*見失う未来1*
見失いつつあるのがルリなのか、自分の心なのか。
それすらも今は分からなくて。
今まで信じていた事も、武器を手にした理由も今は曖昧になった。
俺にも護りたいものは確かにあったはずなのに
上官に呼ばれたアスランが戻ってこない。
ミーティングの時間を過ぎても戻ってこなかった。
真面目で職務に忠実なアスランが、自ら進んでミーティングを放棄するとは到底考えられない。
ましてやこのミーティングは、アスラン自身が提言し実現したもの。
姿を現したヴァルハラがアスランが居ないことを確認することもなく会議を始めるに至って、やはり何事かあったのだとタイスは確信した。
途中、何度も向けられた部下の視線に気付かない振りをし、会議が終わると同時にタイスはミーティングルームを飛び出した。
背中に届いた呼び止める声も無視をして、小走りに通路を駆け抜け、一目散に部屋に戻ると、そこにアスランの姿を発見し心持ち安堵したのだが。
「珍しいじゃん、お前がサボるなんてさ、あいつらも心配してたぞ。体調でも悪いのか」
「すまない。気が付いたら、開始時間が過ぎていたから」
「そっか……」
声の調子に特別変わったところなど感じなかったが、暗く落とされていた照明を明るくすると、アスランの表情に濃い影が差していることに気が付いた。
「おい、どうした?」
近づこうにも近寄りがたい空気をアスランは纏っている。呟いた声はもっと重たい空気を作った。
「父が処刑されるらしい……」
「はぁ?!」
衝撃のあまりその場で立ちつくすと、タイスは大声を上げた。
あまりにも早すぎる。
アッシュからアスランの父に関する話を知らされたのは何年も前の出来事でも、何ヶ月前の出来事でもない。
それこそ数週間前。
あの時アッシュは噂話だと前置きはしていたが、本部では、ほぼ確定事項だと告げた。
内容が内容だけに、アッシュ自身も迷っていたようだが、アスランから頼まれた事に関連するかもしれないからと判断し、まずはタイスに教えてくれたのだ。
「本部では随分と前からこの話が出ていた……」
「お前、知ってたのか?」
「アッシュから聞いたのか?」
素直に頷いたタイスにアスランが目を閉じながら胸に手を当てる。
自分の中の感情と向き合う時、押さえるとき、そしてルリとルカを思い出すときにする仕草。
「この間の…休暇で地球に降下した時に。リバティの件もあったし、祖父と揉めていたこともあったから、避けていたこともある。だけど……」
「お前、そんな前から知っていたのか?」
地球降下直後から知っていたことをタイスは全く持って気が付かなかった。
けれど思い起こしてみれば布石は確かにあった。
転属を命令された直前にアスランは休暇を利用して地球に来ていた。
そして戻ってきた時、どことなく疲れた感を滲ませていた。
休日の行き来が原因だと思っていたが、あの直後、からアスランはひどく暗い影を作っていた。
「……俺が艦隊に戻る前に父の居場所が変更になった。大臣の別荘に。そこの警備が異常な感じで…確かに不安だったんだ。それにその時に大臣から名前とIDを変更するように命令もされたんだ」
「え……」
「大臣からカヅキ・ローダデイルではなく、B・ドーマスカーと変更しろと言われて、それは出来ないと伝えたら、かなり激昂して話にならなかった……俺は大臣の後継者になる気はまったくないと。そう伝えたら、お前の意志など必要ないとまで言われてしまった」
「オイオイなんつー……」
「横暴な」という言葉をタイスが飲み込んだのは、大臣が一応アスランの祖父であるからだ。
それでもドーマスカーという人物を知れば知るほど、アスランと血が繋がっているとは到底信じがたい。
ザリオドル・ドーマスカーはアスラン同様に月生まれだが、地球で育ったアスランとは違い月育ち。
母親が地球のとある大企業の令嬢で裕福な階級の出だったおかげで、何不自由なく育ち、高度な教育も難なく身につけることができた。
月の動乱の際には真っ先に地球の味方をして紆余曲折の後に連邦軍の高官となった。
帝国に何度も煮え湯を飲まされながら、それを乗り越えて今の連邦を築きあげた功労者であり英雄でもある一方で、強引な手腕と容赦のないやり口で政敵も多い。
巨大な組織を率いているトップである以上、多少の強引さは必要だとしても、最近は目に余る行動も多く、連邦諸国 内部そして、連邦軍内部でも問題視する意見も多く出ている。
「きちんとした裁判も手続きもなしで、いきなりかよ」
「それは多分、大臣が手を回したんだと思う。これでは独裁者だと言われても仕方ない……父は少なくとも今は軍の人間じゃない。なのに、どうして密室で行われる軍法裁判にかけられたんだ? 軟禁しているのにどうやって反乱軍やテロを指揮することが出来る? タイス、俺はどうすればいい!」
