*見失う未来10*
敵機を前に、構えたルリは瞬間引き金から指を放すと、思いきりペダルを踏み込んで加速を付け同時にアティールの上体をかがませた。
間一髪で敵の攻撃をかわすと、延ばした腕で敵戦闘機の足をつかみ、そのまま持ち上げる。
不安定な砂漠の砂はルリが予想したとおりに敵戦闘機のバランスを崩すことを手伝い、それを確認すると、今度はペダルの代わりに横のレバーを調整して一瞬にして戦闘機を砂の上に押し倒し、敵が手にしていた銃を蹴り上げて遠くに飛ばした。
それを見ていたウィッシュのルクは自分が対峙していた敵機に一撃を与えた後、アティールの援護に回る。
「ルリは後方に下がれ! ヴィマーナの前に」
ルリはルクの指示に従いヴィマーナの前まで下がると、今度はモニターに映し出されたウィルが後ろから攻撃を受けているのを見て、ルリは微かに躊躇った後、引き金を引いた。
戦闘によって舞い上がった砂漠の砂の中に響き渡る。
今までの戦闘では決して聞こえることの無かった銃声が、これほどに近くに、悲しく聞こえることにルリはひとつだけ深呼吸をすると、そっと目を閉じた。
「ルリは休憩か?」
何か冷たい飲み物を喉に流し込もうとカフェに向かい、動力の関係で開け放しになったドアを繰り抜けた途端、聞き覚えのある声が飛び込んできてルカは一瞬、顔を顰めた。
それを見て憤慨するでもなく、飄々としたラシードはルカにドリンクを差し出す。
受け取るかどうしようかと逡巡したのち「ルリは休憩で仮眠しています。飲み物ありがとうございます」と丁寧に答えて飲み物を受け取った。
今度はそのドリンクを持ってカフェを出ようか、それとも無視を決め込んでこのまま居座ろうか、またもや逡巡しているうちに、ラシードは当然のようにルカの隣に立ってしまった。
「お前さんは底なし沼の中にいるのか?」
聞こえないふりをして黙殺することも出来たのだが、このまま黙殺しても、尚も何かを言いつのりそうな気がして、ルカは面倒臭そうに「なんのこと?」と肩をすくめる。
その態度にラシードが喉の奥で微かに笑うのを見て、ルカは瞬間、目を細めた。
「あんたも以外と正直者だな。その辺りはルリとそっくりだ。目は口ほどにモノを言うってな。アンタがルリを見ているときの目は時々、兄妹の枠を越えてる。それをアンタ自身も自覚してるから身動きが出来ないんだろ。で、あっちこっちと防波堤をつくっているうちに、尚更、身動きができなくなってる」
「何のことだか、僕にはさっぱりわからないんですが」
「判らないか。ま、それも良いだろう。デュオンが絡んでいる以上は、アンタもルリも逃れられない事もあるだろうからな」
ぐしゃりと音がして、ラシードが視線を転じればそこには、表情を消したルカがいた。
纏っている空気は冷たく瞳には殺意すら浮かんでいる。
普通の人間ならばその後の言葉を噤むだろうが、臆するラシードではない。
磊落で陽気な人間ほど怒ると手に負えないことを経験上熟知しているし、裏表がなさそうな人間ほど、想像も絶する裏を持っていることもある。
人間は様々だと知らないほどに世間知らずではなく、人間の最も醜い部分を何度も見てきたラシードからみれば、ルカのようなタイプの人間が実は一番、底が見えない。
「……ルリのことは感謝してる。ルリがさっき色々と話してくれたし、そういう機会を与えてくれたのも貴男だと思うから。でも、僕のことに関しては詮索も立ち入りもして欲しくはない。僕のことは僕でケリをつけるから」
「口出しする気はないさ。お前さんはルリと違ってしたたかな気がするしな。ただな。足掻いてる人間がいたら、助けてやりたいって思うだろ」
「ありがた迷惑って言葉もあるでしょう。僕は泳ぎは得意なんだよ。自分で飛び込んでおいて、助けてくれって騒ぐほど愚かな人間じゃないしね。それに、ルリを勝手に連れ出したことはまだ怒ってるんだよね」
