*見失う未来11*
「おじ様の処刑はいつなの?」
遠慮がちに言葉にしたルリはルクを見つめた。
次から次へと入電されてくる情報と、艦内の部下達から上げられてくる情報や嘆願、ラシードから持ち込まれた作戦など、様々な事に対処し考え疲れたルクは、気分転換と先ほどから空腹を訴えている自分の腹を満たすために、士官室からカフェへとふらりと足を踏み入れた。
現在、ヴィマーナは一部の人間を除いて三交代制で任務についている。
それはルリやルカも例外ではなく、数時間前の戦闘後、ルリはすぐに休養を命じられ休憩仮眠に入り、今はルカが休憩仮眠をしている。
「ルリ……お前も食事か?」
聞いたものの、ルリに食事をとろうという気は無いらしく、目の前に置いてあるのは軽い果物とスープの入ったカップだけ。
資源物資も限られ、贅沢など出来ない戦艦内ではあるが、それを差し引いたとしてもルリがこのヴィマーナでまともに食事をしたのはいつだっただろう、いつ見ただろうと考えてルクは深いため息をついた。
ラシードの言っていることは正しい。
ルクが部外者でルリとは初めて逢ったのだとしたら、やはり同じ事を思っていたに違いない。
「ルリ、ちゃんと食えよ。人間は腹が減ったらロクな事を考えないし、イライラするし、動けなくなるんだからな」
「だから、ルク兄はお食事に来たんでしょう?」
「あ……そうだな、昼から何も食べてないからイライラするし、考えは纏まらないし。なんか喰うか……喰ったら眠くなりそうだけどな」
ルリに巧みに会話を逸らされたのだと、疲労のあまり気が付く余裕もなく、ルクは手にしていた書類を見つめたまま、ルリの目の前に腰を下ろした。
食事をと考えながらも書類から話さないルクを見て、ルリは微かに笑うと持ってきてあげると席を立った。
その声に導かれるように視線をあげると、ルリがにっこりと笑っていた。
その時、見せた笑顔が本当に久しぶりで胸がチクリと痛んだ。
ルリの手によって運ばれてきた食事は、補給との兼ね合いもあり簡素なものだったが、食べられるだけマシなのだと思えば、文句を言う気にもなれない。
乾いたパンの味にも、薄いスープの味にも慣れたものだ。
次から次へと流し込み平らげていくルクを見守って、粗方、プレートから食べ物が消えると、ルリが遠慮がちに聞いてきた。
「おじ様の処刑はいつなの?」
つい数日前のルクならば即座に「お前が心配するとこじゃない」と言って煙に巻いて誤魔化した。
だが、今回の作戦はルリも参加せざる得ない状況になるだろう。
そしてなにより、このままでいいはずもない。
個人的感情を言えば話したくもないが、その個人的感情を優先したあまりに身動きが取れなくなりつつあったのも事実だ。
だから、ルクも覚悟を決める。
時に疎外感は人の心を殺してしまう。
そして時に思いやりは相手を蝕んでしまう。
「父さんの処刑は罠だな。処刑は間違いないだろうが、近々っていうことはない。今回の件に関してはちょっと裏がな。だから今は調査中だ」
「でも、おじ様が処刑されてしまったら厳しくなるでしょう」
「厳しいだろうな……かといって第三者の手で救うにはそれなりの理由が必要だ。ブルームやヌミディアがそれをやっちまったら連邦と同じようになるしな」
食後用にとルリが用意してくれた冷たいコーヒーを一気に喉に押し込むと、先ほどよりはすっきりした気分になる。
「連邦はブルームに国として認めて欲しかったら武装解除して、自分たちの監視下に入るようにって通達しているんでしょう。やっと帝国から主権を取り戻したのに、ブルームが今のこの状況でそれを飲むとは思えない……」
「その通りだ。上も呑む気はまったくない。そりゃ当然だ。向こうの言い分はあくまでも帝国がブルームという国を操っている。それが違うというのなら武装解除して自分たちに跪け。出来なければ戦争だ。筋が通ってるいように見えて、まったくの論外の話だ。そもそも武装解除をしても連邦が手を引くなんて事は絶対にあり得ないからな、政権でも変わらない限りは。今の政権はブルームがテロを支援し出資してるって高らかに宣言してるんだし。二年前は支援で今度はこれなんだから、何枚の舌が存在するんだか」
「でも、連邦の艦隊は早ければ二日後には到着する」
「ああ。ブルームが武装解除を承諾する気が無い以上は、このヌミディアを連邦に渡すわけにも行かない。共同戦線を張って向かい撃つしかない。問題は帝国が大人しくしてくれるかどうかだけどな」
いつものクセを披露して首に手をやるルクを見て、ルリがぽつりと呟いた。
その呟きを聞いてルクの背中を走り抜けたのは恐怖と畏怖どちらなのか、自分でも判断はつかなかった。
「女帝は出てこないと思うよ……あの人にしてみればもうブルームには価値が無くて、どうでもいいと思ってるから。興味のないことには口も手も出さない」
