*待ち受ける現実8*
アスラン、
同じ場所に立ったら声は聞ける?
姿は見える?
『たとえアスランの銃口の先に立つことになっても、私は、アスランに逢いたい』
「もう一度だけ聞くけどルリ、本当にいいんだな?」
返事のないことを肯定の意だと受け取ったルクは、しばらく口を噤んだ後、一度だけ深呼吸した。
そうすることで自分の中に未だ渦巻いている様々な感情を一時的にではあるが、放棄できるものは放棄して、納得の出来ない事に関してはこの際、封印することにした。
ルリもルカも。
ルクにとっては大切な存在であることにかわりがなく、そして連邦側にいるアスランも大切な弟であることにかわりがなく、どうしてこの二つを一緒にすることが出来ないのかと歯痒い想いと、こうなる自体を巻き起こしたその原因そのものに、ふつふつとした暗い感情があふれてきた。
「それにしてもルカ…俺はお前がルリを説得してくれるんじゃないかと期待していたんだけどな」
恨みがましい視線をルリの隣にいるルカに向ければ、ルカが苦笑して次の瞬間には声を上げて笑った。
「いやだな、ルク兄。そういう顔、アスにそっくりだよ! 僕はよくアスにそうやって恨みがましく睨まれたよ、ルリのことでね。……僕ね、ルリに約束したんだ」
そう呟いて隣に立って二人の成り行きを見ているルリの肩を抱く。
何度見ても、凝視しても、似ているところのないこの双子が「双子」なのだと認識できるのは、この瞳に他ならない。
そのルカの瞳が今は悪戯っぽくだけど、どこか真摯な色を含ませて、ルリを見ている。
「僕ね、ルリに約束したの。いざとなったら僕がアスランをルリの前につれてくるよって。僕だけだからね、あのアスランといろんな意味で張り合えるのは。アスランはルリに対しては甘いし頭ごなしだし、頑固者だしね」
ルカの最後の方の言葉を聞いてルリが微か笑う。
あの話をして以来、正確にはもっと前からではあるが、ルリは笑い声を挙げて笑うことや、表情を変えることが少なくなってしまった。
一見すれば澄まし見える表情に微かに浮かぶ影が、穏やかに見える瞳の奥の悲しみが時折かいま見えて前のルリを知っていればいるほど身を切られるほどの痛みと寂しさを感じた。
ルクの知っていたルリは、少女とは思えないほどの有り余るパワーと、くるくると変わる表情が可愛くて大好きだと思っていたから、こんな表情の変化のあるルリを見てほんの少しだけ安堵する。
「………よし! もうここまで来たら何を言っても、始まらないしな。大丈夫だ、お前達の事は俺がちゃんと守ってやるから」
その言葉とともに思い切り両腕の中にルリとルカを抱きしめた。
あまりの苦しさに多少身じろぎしたものの、ルクの温もりに、確かなものを感じてルリもルカもルクを抱き返す。
「大丈夫だ! 本当に守ってやるからな」
「……逆に僕たちが守ることになったりして。僕たちの事を守る前に、艦橋にある設備とか覚えた方がいいよ、ルク兄」
「……ルカ、嫌な事を思い出させてくれて、サンキュー……」
先ほど間での勢いが急にそがれたルクに、ルカが再び笑う。ルカのどこか楽天的で前向きな性格を、自分の弟がほんの僅かでも持っていたら、もっと違った今があったのではないかと思う。そして、これを数年前まではルリも持っていた。
底抜けに明るくて、呆れるほどに前向きで、見ている方が疲れるほどの行動力に、尊敬するほどに純粋で。
だからこそ、アスランはルカを心から信頼し、そして自分の持ち得る全てのモノでルリを求めていたのだから。
互いがそれに気づいていなかったとしても。
「そう、ルリとルカは地球に行ったのね」
報告を聞いたときにルルの洩らした声に滲んだのは落胆とそして諦めだった。
第6区での件を終え、その足でコクーンの実力者達と次から次へと会談をしていたルルが月に戻ってきた時、すでに屋敷に自分の息子と娘の姿はなかった。
