*歪む戦場3*
「少尉!」
艦長室を退出し、交わした会話の端々に感じた理不尽な怒りを持て余していたアッシュが、どうしたものかと自分自身の感情と向き合っていたとき呼びとめられ、コントロールの出来ない感情のまま危うく怒鳴り返しそうになった。
呼びかけてきた人間に罪があるわけでもないから、アッシュは深呼吸することで出かけた言葉を飲み込んだ。
声の主はアッシュの同期で二才年上のローズマリーだ。
光の下で見たのならさぞかし美しいであろうプラチナブロンドを女性にしては短めの短すぎると言っても過言ではないくらいに切り落としている。
寸分の隙もなく女性用の軍服を着込み、体には無駄な脂肪が見あたらない。
艦内に女性兵士は数多いるので、女性の軍服姿など見慣れているが、マリーは姿勢の良さ等も手伝い、見ほれる程に美しい。
彼女はアッシュとは違いステラ族ではないが、理知に富み、時に怜悧な意見を述べ、所属先の艦では重宝されている存在で、彼女の直属の上司は、後に艦隊を任せてもいい程だとよく口にしている。
彼女自身も自分が女性であるということに一切の甘えがなく、周囲にも愚痴をこぼしたこともない。
マリーの自制心を見習いたいくらいだと、つい先日までアッシュの上官であったヴァルハラは話していた。
成績が悪いわけでもなくアスラン、アッシュ、タイスに継いで上位優秀者でありながら女性であるというだけで、彼女はステラになることが出来なかった。
現に、ステラには一人の女性士官も存在していない。
候補生や候補者がいたとしても実際のステラになった人間はいない。
その辺り連邦軍はかなり保守的な組織で「女は出しゃばるな」という言葉を平然と使う上司もいる。
能力さえあれば男も女も関係ないというスタンスのアッシュ達から見れば、時代遅れだと思うこともある。
けれど当のマリーは「どうでもいいわ、そんなこと。ちょっと出世が遅れるくらい何よ! 実力であがってやるわ」と公言し、それを実践している。
先日の大規模な艦部隊再編成で今は、戦艦パールレインの艦長補佐となったが、それまではSS部隊しかもアッシュ達のような新型機ではなく旧型機で戦場を駆け、帝国軍と互角に渡り合っていたのだから頭が下がる。
「少尉、少しお時間を頂けますか」
「ああ。そっちへ」
辺りには人影もないのに、アッシュを上官として敬語を使うマリーにほんの少しだけ笑みを向けるとアッシュは真向かいにあったミーティングルームに手振りで入れと合図する。
自動的に部屋が明るくなり、それと同時にマリーの様子も一変する。先ほどまでの軍務に忠実なマリーではなく同期としての、級友としての表情になったマリーだった。
「マリーいつこっちに?」
「さっきよ。艦長のお供で」
「……ジェフリー艦長はなんだって、こっちに」
察しはついてはいたがあえて質問すると、マリーが呆れた表情を浮かべる。
「あなたと同じよ…」
「そっちにも命令書が届いたのか?」
「こっちに届いたならあっちに届くのも当然でしょ? レインはこの艦の護衛艦なんだから『レッドストーンを支援し敵艦を撃墜すること』って、艦長はそれを聞いた途端に目眩を起こしたくらいよ、何が敵艦よ!」
「……お前の所の兵力は?」
「言わずもがなよ、こっちと余り変わらないわ。新型機がないだけ、もっと悪いかもしれない。戦争が長期化しすぎて戦力が分散しがちなのに、この状況下でなお戦争をしかけようとしている上の連中って頭の中に金のなる木でも、生えてるのかしら」
「……マリー」
暴走しそうになるマリーの言葉を遮るべく名前を呼んだが、マリーはそれにたいしてため息を一つつく。
「アッシュ、あなたにもわかってるはずよ。このまま続けたら間違いなく連邦軍は崩壊する。もう、その兆しすらもあるのよ。戦争にはお金がかかるわ。それが利潤を生む場合もあるけど、長期化すればそれだって食い散らかすだけで意味がない。コクーンに対して行ってきた政策だって見直しを迫られてくる…」
「今まで必要だった物が必要でなくなれば、当然だな」
「上がそれを分からないはずはないわ。帝国は後ろにデュオンがいるけど、そのデュオンだっていつまでも戦争だけをしているわけじゃない……それに、うちのやり方はここ数年、強引すぎる。もともと帝国に抵抗するという目的で組織されたのに、いつの間にかその帝国と同じ事をしているとなればね」
