*その銃口の先3*
最初、それを言い出したのはタイスだった。
アスラン自身も心の何処かで思っていたことでもあったから、もう自分を誤魔化す為の言葉を繰り返すことは出来なくなっていた。
当初外されていた作戦に急遽参加することを許されて、部隊長であるヴァルハラから渡されたのは、敵の三機の新型機の現在集められるだけの戦闘データだった。
連邦の新型機とも帝国の新型機ともどこか一線を違えるその戦闘機は、シャープでありそして戦争の道具でありながらも美しいとさえ思える機械だった。
その三機の機体は砂漠の砂の中でも美しさを奪われることはなかった。
それどころか、ここ数日で数段にその戦闘の仕方を上達させている。
不安定な足場を利用しての戦闘、巻上がる熱砂を利用しての撹乱、圧倒的な性能を見せつけての威圧。
どれもこれも効果的に利用している。
見ていたときには感じなかったが、対戦してわかるのはその戦闘の巧みさだった。
わずか数日でこれほど上達するものなのか、これほど連携ができるものなのか、そしてこれほどに戦えるものなのか。
この三機があの日、ブルームを飛び立ったのを見ていなければ、歴戦の、と言われればなんら違和感なく受け入れられるに違いない。
ブルームで自分たちが対峙したとき、そして宇宙艦隊のアッシュが対峙したときとは、また別の搭乗者なのだとアスランもタイスも映像を見て、一度は結論付けたのだが何度も繰り返せば、搭乗者が乗り替わりなどしていないことが判る。
小さなクセや操縦の際のわずかな何かなど。
だとするならば、アスラン達が今対峙して、今対戦している相手は一般兵など凌駕する才能の持ち主だ。
連邦軍の軍学校でみっちりSSの操縦を学び、その中でもエリートと言われるステラ六人を相手に、わずか三機の戦闘機は互角にやり合っている。
互角どころか、下手をすればアスランとタイス以外の四機など、大人が子供をからかうかの如きあしらいを受けている。
確実にトドメを刺すわけでもなく、だが振り返れば敵機が背後を取っている。
確かに相手の戦闘機のデータは乏しく、未知の機体ではあり、対応しているアスラン達は、アスランとタイスの搭乗している機体以外は汎用機。
その辺りに不利はあるかもしれないが、それでも認めたくはないことだけれど、ステラ相手に互角以上の戦いをしている相手の技量は、無視することはできない。
さすがのアスランも焦れ始めていた時に、タイスがいつもの調子で呟いた。
御陰で、微かな苛立ちを沈めることにだけは成功したが、別な意味で緊張感が揺らいだ。
「俺たちってさ……なんか教材っぽくない? 相手、戦えば戦うほど戦闘中に修正してくるんだけど。この機転の良さと操縦センスは何者?」
「無駄口を叩くな!」
揺らいだ緊張感を悟られないようにと思っていたら、アスランが想像していたよりも口調がきつくなってしまったが、タイスはそんなことを一々気にするようなタチではない。
アスランが不思議とタイスと気が合うのは、この辺りの部分に関してタイスが幼なじみであり親友でもあるルカと良く似ているせいでもあり、そしてアスランの兄であるルクとも似ていることもある。
だから、ふっと魔が差したようにアスランは、ルクとルカそしてルリのことを考えた。
押し込めていたもの。
絶対にそんなことはないと、頭の隅から追いやって、心の奥底に押し込めていたもの。
それが一挙にあふれ出した。
タイスはあり得ないと言ってはいたが、ブルーガーデンのパイロット適性試験の成績に嘘偽りがなければ、ルリの才能は間違いなく、アスランの上をいっているはず。
心当たりならいくつも思いつく。
それはほんの些細な事ではあるが、積み重ねていけば一つの仮説として成り立ち始め、否定すればするほどに、肯定の答えが導き出されていく。
戦闘区域を拡大させるなとヴァルハラからの入電がモニターに流れ、時折、彼の問いかけも耳にしたが、目の前にいる敵の攻撃の対処に必死で返事を返す余裕もない。
軍のアカデミーの模擬戦でも無敗を誇り、その後配属された前線でも機体に傷など付けたこともない自分が、これほど余裕のない戦いを強いられているのだと気が付くと、アスランは奥歯を噛みしめた。
「大丈夫、もう少し、もう少し凌いだら」
呪文のように繰り返されたルリの言葉は静かで、そのルリが今敵機を三機相手にしている等という現実は、モニターを見ても信じられる光景ではなかった。
数日前までは弱々しい印象の、儚げな表情のルリだった。
それは今でも変わらないが、戦闘に対してこれほどに潔い事など見せたことはなかった。