悲しみや苦悩ではなく、どうにもならない事に対する怒りを含んだアスランの声だった。
手に握られていた紙をアスランの手から奪うと、それに目を走らせたが、瞬時には言葉を発する事は出来なかった。
「それをヴァルハラ大佐から頂いた……すぐに大臣に面会を求めたいと進言したが、却下だと言われた。軍属である以上は軍の命令に従えと。それは判る。判るけど俺の父なんだ、タイス。このままじゃ間違いなく父さんは処刑される! なのに……命令だと言われたら軍人である俺には太刀打ちできない……父さんを助けたいのに、助けに行きたいのに、許可がなければここを離れることも出来ない。勝手に離れたりしたら、父さんが直ぐにでも殺されそうな気がして、それすらも出来ない! 俺はルリも失って、ルカも失って、父さんすらも失うんだ!」
叫ぶような声にタイスは再び言葉を失う。アスランが始めて洩らした心の叫びだった。
命令といわれてしまったならば、確かに軍属であるアスランやタイスは動くことは出来ない。
ましてや上官に釘を刺されてしまったのならば、なおのことだ。
だから、アスランは身動きできずにいる。
命令と義務を盾にされて、それに逆らえない軍人としての自分と、父を助けたい息子としての自分とがせめぎ合って、どうすればいいのか、アスラン自身にも分からない。
父親を助けるために戦艦を抜け出すことくらいアスランならば容易い。
もちろんアスランもそのつもりで居た。
だが、ヴァルハラから含まれてしまった。
アスランの動向を逐一、大臣に報告するように命令されていると。
その含まれた意味をくみ取れないほどアスランは鈍くはない。
動向一つで、下手をしたら父親の処刑を早めてしまうかもしれず、その原因の一端に、もしかしたら自分の行動もあるのではと考えると、怖くて身動きが出来ない。
「……俺は、もう……自分が何をしたいのか、どうしたらいいのかも判らないよ……」
「撃たれても文句は言わないとは言ったけどな……よもや自軍の援護射撃に当たるとは思わなかった、な! ラシエル」
満面の笑顔で振り返ったのはルクで、振り返られたラシエルは気まずそうな表情をした後、敬礼をして「申し訳ありません、自分の不徳の致すところであります」と告げた。
その台詞を聞いてルクがため息をつくと、後ろからボブがラシエルの頭を思い切り殴りつけた。
「イタっ」と挙げた抗議の声は再びボブの鉄拳に潰される。
「まあ、お前だけのせいじゃないがな……」
三発も頭を殴りつけてから言う言葉ではないとルクは思ったが、賢くも思っただけで口にはしなかった。
「お前の操舵は見事だったよ。未経験であそこまでやれれば十分だが問題は処理班だな。処理班の情報がもう少し的確ならば、あの進路は執らなかった。と、まあ今さら嘆いても修理が終わらなければ、飛べないものは飛べないし、動かないのも事実だ。運良く、墜ちたのが砂漠地なのは有り難い」
「墜ちたって…聞こえが悪いな。不時着だ、不時着」
「どちらも一緒だと思うが。貴艦が砂漠地に墜ちたことは間違がいないのだし、自国の援護射撃のはずのミサイルに当たったのも事実で。こうしてこの場から動けないのも確かなようだが。この艦は随分と暢気なことを議論しているものだ」
突然割り込んできた太い声に驚いて、その場にいた人間達が一斉にその声の発せられた人物に視線を投げる。
其処にはトマソとともに一人の男がいた。
全身黒ずくめの服の上に青の布を纏っているが、トマソよりも頭ひとつ突き出る長身は、下手をしたらルクよりも僅かに高い。
筋肉質の体は服の上からでも逞しく、軍服を身につけたならばさぞかし見栄えのするであろう体は、成人男性が持ち得るものとしては最高級の部類に入る。
ひ弱な感じもなく、かといって荒々しい感じもないが、存分に日に焼けた顔は血色が良く、屋敷うちで暮らしていたという風情はない。
微笑みを浮かべた表情にはどことなく風格さえあり、目には精悍な光を宿している。
だから、ルクは彼が誰であるのか、すぐに察しが付いた。
格納庫の外へと通じる出入り口の前に立っている男に向かって歩き出し彼の目の前に立つと、静かに頭を下げた。
他のクルー達はただ、その様子を見守っている。
それはルリとルカも例外ではなく、搭乗者控え室へと続く回廊の上から、その様子を見つめていた。
「ラシード・タイル氏ですね」
「いかにも。お初にお目にかかります。あなたがこの艦の責任者であるエレクトル・カズキ・ローダデイル大佐ですね」
「はい」
僅かに高い目線がルクを捕らえてニヤリと笑った。
ボブとともに格納庫の中央でそのやりとりを見ていたラシエルが何か思い当たったかのように「あ」と声を挙げるのと、ルカが上の回廊でその名前を呟いたのは同時だった。
