*歪む戦場1*
アスランとルカと私と。
明け方まで見上げていた宇宙には夢なんてなかった
雲一つ見あたらない蒼穹と、穏やかな青い海を背景に従え、ゆっくりと進む母艦のデッキに出発時刻を知らせるアナウンスが流れた。
デッキはより一層忙しなく活動する人でごった返し様々な音が行き交っていた。
それが非常時での音とは違い緊迫感が含まれていないからタイスはのんびりと空を見上げて眩しさのあまり目を細める。
たまにはゆったりとした気分で太陽と青空を感じるのも悪くない。ここが空母でなければ両手両足を投げ出し、寝転がるのには最適な陽気。
束の間の穏やかさを貪っていたタイスが聞き慣れた声に振り返れば、待ち人であったアッシュが顎で「ちょっと来い」と合図をしていた。
「人を顎で呼び出すか?」と、ぶつぶつと呟いていてはみたがアッシュが見る間に眉間にしわを寄せたので慌てて駆け寄る。
今は出発準備で忙しく微かな事で苛つくのも当たり前な気がしてタイスは申し訳なさそうに首をすくめた。
アッシュは気の短い方ではないが長い方でもない。
同期で一番気が短かいのは女性であるマリーで、逆に一番気が長かったのは当然ながらアスランだ。
首をすくめて近づいてきたタイスに怪訝そうな表情を一瞬浮かべたものの、それも直ぐに納めて軽く辺りに視線を漂わせてから、一呼吸置いた。
「アスランは?」
「艦長に呼ばれてる。ジェミニへの転属の手続きが必要だとかなんとか。相変わらず上は暢気というかなんというか。そうだ、お前にジャスティティアの幸いをって、伝えてくれって。見送りたいけど調整がつかないからって」
「……そんなことはどうでもいい。それより、アスランの耳にはまだ入れるなよ」
急に潜められた声に眉を顰めてアッシュを見やれば真剣な表情を浮かべていて、これから話されることがアスランに関する何か重要な事なのだと悟り、静かに頷くことで「黙っていること」を告げ先を促した。
「昨日、本部で耳にした。……アスランの父親であるエイドリアン氏に反乱軍を煽り先導し指導したという罪をひっかぶせて、軍法会議にかけて処分する話がある」
「……んだって……?」
「詳しいことは俺にもわからない。だが、それを提案しているのがドーマスカー大臣だ。連邦諸国内にも、軍内部にもエイドリアン氏を支持する勢力があるのは確かだ。特に宇宙艦隊はどちらかといえばエイドリアン氏寄りだしな。その辺りから今は舵取りで揉めてもいる。ブルームが暫定的とはいえ国として議会で認められた以上、ドーマスカー大臣のしていることに疑問をつける人間達も多い。一部では責任を問う声を上がっている。しかもテロが横行して国民の感情もしかりだ。大統領の演説は確かに見事だったが、それも付け焼き刃に近い。今回の帝国との戦争自体に疑問符も付いている上、このザマだ」
「…………上お得意の勢力争いかよ」
「お前は単純だな」という言葉をため息で表すと、再びタイスに耳を貸せと指で合図する。
「勢力争いだけじゃなさそうだ。上層部は宇宙艦隊に力を入れることも計画している。次の標的が月とコクーンであることは間違いない。エイドリアン氏はブルーム侵攻にも、月やコクーンとの敵対にも反対していた急先鋒だし、その辺りでいろいろあるだろう。どちらにしても、もしこの噂が本当なら……」
「考えたくもない。アスランのじいさんがアスランの父さんを殺すってことだろ? まったく、いつ時代の人間だってんだ! その噂……どこから」
「本部では…かなりの人間が知っている」
「なら、噂じゃないだろ」とタイスが呟くと同時に出発を告げる最終アナウンスが流れ、アッシュは言葉を切ってその声に耳を傾けた。
「お前は余計なことを言い過ぎる。注意しろよ。俺も人のことは言えないけどな」
常日頃、アスランが口にすることと同じ事をアッシュにまで言われ、さすがのタイスも渋面をくった。
「こういう時は、沈黙することに関して天才的なアスランが羨ましいな」
「そりゃ言えてる」
「じゃあ、またな」
一度だけアッシュは蒼穹を見上げてると、微かに笑みを浮かべた。
「またな」が次もあるようにと祈りながら。