マリーの言わんとしていることに気が付いてアッシュが目で「ああ」と頷くと、再びマリーはため息をついた。
「ここのところ、すっかりため息が増えちゃったわ。まだ一九なのに。自分の入ってる組織に納得が出来なくなったら、軍人なんて辞めた方がいいのかしら」
「辞めるではなく変えようとは思わないのか?」
「冗談でしょ? 現体制じゃ変える前に墓の中よ。連邦は内部から崩れるわ、間違いなく。連邦で上がれるのは純粋な連邦諸国の人間だけ。コクーンの人間は未だに捨て石扱い。しかも移民の問題なんかを棚上げにして戦争だけを処理してる。このままじゃ、崩壊するわよ。それに軍事に力を入れすぎてる」
「その軍事力のおかげで帝国とやり合えているのも事実だろ」
アッシュの言葉を聞いて少し皮肉な色を瞳に浮かべる。
「ねぇ、アッシュ。巨大な軍事力は国を崩壊させるのよ。定期的に敵をつくって戦争をしなきゃならない。縮小しようにも膨大な費用がかかるのよ。かと言って、ずっと戦争をしていたらそれはそれで支出が増える。削減させるのがどれほど大変か知ってる? 戦死すれば遺族に対する補償も必要、退役すればそれも必要。上の人間は将校クラス以外は全員全滅を狙っているのかもね」
「不用意な一言は慎め、マリー」
とは言ったもののアッシュ自身も感じていることだけに強い口調にはならない。
「……ねぇアッシュ。連邦はどうしてこんなにブルームと月を恐れているのかしら。なにか他に理由がある気がしない? 連邦議会の半数は戦争に否定的だったけど、今の議会の構造上は大統領に権限がゆだねられている。地球艦隊はどうか分からないけど、宇宙艦隊はすでにこの戦争には否定的。この間の攻撃は第6区の暴走なのに、上はそれを月の攻撃だと発表したわ、誰も信じてないけど」
「地球艦隊の一部も否定的だ……どのみち、上からの命令には逆らえないが、もし本当にブルームとやることになったら間違いなく連邦は負けるだろう。兵力が違いすぎる。ブルームの後ろにいるのは今や月だけではなく、カーディナルとカーディナルフェル家だ。帝国にはデュオン。それよりもマリー、お前の父親は元記者だったよな」
「アッシュも知ってるとおり、いろいろあって、今は隠居してるけど、どうしたの?」
アッシュはしばしマリーの瞳をのぞき込んだ後、頼みたいことがあると告げ、胸元から何かを取り出した。
「……なに?」
「俺にもわからない。だが、どうやらこの件が今回の一連の、下手をしたら連邦の何かを壊すかもしれない」
「だとして、もし何か解ったらアッシュ、あなたどうするつもりなの?」
マリーの心配を存分に含んだ言葉を真正面から受け止めるとアッシュは静かに自分の思いを告げた。
「……もし、間違っているのならその間違いを正すのも俺たちの役目だと思う。それに、これを頼んできたのはアスランだ」
思ってもいなかった名前を聞いてマリーが目を瞠る。
名前も知っているし本人も知っている。
アカデミーのクラスは一緒で、何かといって一緒にいる機会も多かったのだから。
アスランはアッシュ同様にどうして戦士になるのか良く解らない人物だった。
物静かで柔らかくて無表情。
だけど面倒見はよく不思議と協調性もある本当に理解しがたい男。
アカデミー入学当時は、どこぞのお坊ちゃんがなにをまかり間違って入学してきたのとか訝しんだものだったが、その成績の優秀なことといったら驚くほどで、聞けばブルーガーデンの特待クラスに在籍していたと聞く。
あの学園に入学していたのなら優秀どころの問題ではない。
スポーツも万能だった。
女性に人気が高いのも当然だったが、マリーにはここまで何もかにもが完璧だと、どこか人間らしさに欠けている気がして好きとか、憧れるといった感情は一切湧いてこなかった。
秘密だが「性少年から性をとったら何も残らないじゃない!それじゃただの少年でしょ」と、タイスに放言したこともあるくらいだ。
別にマリーが性が大好きというわけではないが、どうもバランスが悪い気がしていたのだ。
アスランという男が。
「アスランってあのアスランだよね……? だってあいつ…」
「……この話は、俺の上司も知らないし、大佐にもお話していない。アスランとタイスだけだ。そして、お前」
「約束する、誰も喋らない。というか、誰にも喋るなってことでしょう」
皆まで説明しなくても諒解したマリーにアッシュは頷くことで肯定する。