「………なんでそう思う? ルリ」
「勘かな……」
*****
「大臣からは、作戦からはずせということだが、戦力的な面も考えて、私の権限を持って君の作戦への参加を許可したい」
自室でステラがするような仕事ではないとは思いつつも、何もしないよりは気が紛れると、アスランはここ数日を報告書の作成や雑務に勤しんでいた。
タイスはそれを見て「めんどくさそう」と一言漏らし眉を顰めていたが、アスランは特に面倒だとも思わずに、次から次へと処理していた。
大量に溜まっていた本部への報告書作成が粗方片づいた頃、ヴァルハラに呼ばれ何事かと思えば、一度は外された作戦への参加命令で、アスランは命令の内容を理解するのに時間を要してしまった。
理解してから、アスランの想像している、知っているドーマスカーの気性と立場を思えば、そのような命令を下してはヴァルハラの立場が無いのではないかと、逆に心配になり、アスランはそれを素直に切り出した。
「自分にとっては嬉しいことですが、大佐のお立場は」
「そんなことは君が心配することではない。君が役に立たないならば、私も大臣の命令に従ってもいいのだが、君の今までの戦歴等を考えれば、作戦から外すのは得策ではなくてね。君も知ってのとおり、向こうには三機の新型機がある」
新型機と聞いてアスランの頬にかすかに緊張が走る。
その表情を見遣ってからヴァルハラは微かに笑むと先を続けた。
「ここ一週間の偵察部隊の報告書だ。数を増やして戦力を探ってみたが、敵の戦闘機は汎用型に比べればその機能性は圧倒的に優位にいる。互角に戦えるとしたら、君たちステラの機体だけかもしれないし、それ以上も知れない。未知数で測りかねている」
三機の戦闘機といえば、あの日、突如として現れた機体であり、アッシュ達の艦隊を退けた機体でもある。
そしてそれがもしかすると、ブルームが所有していたかもしれないのだ。
敵戦闘機という言葉にヴァルハラがより力を込めると、再びアスランの頬がピクリと緊張した。
それを今度は見てみないふりをして報告が記されたクリアカードを渡す。
「目を通しておくといい。その上で有効な作戦を考えてくれ。君の意見も聞いてみたい。味方の参加できる戦力とデータはそこに入れてある。今回の作戦の総指揮は私が執ることになる」
「一週間でこれだけの偵察部隊が消息不明ですか?」
「ああ。たった三機にしてやられた、というところだな。偵察部隊の連中も穴を覗くだけでいいものを突いてしまったということもある。とにかく時間がない。早急に対応して欲しい」
アスランはヴァルハラから差し出されたカードを受け取るために手を延ばし、いつもならしているはずの軍手をヴァルハラがしていないことに気が付いた。
差し出されたその左腕には切りつけられたであろう大きな傷。
「大佐は左ききなのですか」
「ああ……元々は左なんだ。でも、幼い頃に腕を切り落とさんばかりの大けがをしてね、手当が遅れた上に腱の縫合に失敗し、再生手術までかなりの時間を要したため、自然と右を使うことが多くなった……今では両方を使うことになんの支障もない」
「そうでしたか。関係のない話をして申し訳ありません。大至急、取りかかります」
「マジがこれ……敵ながら誉めたくなるよな~」
暢気なタイスの声を聞いてアスランは窘めようか、それとも無視をしようか迷ってとりあえず名前を呼ぶことにした。
「タイス……」
「分かってるって。でもさ、お前も、そう思うだろ? わずか一週間で明らかな違いだぞ」
何度もモニターにデータを再生させて、その違いの部分を指し示す。
「うちのひよっこなんか足元にも及ばないかもしれないぜ、これ。足元がこんなに荒くて不安定なのに、それを全く感じさせないし、それに徐々にだけど戦い方も巧みになってる。最初の頃と比べると雲泥の差って言ってもいいくらいだ」
「不安定なら宇宙戦も同じだろう…」
「かもしれないけどさ、地球の自然ってやっぱ偉大だぞ、アスラン。重力もある、ましてや何もない砂地で、これだけ戦えればすごいことだぞ……正直、俺が同じ事をやれって言われても、出来るかどうかし怪しいな」
タイスの言い分がわかるから、アスランはその点については否定せずにモニターを見つめた。
「相手はヌミディアの砂漠の民だからな。ゲリラ戦などになったら難しいだろうな、確かに」
「最新鋭を気取ったところで、アナログには勝てないところはあるよな。なんといってもヌミディアは大型戦闘機を相手に人海戦術で追い出したんだし」
「投入できる戦力と物資ならば圧倒的に有利だけど、地形と連携そして精神面で言えば相手が有利だな、どう見ても。精神論なんて持ち出したらお話にならないけど……」
「向こうはそれで来るだろうな。一番やっかいだよな、それがさ」
「だけど確かめたいんだ……」
アスランの零した声は、静かに消えた。