「ヌミディアの英雄…三〇歳前後の人って聞いてたけど……結構、若いね」
ルカの声など届くはずもないのに、まるで聞こえたかのようにラシードが回廊を見上げ、ルリとルカを見てニヤリと笑う。
「コウキ暫定代表に直々にご連絡を頂きましたが、生憎、こちらも自国の事で手一杯でしてね。すぐに駆けつけることが出来ませんでした。砂漠に墜ちたのは幸運ですよ。それに随分と上手く隠れたものです」
さりげなく皮肉を込められて、ルクは苦笑いを浮かべると頭の後ろに手を置いて首筋をなでる。
「ご迷惑をお掛けします。本国からは先ほど連絡を受けました。ご協力を頂けるそうで感謝いたします……お一人ですか?」
「集団で動くよりは、一人の方がいい場合もあるのですよ。先程も申しましたが、人員が少ないのが現実でしてね。それに、個人的な事情もありますので……貴殿の父上の件です」
「俺の、じゃない。私の父の件ですか?」
思いもかけず父親の事を言われたルクが驚いて目を瞠る。
「やはり、まだ聞いていらっしゃらないですか。ゆっくりお話出来るところはありますか?」
そう告げたラシードの顔は誰よりも険しかった。
「ねぇ、どうして僕たちも同席なの? ラシエルは何か聞いてない?」
「俺も何も聞いてない。ただ、先輩からルリとルカを呼んでこいって言われただけだ」
「………なんか嫌な予感がする」
ルカとルリの二人を後ろに従えながら通路を歩くラシエルは、ルカの声を聞いて足を止める。
呼び捨てにされたことに抗議をするためではなく「嫌な予感」という単語にひっかかりを感じたからだ。
「これ以上、悪いことが続くのは勘弁してほしいよ……月からこっちロクな事がない」
「それさ、僕とルリを前にして言う台詞? ロクな事がないといったら僕たちの方だよ。それに悪いことも」
確かにロクな目に遭っていないのはラシエルばかりではなくルリとルカであり、輪をかけて悪いことが続いてるのもルリとルカだ。
二人は民間人という立場でありなから、戦闘に参加させられたのだから。
どこか気まずそうな色を浮かべてラシエルがルリを見遣るとルリは長い睫を僅かに揺らして淡く微笑んだ。
例の戦闘からラシエルはルリのこんな表情しか見たことがない。
「………艦が航行不能になる以上の悪いことなんて想像もつかないよ」
ラシエルの本音が十分に含まれたため息に、ルリは咄嗟にペンダントを握りしめた。
ラシエルに連れられてルリとルカが足を踏み入れたのは、一部の人間達にしか入室が許可されていない発令室だった。
ヴィマーナが月の研究所にあったときですら、立ち入ることが出来なかった場所で、そこに繋がる通路を歩いた時にルカは心底嫌な予感がすると、ルリの耳元にささやいた。
重層な扉のセキュリティーを照合キーで解除すると、大きな音と共に扉が開き、奥の部屋への通路に灯りが灯る。
艦橋と違い窓もなく、扉を閉めてしまえば完全に密室になる空間で、ルクと先ほど現れたラシードが簡易椅子に腰掛けて言葉なく座っていた。
二人の足元には、この周辺の地図が映し出されていて、ヴィマーナの現在地が青く点滅している。
静かな空間の重たい空気を肌で感じて、ルリは左でネックレスを握りしめ空いていた手でルカの腕にしがみつく。
発令室にはルクとラシードの他にラシエルとそして運営士官の姿しかない。
「ルリもルカも……そこに座ってくれ」
幾分か固いルクの声にルカが怪訝な顔をして辺りを見回す。
二人が戸惑いながらも簡易椅子に腰掛けると、ラシードがルリやルカに視線を向けてくる。
「ラシード・タイル。この国の特攻隊長だ。よろしく。……カーディナル家の双子だな?」
簡素でそして反応に苦慮する自己紹介をやってのけ、ラシードがニヤリと笑う。
案の定どう切り返せばいいのか困惑の色を浮かべている二人を見てルクがこんな時ではあるが、喉の奥で笑った。
「こちらはラシード・タイル殿。ヌミディアの軍を事実上指揮している人だ」
「軍と言っても貴殿の自軍とは雲泥の差で、どちらかといえば義勇軍ですがね。元々そういう土壌の国であるうえに、俺は若輩ものですから」
「まあ、解放軍の親玉には変わりない」
取り繕っている横から茶化されてルクもつい相手のペースに乗ってしまい、発言した直後に横にいたラシエルに「先輩」と咎められたが、ウィンクを投げて黙らせる。
こういう茶目っ気があるのも、ルクならではだ。
「ヌミディアの方はもうよろしいのですか?」
「ええ。逆に私がいると揉める原因になることもありますので。これは貴殿らには関係ありません。本題に入らせて頂いてもよろしいかな?」
ラシードの言葉はルクよりも、ルリとルカに向けられた言葉だった。