マリーは女性というだけの理由でステラになれないだけで頭脳も機知もある。
女性であるということで甘えも驕りもない。
だからこそ、アスランもタイスもアッシュも全面に置いてこのマリーを信頼しているのだ。
「アスランが自分は動けないからと……あいつはあいつなりに何か気になることがあるらしいんだ。これをお前に渡して欲しいと言っていた」
一枚の記憶媒体を渡されてマリーが自分用の端末に差し込んで中の情報を読み始めていくと、その表情が徐々に変わっていく。
最後には眉間に深いシワを寄せている。
「アッシュ、あんたこの内容見たの?」
「いや、詳しくは……どうした? 何が書いてある?」
アッシュの瞳をのぞき込んでマリーが溜息をつく。
「相変わらず嘘が下手ね、アッシュ。その辺りの演技力はアスランかタイスを見習った方がいいわよ」
マリーに痛いところを突かれてアッシュが押し黙る。
「まあいいわ。父に渡しておくわ。で、どうするの? 命令に従って行くの?」
「……命令なら…仕方がない」
思ったよりも弱々しいアッシュの声を聞いてマリーが哀しそうに「そうだね」と呟いた。
何もかもが真新しい機器に包まれた艦橋の、まだ誰も腰掛けたことのなかった艦長席に、ルクは複雑な表情で腰を下ろした。
「なんで俺が艦長の真似事なんてしなきゃならないんだよ、もともと俺は人に命令される立場で、命令する立場にいないんだ、というより、命令するのは苦手なんだけど」
「艦長席が空いたままというのも…それにこの艦の指揮を任されているのは少佐なんですから」
こちらも困惑しているのですという表情を浮かべながら、言葉尻には「あきらめてください」という絶対的な意味を含ませて、解放戦線として活動していた頃からの仲間の一人が言う。
それに習って他のクルー達も、特に問題はありませんとばかりにルクのことを艦長と呼ぶ。
「お前ら覚えておけよ」と恨みがましい瞳で辺りを見回してみたが、誰もがその視線を黙殺した。
それでもまだ、ブツブツと不満を漏らすルクを見て、ラシエルがため息をつく。
「少佐、この期に及んでつべこべ文句を言わないでください。地球までの辛抱じゃないですか。わずか三日のことですよ。それにこの現状で何を言っても相手の攻撃は待ってくれません」
とまで言われてもルクは承服できないと、ぶちぶち言ってはいたが、今この現状に置いてこれ以上の押し問答を繰り広げている場合でもないと判断するだけの理性は持ち合わせていた。
だから居心地の悪そうな艦長席に腰掛けて、盛大にため息をついた。
本来、この艦を任されることになっていたコウキの腹心であり、そしてルク達の上官でもあった人物はブルームでの作戦会議と帝国との形だけの調印に付き合わされ、戻ってくる矢先に、乗るはずであったシャトルが連邦軍の急襲に遭い、今は拘束の身となっている。
しかも、連邦は捕まえたその人物がコクーン第6区の出身者であり、先日のテロ活動を支援した可能性があると発表して拘束は妥当なものであるとし、ブルームの身柄引き渡しを拒否してきただけでなく、身柄を引き渡せというからには、ブルーム自体もそのテロ行為を知っていたはずだと、難癖を付けてきた。
正直、それを聞いたときルクは「じぃさんの頭の中にはカビが生えてるんだ」と大声で罵声を飛ばしたくらいだ。
連邦軍という巨大な組織が一人の人間によって動いているはずもないが、それでも表にいるのはドーマスカーであるから、ルクはドーマスカーに呪いの言葉をはき出した。
「あとどれくらいで遭遇する?」
「この距離で、相手の速度を考えますと一時間と思われます」
「……逃げるって選択肢はないよな……」
巨大モニターを見つめつつ首の後ろをなで回して言ってはみたがルク自身、それが不可能であることは理解は出来ている。
このまま軌道上を逃げたとしても、やはり遭遇する。
下手をすればブルームを攻撃されてしまう。
「月艦隊にこの空域から離脱するように伝えろ。一時間あればある程度の距離は保てるはずだ」
「……よろしいのですか? 援護をもらわなくて」
ルクの隣に立っている副官が口を開く。
「冷静に考えろって。あの艦隊とやり合えるだけの戦力があるなら、月はあれだけの攻撃を受けてないだろ。月の護衛艦隊はあくまでも防衛であって先取ではないんだ。無茶を言うな。とりあえず、逃げ切れるだけ逃げ回ってチャンスを見て地球に降下する一時間じゃ無理だな………頭イテーわ」