いつもはルクがルリを庇い、ルカがルリを背にして戦っていたのに、モニターに流れてくる映像では、ルリが敵の四機を、下手をすれば六機を翻弄し互角以上の戦いをしている。
もう一度、ルリが静かに「もう少し」と呟いたとき、それは突然にしてやってきた。
この地域では珍しいことではなく、科学的にも立証されたことであり、そしてルリの言葉である程度は予測していたが、これほどのまでとは思わず、ヴィマーナの誰もが地球の自然に度肝を抜かれた。
それは、一瞬にして全てを飲み込んでいったかと思うと、視界などゼロに等しくなった。
「ひっどいな、こりゃ」
機体から降りてきて辺りを見回してみれば、至る所に砂が舞い上がり溜まっていた。
密封された機体の中までは進入していないが、見えないところでかなりの量を持ったまま帰投してしまった模様で、整備員がマスクをしながら、その除去に当たっている。
その様子を見回し一瞬、申し訳ない気分になると同時に、完全な敗北を喫した出撃を思い出し、少なからず精神が落ち込んだ。
「報告に行くだろ?」
「ああ。お前達も来い。ヴァルハラ大佐に報告に行く」
何度か撤退戦にも参加をしている。
自制心がある方だとアスラン自身も自負はしているが、今回の出撃に関して言えば余裕もなく、わずかに堅い声が出た。
「アルスラン・カズキ・ローダテイル部隊、以下5名。帰投致しました」
自動で開閉されたドアが開くとともに、一歩踏み出して敬礼をすると、後ろ向きに司令官と話をしていたヴァルハラが穏やかに微笑んで振り返った。
今までの司令官ならば、概ね二パターンに分類されている。
一つはアスランの後ろにいるドーマスカーに気を遣い、それがモロに表情に出るタイプ。
そして、エイムズの艦長のように、一人の部下として扱うタイプ。
だが、ヴァルハラはそのどちらにも属さない模様で、アスラン達の敬礼に頷きはしたものの、撤退を咎める様子は見受けられない。
「無事でなによりだった。現在の戦力を考えたら、君たちの機体を砂の中のがらくたにするわけにはいかなかった。本部からは苦情を言われているが、私としては、ローダデイル少尉が撤退を決断してくれたことを誉めたいくらいだよ」
穏やかな口調で告げられて、叱咤の一つや二つを覚悟していたアスランとタイスは、瞬間的に眼を見合わせる。
それを見たヴァルハラが微かに笑い声を挙げる。
アッシュが自分の上官を「優雅すぎて何を考えているか分からない人」であるといっていたが、なんとなく理解できる。
決して好ましくないというわけでもない。
どちらかといえば、好ましい分類に区分けされる上司だろうが、穏やかすぎるというものの裏には何かが潜んでいそうだ。
「砂嵐は予測していましたが、あまりにも規模が大きく、連携の問題も有りましたので、撤退を決断しました」
ヴァルハラの穏やかな口調には、事情を説明しろとも報告しろとも含まれていなかったが、アスランは再び敬礼した後、一定のトーンで言葉を吐き出した。
タイスが何時も聞いている声ではなく、ステラであること、優秀な士官候補であることを存分に全面に押したトーンだ。
この場においてそれを当たり前のように押し通すアスランに、タイスは尊敬の念を抱いたくらいだ。
ヴァルハラの微笑みと穏やかさには何か潜んでいるだろうが、アスランのこの腹をくくったときの開き直りにも舌を巻きたくなる。
「まいったな、咎めているわけではない。ただ、報告書はあげてくれ。出来れば今日中に。君たちにも伝えておいた方がいいだろうと思うから、これは私の一存で伝えるが、我々連邦艦隊は、エイムズ艦隊が到着と同時に撤退戦に入る。こちらの損害が予想よりも大きくて、先ほど司令官がエイムズ艦隊のイースト総司令官と話をして、本部の許可も得た。ただし、こちらが完全撤退と見られては後々不都合も生じるから、それまでは、ヌミディアへの攻撃は継続される。それと……本部と宇宙艦隊本部で同時刻に反乱が起きた」
寝耳に水の出来事を聞かされて、アスラン達が瞠目する。
だが、この後に告げられた一言に、アスランは呼吸も出来ないほどの衝撃を受けた。
「その反乱軍の蜂起と前後して、エイドリアン・カズキ・ローダデイル氏が行方不明となった」
「これからどうなるんだろ…」
「どうなるも、こうなるも…」
呟かれたアーシアとミッシェルの言葉を聞いて、ユマとドミニクは互いに目を見合わせ首を振る。
当年で一六歳になったばかりのアーシアやミッシェルより四歳年長で、直接の上官であるアスランよりも年上であるユマも、普段の冷静さは成りを潜め不安そうに席についている。
