に二人はエイドリアンの身を案じ、助け出したいと思っていた。
でもなければ、いくらルクに頼まれ、コウキの命令だとしてもルカがルリとともに自分の身の危険を承知の上で、今回の作戦に参加するはずもない。
参加したとしても、ルカならば、ルリだけはヴィマーナに置いて自分がアスランと対峙したはずだ。
対峙した瞬間、何をするかルカ自身でも予測はつかなかったが。
ルカとルリの後方に控えていたルクも微かに笑顔を見せ、ラシードに再び眼で礼を述べた。
ルクは先程、父親の無事をラシードから知らされ、その父親からの伝言をある人から通じて伝えられ、やはり同じように安堵のため息をついたのだ。
「本当によかった……おじさまが無事でいらして」
ルリの言葉に再びラシードが片眉を微かに上げる。
先程の呟きの時も思ったことだが、こんな時にルリの育ちの良さと元来の性質の良さを実感するのだ。
もちろんそれはルカにも言えていることで、普段どれほどにその口から毒をはき出そうとも、とこかでやはり丁寧だ。
二年とすこし前、ブルームに火の手が上がるまではブルームの中で大財閥総帥の令嬢・子息として大切に育てられ、温室の中で憂うことも知らずにいたのだからそれは当然だ。
軟禁状態にあった時でさえも、帝国の監視下の元で贅沢で豊かな生活が出来ていたのだ。
その生活の総てを、自分たちの存在していた場所を否定することになったとしても立ち上がろうと藻掻いたその気概は賞賛に値する。
子供っぽい正義感だろうと子供っぽい理論だろうと、とにかく何かをしたいと藻掻く事を誰もが容易く出来ることではない。
人は楽な方にと流される生き物だ。
だからこそ、必死に藻掻きながらもどこかまだ流されがちなルリの行動が癪に障り真剣に腹を立てた。
逆を言えばルリとルカが時として、ラシードと対等の立場に居るということでもある。
「おじさん痩せたりしてない? 怪我とかも平気?」
「ああ。健康そのもので、とても元気そうだ」
「そう。よかった」
珍しくルカがニッコリと笑う。
瞳の色以外は見目形も、神の色も殆ど似ていない双子ではあるが、何気ない表情はよく似ている。
ニッコリと笑ったときに見せる屈託のない笑顔、かすかに眉を上げて伺う表情などは本当によく似ている。
「でな。俺はしばらくお前らと行動を共にすることになった」
と、ラシードが最後まで言い切る前にルカがあからさまに厭そうな顔をする。
本当に嫌いであれば、ルカはその人間を居ないものとして扱うから、顔では厭そうな表情を浮かべていても、内心ではそれほど嫌っている訳ではない。
それはラシードも充分に理解しているから「残念だな。文句はお前らのトップに言え」と軽口で返す。
突然、ルカが全く別の事を言い出し、「これだから、このクソガキは侮れない」と思った言葉を賢くもラシードは笑う事で押し込めた。
「お前らに逢わせたい人間が居る。代表の許可も、お前らの母親の許可も、そこにいる艦の責任者の許可も取ったから、明日の朝から外出するぞ」
「逢わせたい人じゃなくて、僕たちの後ろを見せたい人間がいる、の間違いじゃないの?」
「そうとも言うな」
ルカは大げさにため息をついて、ルクを睨み付けるが、睨まれたルクは「なんでおれ?」と驚いたように見返すだけだった。
男三人の遣り取りを横目で見ながら、ルリは窓から沈み行く太陽を見つめて何事かを呟いた後、左腕に静かに口づけぎゅっと自分の左腕を握りしめた。
つい数日前の昼過ぎまで、一方的に押され続けた戦闘があったとは思えないほどに、今はこの格納庫も静寂に包まれていた。
その中で声を上げつつ頑張っていた小さな背中を見つけたラシードは、にやりと口元に笑みを浮かべると、堅く閉ざした扉に背中を預けながら、彼女が自分に気がつくのを待った。
思えば奇跡に近い勝利だった。
勝機を見いだすために手段を選ばないと決意してからは、今まで振り返ったこともなかった。
ヴィマーナがこの砂漠地に落ちてこなければ、これほど短期間でここまで来ることは不可能で、下手をすれば長期戦になることもあり得たのだ。
運命など信じたことはないが、それでもここにヴィマーナが堕ちたことや、ルリとルカが幼なじみと対峙したことは、何か強い力に引き合わせれた結果ではないのかと思う。
連邦国内にいる部下達からの報告を聞く限り、連邦は立て直しに時間を要し、すぐにこのヌミディアを攻撃してくることはないだろう。
エイドリアンが姿を消した後、ドーマスカーは、エイドリアンを奪取するためにブルームとヌミディアが手を結び仕組んだことであるとであると声高々に非難したが、連邦軍内部でおきたクーデターの中心人物が、それに意を唱える声明を発表した。
クーデターを指揮した人物はエイドリアンの監視を任され、また、ドーマスカー大臣の知る人でもあったから、連邦内部は大変な事になっている。
もちろんドーマスカーはそれを押さえるべく強権を振るっているが、それがどこまで通用するかは未知数である。
「おかえり」
思いもよらない言葉をかけられて、ラシードは咄嗟に返す言葉が思いつかなかった。
てっきり「なにやってるのよ、大男」とか「邪魔よ」と邪険に扱う言葉を投げつけられると思っていたのだがおかえりという一言はさすがに予想をしていなかった。
「何? どうしたの?」
「いや……」
「あんたがこのヴィマーナに入り浸ってからもう一ヶ月近くなるんだから、お帰りが妥当でしょ?」
ラティーナが勝ち誇ったように笑う。
戦いに負けていれば、この笑顔を見ることもなかったのだろうと思う一方で、誰かが自分を待っていてくれるというだけで幸せになれると言ったあの彼女の言葉が今なら理解出来る。
だからなのかは解らないが、ラティーナの口から出た次の言葉に、ラシードは自然と礼を述べた。
「あんたも、ルリもルカもルクさんもみんな無事でよかった」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ちらりと横目で伺えば、厳しい顔をして画面を凝視しているアスランがいた。
つい数時間前、父が逃げてくれてよかったと、心情を吐露して安堵して微かに涙を浮かべた姿はそこにはすでにない。
いつのも変わり身の早さと、切り替えの早さにタイスは目眩を起こしかけだが、目眩を起こして倒れたら、上官から求められている報告書の提出が遅れるだけだと思い直す。
くらくらする頭をふって、冷めたコーヒーを一気に咽に押し込むと、再び、画面に意識を集中させてようとした時、アスランがタイスの名前を呼んだ。
「どうした?」
「マリーの父親に逮捕令状が出てる。そして、マリー自身にも宇宙艦隊本部への出頭命令が発布されてる」




