*見失う未来9*
いつものようにカフェの前を通り、校舎中庭のいつもの場所で食事をするために移動していた時、ふとルリが足を止めた。
「ルリ? どうかした」
足を止めて立ち止まったままのルリにアスランが話しかけるが、ルリの視線は横に視線を向けたまま。
その視線を追い掛けたルカが苦笑いを浮かべる。
ガラス張りになったカフェは昼時にはいつもにぎわっているが、今日のにぎわいは何時も以上。
好奇心が刺激されたルリは、手に持っていたランチボックスをアスランに押しつけると、アスランの制止の声を聞き流すと人垣の中に混じっていった。
「ルリ!」
「無理だよ、アスラン」
止めようとしたところで無理なのはアスランも良くわかっている。
それでもトラブルに巻き込まれがちなルリのこと、問題がもっと大きくなりそうな予感がする。
アスランはルリに押しつけられたランチボックスを、今度はルカに押しつけて、ルリの後を追い掛けて人混みに消えた。
ランチボックスを押しつけられたルカは、肩で仕方ないとばかりにため息をつくと、ボックスを抱きしめて、自分も人垣の中に突撃していった。
ルリを追い掛けてアスランとルカが人垣に突撃したとき、辺りにいた女子生徒の方が驚愕した。
ブルームの良家の子女が多く通うこの学園に入学した直後から、アスランとルカはとにかく注目を浴びている。
人より整った容姿に、人より優れた成績、人もうらやむ家庭環境の二人は、学園の女性徒達から憧れの眼差しを向けられて、女性徒達の淡い恋心の対象となっている。
いつしか付いたあだ名は「王子様」。
学園のお嬢様クラスや普通クラスの生徒達が、王子様見たさに特待クラス詣でなるものを計画したこともあったが、この学園において特待クラスは敷居の高い場所。殆どの女性徒が袖をかんで、遠くから見つめることで精一杯。
噂の王子様二人がこれほど身近にいることに、女性徒達は度肝を抜かれ、悲鳴と歓声を上げつつ場を静かに開けてくれた。
すんなり通り抜けられたアスランとルカがたどり着いたときは、ルリはすでに女性徒の前にいて首をかしげていた。
「何があったの?」
ルリを止めるため先に進もうとしたアスランの制服を掴むと、近くにいた女性徒に事情を聞き出し「そうなんだ」と頷きともに静観を決め込んで、アスランににこやかに笑いかける。
どこか承服できないと憮然としていたアスランだが、ルリに視線を転じればすでに一戦を構える気が体中からみなぎっていて、渋々ながらもルカのように静観を決める。
「大丈夫だよ、アスラン。ルリはここ半年でとんでもなく強くなったんだから」
「したたかになった、の間違いじゃないのか……年々、気が強くなって手に負えない」
「そのうち、ルリには勝てなくなりそうだよね……昔も勝てなかったけど」
昔のことを思い出して、アスランが深いため息を一つ零した。
そんなアスランの心情も知らず、ルリは自分より幾分か背の高い少女の手をとると、幾分か潤んだ蒼い瞳を向ける。
「お気の毒ですわ、先輩」
先輩と呼ばれた金髪の少女の目の前に立つルリは、誰よりもその場では目立っていた。
金と銀を混ぜたような珍しい色の髪が、陽の光を浴びて輝いている。
ルリが自分の後輩であることは、金髪の少女もよく知っている。
それも心穏やかではないという意味で。
入学時から、とにかく目立つ存在の理由は髪の色ばかりではない。
「お体をどうぞご自愛くださいね。私も先輩がご病気や怪我をしないように、アンタレスとジャスティティアにお祈りさせていただきますから」
今まで居丈高にしていた金髪の少女は怪訝そうにルリを見る。
自分の目の前にルリがいるのならば必ずいるだろうと、ほんの少し目を泳がせれば、ルリの後ろに学園の王子様二人が立っているのが見えた。
アスランとルカを見て、いつものように顎をつんと上げてルリに意地悪をしようとした気持ちが、一瞬にして霧散する。
喉の奥で小さく咳払いをすると、表情までガラリと変えて、にこやかな笑顔を作りルリを見る