出撃し攻撃地点で彼ら四人を出迎えたのは、想像を越えた地球の自然現象だった。
科学が進み砂漠の地で起こる砂嵐のメカニズムも何もかもがわかっていても、それを直に体験すれば物事の見方は変わる。
出撃前に予測された砂嵐の情報は、逐一モニタリングされ、その対処法も理解していたはずだったが、実際に砂嵐に取り込まれると肉眼では何も目視できなくなり、表示されるデータも頼りないものに思えた。
途切れ途切れに聞こえてくる爆発音や激しくぶつかる音が恐怖心を煽った。
その中で、隊長であり指示者のアスランの声は、いつもと同じように冷静かつ的確で、四人にとっては神の声にも等しいほどの力強さを与えてくれた。
一方で、その声にすがるあまりに命令など聴ける余裕はなかった。
徐々にひどくなる砂嵐は、ユマ達の冷静さを奪っただけではなく味方の戦力すらも奪っていた。
あの嵐の中でどのようにして敵側が攻撃をしてきたのかは未だに分からない。
敵側にだけ鮮明な映像が見えていたとは到底思えないが連邦軍の勢力をはじき飛ばし、ユマ達の戦意を巻き上げ、撤退に追い込んだのだ。
アスランの号令の元、撤退して帰投した彼らを待っていたのは、俄には信じがたいヴァルハラの言葉だった。
父親の処刑の話しが持ち上がり、ウワサになったときでさえも、感情を崩さず背筋を伸ばしていた隊長のアスランが、瞠目するとともに一切の表情を消した時には、ヴァルハラに聞かされた一大事よりも驚いた。
そして急激に不安が襲ってきた。
いつもならどんな些細なことでもユマたちに言葉をかけてくれるのだが、このときのアスランにそれを求めるのは酷なのは承知だが、それでも何か言葉を欲していたユマ達に、アスランは「各自休憩」と、呟くだけで、その後一度も振り返ることもなく、その姿を消してしまった。
結局、自室で休憩などとれるはずもなく、四人は自然と戦闘員用の休憩室に集まってしまった。
それはまるで、迷子になった子供達が寄り添っているようだと、この後にタイスはアスランに語った。
「失格……だよな。隊長として」
「そうだな。失格だろうな」
アスランの問いかけに応えたのは、いつものタイスの声だった。
だからといって安心したわけではなかったけれど、今、この場で唯一、心情を吐露できる相手でもある。
「解っていたんだけどな……頭では。いつ、少佐の口から父さんの死を告げられるだろうって。覚悟していたはずでも、いつもどこかで怯えてた」
「けど、こればかりは予想してなかった。だろ」
「いや……」
肯定の返事が返ってくるとばかり思っていたタイスは、アスランの否定の意味を含んだ返事を理解するのに数秒要した。
そしてアスランがどうして否定の言葉を繰り出したのか聞くために、報告書作成の手を休め先を促す。
「確信はない。どれもこれも確信はないけど、あの白い機体に搭乗していたのはルリな気がする。俺の知っているルリが、戦闘機に乗って戦争をするというのは予想も付かないし信じられない、信じたくない。だけど、あの機体の動きとか、思い切りの良さを見ていると絶対に違うんだって自分に言い聞かせることが出来ない。タイスと一緒に観たあのデータ。お前、誉めただろ?」
なんて言っただろうとわずかに考えてから頷いた。
あの時、確かに「敵ながら素晴らしい」と誉めた。
それはタイスの素直な感想で誰が見ても現にアスランだって認めていた。
今、自分たちが面倒をみているステラ候補達よりもはるかに技倆は上に感じた。
わずか数日の間にその戦闘機の動きと戦い方は格段に上達していた。
そしてそれは、本日の戦闘でも明らかだ。
考えるのも空恐ろしいことだが、敵の戦闘機の技倆はまだ発展途上にいる感じすらもある。
「ルリは運動神経が良くて、大抵のことは一度教えられれば出来た。何でも器用にこなして、気が付けばまるで何年も前からそれをやっていた程に上達していた。それに、ガーデンの適正試験は、士官学校のそれより、下手をしたらそれ以上データは正確なんだよ。ルリとルカがヴィマーナにいる。そのヴィマーナにあの戦闘機がある。否定できる材料なんて俺にはなくなった。ルカなら納得できるんだ。ルカにとってルリは絶対で、ルリを守るためなら笑いながらでも人を刺すタイプだし、自分に関係のないことにはとことん無関心で、自分にとって不利益なものは黙って切り捨てることに抵抗がなかった。だから、ルカなら分かる。ルリを守るためアレに乗ってるんだって……」
「でもそれだけじゃ、お前の考え方が飛躍してるとも言えるだろ」