口調は落ち着いていているが、纏っている空気は冷たい。
ラシードを探るように真っ直ぐと見据える目にはルリにも共通する強さがある。
見目形はこれほど違うのに瞳に宿る人としての強さは不思議と二人よく似ている。
再び、ルカの目がすうっと細められて、戦場でもないのに思わず身構えたラシードを見て溜飲が下がったのかふっとルカが表情を和らげる。
「ありがとうございます」
そういって頭を下げて礼を述べるルカからは刺すような空気は微塵も感じられない。
瞳の中にも熾烈な殺意も全く見あたらない。
からかわれたような、騙されたような気分に陥ってさすがのラシードも、居心地の悪さを感じる。
「本当は僕がフォローしなければならないことを、貴男がしてくれた。やり方には多少の疑問と抵抗と、かなりの文句はありますけど。僕もルリも、どちらかといえば互いに落ちて逝く方だから、今回のことは本当に貴男に感謝しています。でも、僕の事に関しては首を突っ込まないでほしい」
にこりと笑うルカの笑顔の下に隠しているのが見え隠れするが、これ以上、首を突っ込んだところで何があるという訳でもない。
ましてやラシードの目の前の少年は、緊張感と警戒心を持たせるだけの何かを持っている。
これから暫くは行動を共にする以上、くだらないお節介がもとで騒動など起こしたくもない。
「さっきも言っただろう。お前さんはルリと違ってしたたかだ。その人間が手助けはいらないっていってんだから、わざわざ舟を出して手助けしてやるほど俺は暇人じゃない……ただ、まあ、助けを求めているなら助けてやれる余裕はあるかって思っただけだ」
「あなたが僕たちを必要以上に構うのは、あなたの組織に母が出資しているからですか」
今度はラシードが押し黙った。
視線が宙をさまようような無様なことはないだろうが、ほんの僅かに凍り付いた表情をルカが見逃すはずはない。
「やっぱり、ね。うちの母が一部では女狐と呼ばれているのは知ってます。それに父と離婚した原因がその辺りにあることも。毒をもって毒を制す。僕から見れば母もあの女帝もやってることは同じ。ただ、このことを僕はルリには知られたくない。いずれ知ることになったんだとしても、今はまだ……」
「それは、お前の家庭の事情ってヤツで俺の事情じゃない。それにルリに恨みがあるわけでもないし、教えたところで利があるわけじゃない。俺は何にも言うつもりはない」
「って、言ってくれると思いました。僕、以外と貴男の事は好きです。あのトマソと比べればという意味だけど……軍人がどうとか、規則がどうとか、正直、ウザイって思うんだけど」
「そういう考え方というか、開き直りをルリが出来ればよかったな」
再びルカが押し黙る。
ラシードが口にした言葉をルカも何度か思ったからだ。
ルカの目から見てもルリは素直で純粋で、人を疑うことも、人を蔑むことも知らない小さな子供がそのまま成長したような人間だった。
金銭的にも精神的にも、家庭にも何もかもが恵まれた環境の中、伸び伸びと自由に屈託なく過ごし成長し、両親も自分たちの仕事や家のこと等を進んでルリに打ち明けることもなかった。
ルカも当然ルリの双子として同じ環境で育ち、同じように与えられたが、そこは男と女の違いがある。
精神的な成長の度合いも違う。
ある程度の年齢に達して、両親の仕事に興味を持ち自分の家庭環境や取り巻く状況、そしてデュオン家との関係を知るようになれば違いは出てくる。
ルリのように純真に爛漫に両親を見ることなど出来なくなった。
それを羨ましいと思ったことも確かにあったが、妬んでルリを嫌いになることなどルカには出来なかった。