「何を言っていらっしゃるのかしら?」
「え?」
ルリが首をかしげる。
「血が違うのでしょう? 分類出来ない血液型がこの世に存在するなんて、本当にお気の毒ですわ。輸血もできませんもの。本当にお気の毒です」
ルリが何を言っているのか意味が判らない金髪の少女は、一瞬きとんとした顔をして、ルリを見つめていたが、どこからかクスクスという笑い声が聞こえる。
顔を上げれば、必死に笑いを堪えるルカとアスランを見て、自分がルリに馬鹿にされたのではないかと察しを付け、再び、言われた言葉を思い出す。
しばらく考えていた金髪の少女が、すこし遅れて馬鹿にされていると気が付くと真っ赤な顔に怒りを乗せて、ルリを睨み付けた。
ルリはつい先ほど金髪の少女が別の少女に「あなた達とは流れている血が違うのよ。血筋や血統が違うの。血が違うのよ」という言葉を揶揄したのだ。
憎々しげにルリを見つめるモノの言い返す言葉も見あたらないらしく唇を噛みしめる。
「その血じゃないわよ! 頭が悪いんじゃないの!」
怒鳴ってから金髪の少女はまた唇を噛みしめる。そしてその場にいた誰もが同じ事を思い浮かべる。
つい先日、行われた学園統一試験において、特待クラスが上位を占める中で、ルリは10位以内に入っていた。
学年は違うが、少女の成績はルリの足元にも及ばない。
「大体、なによ、カーディナルって言ったって」
「父の仕事であって、私が認められたわけではありません。先輩のおっしゃるとおりです。お恥ずかしいです」
そこまで言われて金髪の少女は悔し紛れにルリを睨み付ける。
先ほど、自分が父親の名前を出して居丈高に血筋・血統・家柄等を持ち出したのに、ルリにそれを持ち出すな等と言ったところで説得力があるはずもない。
さすがの少女もその辺りの判断はつく。
今度こそ屈辱感と敗北感に唇を噛みしめると、無言のまま人垣をかき分けてカフェを後にする。
その後ろ姿が見えなくなるとルカが我慢仕切れないとばかりに、大きな笑い声を挙げる。
それにつられて今まで耐えてきたアスランも笑う。
「ルリ、分類できない血液型はよかったよ!」
「そんなのないのは、ルリだって知ってるよ。でも、あの人の言い方あんまりにもひどいんだもん」
「また彼女に仕返しされないか、ルリ…」
「大丈夫だよ、アスラン。ラン姉さまが対処法を教えてくれたの! 女の喧嘩は気合いと速攻だって」
穏やかに微笑んでいつ何時でも明るさを失わず、朗らかなランの姿をアスランとルカは思い浮かべてなんともしがたい表情を作る。
余計なことをと思う反面、あのランならば柔らかな微笑みを浮かべたままさらりと言いそうな気もする。
ランの教えが、あながち間違いだと言えないことも手伝って、アスランとルカは、ため息をつくことで、今聞いた台詞を記憶から消去することに決めた。
入学当時から、ルリはルカの双子でありアスランの幼なじみであるという事も手伝い、学園の女性徒のやり玉に挙げられていた。
男からみればなんでそこまでするのだろうと、首をかしげたくなるような幼稚で悪質な嫌がらせを何度も受け、最初はルリも泣いていた。
だが、最近では、それに対処する術を覚え始め、気が付けば今日のように圧倒的な勝利を収めてもいる。
気を取り直して「食事にしよう」と近寄ってきたアスランに「ちょっと待ってね」と告げると、ルリは後ろの方で半ば呆然としている少女に近寄り、にっこり笑いかけた。
「ありがとう、ございます……」
「ルリ・カーディナルです。あなたのお名前を教えてもらってもいい?」
「え……っと」
突然、涙ぐむ少女を見てルリがその顔をのぞき込む。
「お名前聞かないと、お友達になれないでしょう?」
流れた涙も引っ込んだのか、少女は瞠目して顔を上げる。
ルリはにこやかに笑っているだけで、その言葉に裏も表もないことは直ぐに理解できる。
先ほどの少女の「あなたのお名前をおっしゃい」とは意味が全く違う。