「そうでもない……。他にもあるんだ。兄さんが黙って父が処刑されるのを見ているとも思えない。兄さんは俺と違ってとんでもなく大雑把で風来坊な所があるけれど、一本筋と芯を持ってる。父さんと大臣の間にあったことも知っているみたいだし、今、どこに居るのかも判らないことを考えると、なんとなくとだけど兄も絡んでいる気がする」
父親や幼なじみのことなら何度となく聞いたことはあったが、アスランの年の離れた兄のことは、タイスは詳しく聞いたことはなかった。
前に兄の生死のことを「黙って死んでくれるような感じがない」と笑いながら言っていたことはあったが。
「アスランの兄さんって、ブルームの?」
「ああ。防衛軍に所属してた。俺と違って進路を決めたりするのに躊躇とかするようにタイプじゃなかった。どちらかと言えば楽天的で、何をやるにしても大雑把で適当で、だけど懐の広さは尊敬してた。ちょっとタイスに似てるよ。垣根を作らない処とか、警戒心のなさとか、危機感の薄さとか」
「お前、俺のことをどう思ってるわけ?」
誉められた気がまったくしなかったタイスが心外だ、とばかりにアスランに詰め寄るが、当のアスランは何が問題なんだ、とばかりに首を捻る。
こういう部分が天然で、他意を持っていないのだと判っているから、怒る気にはならない。
怒ったところで「何を怒ってるんだ」とまたもや返されるに決まっている。
これがマリーやアッシュならばその話しは変わってくる。
それに今、話しているのはアスランの天然についてのことでも、嫌味上手なマリーのことでもない。
「お前の兄さん…が、絡んでると思ってるのか?」
「父さんの救出には。それに、もしかしたら軍内部を煽った一件にも絡んでるかもしれない。兄さんはそういうことに目端が利く。でも俺はそのことを、上に報告することが出来ない。そうかも知れない、可能性があるかもしれないと判っていても、それを報告することができない。軍人としても、士官候補としても失格だよ」
「世の中さ……つーかさ、こんな殺伐とした時代だって自分の身内を疑ったり、売ったりできる人間なんてそうそういないって。それが軍人だろうと、一般人だろうと同じでしょ。それにお前は、俺がこの話しを絶対に漏らさないって分かってるから,話してるんだろ? 一番言いたいことはなんだよ?」
ほんの一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたアスランの口らか零れた言葉に、タイスは静かに頷いた。
「父さんが逃げることが出来て……よかった」
「お前の説は正しかったな、マリー」
展望室の窓から補給物資の補充の様子を見ていたマリーに、アッシュが声をかけながら近づくと、その隣に並んだ。
手にしていたドリンクを何も言わずに差し出すと、マリーが微かに笑みを浮かべて受け取る。
本来ならばしなくてもいい作業を押しつけられているマリーは、激務続きでその身を彼女と一緒に行動している下級兵士が心配している。
アッシュもそしてアッシュの上官であるマイケル艦長も気にしているのだが、艦が違う上に命令系統も違うから、手助けしてやることも出来ない。
「月基地と宇宙艦隊本部それにマゼラン本部のクーデターは押し込められたそうだが、アトランティス海域の撤退は避けられそうにないらしい。そのアトランティス海域の戦闘には、あのヴィマーナがいたそうだ。ブルームは正式にヌミディアと同盟関係を結んだと発表して」
「でしょうね……。あの場所に降りたのもこうなることを考えてのことだとだと思うわ。ブルームの首脳陣は、狡猾さはないけど賢さと鋭さはある」
「そういえば聞いたか? エイドリアン氏の件」
アッシュの問いかけにマリーが静かに頷く。
雑用一般を押しつけられ作戦に参加することも艦橋に立ち入りすることも事実上禁止知れているマリーだが、情報だけは入ってくる。
艦長代理として派遣されてきた士官に対して忠誠を誓っているものは少数だが、マリーに同情して慕っている者は多数いる。
「エイドリアン氏の一件はブルームが裏で手を引いていると大臣は宣言したが…」
「すぐに蜂起・決起した人間達が否定する声明文を出したそうね。これで連邦内部もその指導力を巡って揉める火種になるでしょうね……」
しばらくただ横に並んで外の様子を見ていたが、マリーは飲み干したドリンクをアッシュに渡すと、彼女には珍しく「アッシュ」と名前を呼んだ。
人目があろうがなかろうが、アッシュのことを階級を付けずに呼ぶのは珍しい。
それほどマリーという女性は折り目正しい人間なのだ。
「アッシュ。月での反乱に私の父の名前もあるの。時期に私にも何らかの制裁があると思うわ」