この地球上で唯一、全てのものを半分に共有して生きている半身。
その全てのものを分けあって、共有している存在を嫌うことなど出来るはずがない。
「確かに、あなたの言うとおりルリが開き直れるようなら、よかったんだけどね。そんなのルリじゃない気もするけど」
「お前さんの気持ちがわからないわけでもない……ルリは真っ直ぐだ。年齢の割には幼いところもあるがスレたところがない。人の心に敏感なわりには、自分に対する人の悪意なんかにはとんでもなく鈍い。だから、お前らがルリを守りたいとか、庇いたいというのは理解できるが、相手は人間であって愛玩のペットじゃない。はっきり言ってしまえば行き過ぎだ。何かあっても、お前は悪くない、お前はなにもしてないって、あれじゃ息が詰まる。人には断罪されたいときも、なじられたいときもある。お前のせいなんだって責められてから、自分は悪くないって逃避すりゃ自分の心を守れることもある。なのに、その場所も、人もいない。かといって自分のせいじゃない、自分は悪くない、自分はお前らを助けてやってるんだって、人を軽蔑したり、人を蔑んだり、恩着せがましくすることもできない」
戦闘を終えて帰投したルリはルカが予想したよりずっと落ち着いていた。
戦闘後にこれほど落ち着いたルリを見たこともなかった。
かけたい言葉がルカ頭の中では渦巻いたが、そのどれのひとつも唇から零れる事はなかった。
ルリを守りたいとルカも考えていた。
それは今でも思っているが、それと同時にどうすることもできない状況への苛立ちもある。
自分よりも弱いルリを守らなければという想いがいつしかルカの足かせにもなっていた。
自分の心の整理も付かないまま、ルリ対する態度もちぐはぐになったのも事実だ。
だからなお、ルリを守ることに執着して、そのくせ苛立つから突き放した所もある。
ラシード言っていることは正しい。
ルクに言われる前から気が付いていた。ルカとルクの接し方は、ルリを鉄の鎖の替わりに真綿でできた鎖で縛り付けている。
真心に嘘がないだけタチは悪い。
「ところで、アスランというのは、お前らの何だ?」
突然、今までとは全く違う話題を持ち出されて、ルカが驚いたように顔を上げる。
「いや、あのルクの弟でエイドリアンの息子だっていうことも、ドーマスカーの孫息子だってことも知ってるが、ルリの口から出てくる名前にはなんか違う意味が含まれてる気がしてな」
「僕たち……ルリと僕とアスランは幼なじみだけど、どちらかといえば3つ子に近いかな。親といる時間よりも長かったし、下手したら二四時間一緒にいた気もする。知らないことなんてないくらいだった。ルリにとってはアスランが全てだった……現実なんて何も知らなくて、起こるとも思わなくて。僕たちにとっては、アスランとの日々が平和の象徴で、ブルームという楽園が確かに存在していたっていう証だった」
「………一途さが時に狂気だって知ってるか?」
「ルリ……」
格納庫の開け広げられた大きな搬入口で佇むルリの名前を呼んでルカはそのまま後ろから抱きしめた。
抱きしめられたルリは身じろぎもせずにルカの腕の中に収まっている。
「ルカ大丈夫だよ……」
「ルリ……」
「ルカ……地球は綺麗だよ。砂漠の夜はすごく怖かったけど、朝日が昇ると涙が出るほど綺麗だった。記憶の中のブルームも綺麗だったけど、それは多分、思い出を美化しすぎてるんだと思う。でもね、砂漠の朝日と夕日は本当に綺麗だったの……ルカ、私はあの人達にもこの太陽をもう一度見せてあげたい。これから生まれてくる人達には、ブルームの廃墟を見せたくない………自分の故郷を守りたいと思うのはいけない事じゃないよね……」
「お久しぶりですわね、お兄様」
親しみを込めてとは程遠い声が響いた。