「お友達は一人でも多い方が、お食事の時、楽しいでしょう。おしゃべりして食べるのを忘れるときもあるけど」
その言葉に安心したのか、少女はぽろぽろと涙を流した。
「あそこまでルリが変わるとは思わなかったわ」
頭の上から聞こえてきた声にラシードは足を止めて声をした方を見上げる。
戦闘機アティールの肩の上で作業をしていたのは、数日前、足を震わせ顔を強張らせながらもラシードに意見してきた一人の少女だった。
意志の強そうな瞳はやはり印象的で、美人や可愛いとは無縁だが、溌剌とした生命力が輝きを与えている。
ラシードにとっては好ましいと分類される人間であることは間違いがない。
(お嬢ちゃんは意外と人に恵まれてるな)
「お前、名前は?」
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るって、アンタに教えてくれた人はいないの」
「これは失礼した。ラシード・タイルと言うが、君は」
「ラティーナ・ベルナルド」
ラティーナがハシゴを使って器用に降りてくるのを見守り手を貸して地面に降ろすと、真っ赤な顔をして「ありがとう」と呟いた。
「言いたいこといったんなら、フォローするのもその人間の役目じゃないの? 言いっぱなしって卑怯だと思うわ。人は育ちが違えば考え方も違う。それにあなたの方が長生きしてるんだから私たちより知ってることも多いのは当然でしょう。と言ったのは君だけどな。だから、フォローをしたつもりだ」
「言ったわよ。だって……あんまりにもひどい言いぐさだったんだもん。……ルリには味方がいないから。ルカもルクさんもルリの味方ではなく身内なの。人は身内じゃない味方が欲しいときがあるのよ。この艦、戦闘機が3機しかなくて、そのパイロットがルカとルクさんでしょう。あの二人はルリの味方というより保護者だから。何をしても庇っちゃう。ルリには同じ立場で物事を見て、同じ立場で言葉は交わせる人がいないから、ずっと気になってたの」
「アンタはルリの友達なのか?」
「なりたいと思ってるんだけどね。人は余裕の無いときには、周りを見ることが出来ないから。今までのルリってそんな感じだったの」
アティールの足に寄りかかりラティーナの視線を追えばその先には微かに笑いながら、整備員と話をしているルリがいる。
集落で幼い男の子に見せた笑顔からはまだ程遠いが、言われてみればルリの横顔や仕草からは、この前感じた緊張や違和感が取り除かれている。
「ブルームで一緒だったの。クラスも違うし校舎も違うから顔見知りってことはないけど。有名人だったからね。勘違いしないでね、良い方の意味でよ」
否定も肯定も言葉にしていないのにラティーナが釘をさす。
それがなんとなく可笑しい。
くるくると変わる表情が少女らしさを感じさせて一層、好感度が増す。
「あのころのルリに憧れてたんだ。私が怖くて助けられなかったり、言えなかったことをルリは言えていたし、助けることも出来た。何不自由ないお嬢様育ちなのに、傲ったところも蔑んだところもなくて屈託がなくて明るいの。それを見ていたら自分の情けなさに気が付いて、今度、自分が納得の出来ないことに遭遇したら勇気をだして言葉にしようと思っていたのよ。アンタみたいなこんがり焼けた大男に言うことになるとは思わなかったけど」
自分の遙か高い場所にあるラシードを軽く睨み付けるものの、わずかに頬が強張っていて、再び笑いがこみ上げる。
「大男はひどいな。逞しいと言って欲しいね」
「タワゴト抜かしてるんじゃないわよ」と呟くと、肩を怒らせてその場を後にしようとしたラティーナの背中に、今までとは違うトーンのラシードの声がした。
「あんた、じゃなかった。ラティーナはルリの味方になりたいと思っているのか?」
「味方じゃなくて、友達になりたいと思ってるのよ」
何が面白いのか声をあげて笑うラシードに「いつかマーガリンを塗って食べてやる!」と言い捨てて、今度こそラティーナが肩を怒らせたまま、格納庫から姿を消した。