一人の供も付けず声とともに姿を見せたのはこの屋敷の持ち主であるフラーミングで、彼女は艶やかに微笑むと、ゆったりとソファに腰掛けた。
その一つ一つの動作は洗練され、そして独特の雰囲気が漂っている。
それが女帝としてのものなのか、それともデュオンという特殊な家の人間が持ち得るものなのか、ダイは暫く考えて、その思考を放棄した。
考えたところで判るはずもない。
自分もデュオンの一族ではあるが、判った試しなど一度もなかったのだから。
窓際で何をするでもなく佇んでいたダイはしばらくフラーミングを見つめていたが、彼女に無言の指示を受け、逆らうこともなく向かいの椅子に腰を下ろした。
「長い軟禁生活の割にはお元気そうで何よりです。もっともお兄様とてデュオンの家の者なのですから、この程度のことたいしたことではございませんわね」
ダイが目の前にいる妹のフラーミングに逢ったのは、ブルームが帝国の手に落ちて一ヶ月経過した頃だった。
自分の身がどのように扱われるのかは粗方予想も付き、ましてや求められた者を差し出せるはずもないから、それなりの覚悟を決めていた時だった。
今と同じようにダイの身柄が拘束されていた場所に供も付けずに現れたフラーミングは、一度は逃げたルリとルカが自分を助けるために、ブルームに戻ってきたと告げた。
なんて馬鹿なことをも思ったが、父親を助けたい一心の我が子の気持ちがうれしく、密かに名前を何度も呟いた。
その後、娘と息子の命が惜しければと幾度となく脅されても一貫して口を噤んでいた。
心の中で何度も無事であることを、助けられないことを、全てのことを願い謝りながらも必死に耐えた。
一度だけ接触することの出来たルルの組織の人間から、ルリとルカが無事であることを、その二人がブルーム奪還のため、コウキと手を組んだことを知らされると浅はかなまねなど出来ないと思い、日々こうしてその時が来るのを待つことに決めた。
子供ですら出来ることを、大人である、そして親である自分に出来ないはずがないと。
「お兄様もあの女も。何が楽しくて弱いモノの味方をして、なんとも酔狂なことをと思ったこともございますが、なかなかに策士でいらしたのね。はやりデュオンの血が流れているということなのでしょうね。お兄様といい、ルルといいそしてアンタレスといい、善人の顔をしている人ほど、裏で何をしているか分かったものではありませんわね」
「……ルイ」
「その名でばれるのは随分と懐かしゅうございますが、お兄様、今後、二度とその名でわたくしを呼ぶのはやめて頂きますわ」
ダイに向かって静かに投げられた視線は、凍てつく程の冷たさが宿っている。
昔から美しいだけならば誰よりも美しい女性ではあったが、ダイの知る限りにおいて、微笑んだ顔や、柔らかな瞳など一度として見たことがない。
ダイと同じ蒼い瞳に感情が出たことなど見たことがない。
なにより目に生気を感じたことがなく、ガラス玉のようだと称されているのが頷ける。
「ゆっくりおくつろぎくださいな、お兄様。ご自身の家なのですから」
フラーミングはすっと立ち上がると、その後はダイを見ることもなく扉に向かって歩いていたが、ドアノブに手をかけてると急に立ち止まった。
その様子を視線で追い掛けていたダイは、再び探るようにフラーミングを見る。
「お兄様は、わたくしにおっしゃいましたわね。どうして力が欲しいのかと。理由はひとつです。わたくしから全部を奪ったあの女の目の前で、大切なものを粉々にしてやりたい。ただ、それだけですの。それにわたくし、宇宙に住む人間達が大嫌いですわ。わたくしから言わせれば、あんなのは人ではなく、宇宙に住むゴロツキと人もどきですもの。ですから、わたくし力が欲しいのです」
その言葉にダイは唇を噛みしめた。