シャトルの中でルリとルカが地球に行くことを決めたことや、ドーマスカーの魔の手が伸びていること等、一連の事はコウキから知らされてはいたが、それでも土壇場で残ってくれるかもしれないというささやかな希望を持ってもいたのだ。
だが、屋敷に戻るとやはりルリとルカの姿はなかった。
傷ついた娘の傍にいて手を握って肩を抱いて、励ましてくても、日々刻一刻と変わる情勢や、財閥での仕事などに追われて何一つしてやることが出来なかった。
思えば幼い頃から一度としてルリやルカとゆっくりと時間を持ち、抱きしめたり、たわいもない会話をしたりと、普通の母がしてやれることを何一つしてやった試しもない。
突然、ダイと離婚をすることになった時も傷付いたであろう娘の傍にいたのはルカでありランであり、そしてあのアスランだった。
そのアスランが連邦にいるということは、一年以上も前から知らされていたが、それをルリやルカにどうやって打ち明けようか迷いに迷っているうちに、ルルが考えていた最悪の方向で二人は知ってしまった。
本当に何も出来ない母親だとルルは自分対しての苛立ちと諦めを、深いため息にして洩らした。
「随分と深いため息ね、総帥」
からかうように聞こえてきた声に、振り返れば其処には昔のままの親友がいた。
「からかわないで頂戴」
「からかってないわよ。ただ、あなたらしくないと言ってるの。昔は嫌なことや手に負えないことがあると逃げ回っていたあなたが、結婚して子供の母親になった途端、義務とか責任に目覚めて正直びっくりしたのよ。だけど、それがあなたの、あなたなりの覚悟だって解っていたから、私も覚悟を決めた。だからルル、信じましょう。私たちがやってきたことが無駄ではないと、エイドリアンとダイが無事にいると。そして、子どもたちの未来を」
「……あなたの前向きで、変なところで根性の座る性格が息子に遺伝しなかったのは大きな誤算だわ」
「言ってくれるわね。昔のあなたの性格が、ルリやルカに遺伝しなかったのは幸いだったと思うわよ」
親友の憎まれ口に、ルルは思い切り笑うと手にしていた写真をいつもの場所に戻した。
アスランと、ルカと私と。
明け方まで見上げていた宇宙には夢なんてなかった。
ただ一緒にいて、ただ一緒に笑いあって。
現実なんて知らなければ、まだ夢を見れたかもしれないと思う
どこかで『夢の方がもっと残酷だよ』と、呟いてる私がいる。
「持っていくモノはこれでいいのルリ?」
窓の外を見つめているルリにルカが話しかけるが、返事がない。
無視をしているとは思えないから、ルリの耳に自分の声が届いていないことを悟り、ルカがもう一度、声をかける。
「ルリ、持っていくモノはこれだけでいいの?」
声はきちんとルリに届いていたようで、振り返ってルリが「うん」と返事をした。
年頃の女の子にしては極端に少ないルリの私物に、視線を投げ置いてから自分の私物を見てみれば、その大差ない大きさに苦笑いする。
二年前、アスランを見送るために屋敷を出たときには、まさか着の身着のまま逃亡する羽目になるなど予想もできなかったから、何一つ持ち出すことはかなわなくて、その後、屋敷は焼き落とされ残がいが残る広い緑の空き地になっていて、その場所に思い出と呼べるものは、自分たちの記憶の中だけにしか存在していない。
お気に入りだった服も、お気に入りの部屋も、所有していた馬もとにかく自分たちが、子供なりに大切にしていたものはこの手に二度とすることはない。
その後も、月から帝国へと出向いたため、この二年間で何かを大切にするであるとか執着をするとか、ルリもルカも出来なくなってしまっていた。
囚われていた二年間で与えられたものは、高価な物ではあったけれど、それすらもルリはいらないと言っていた。
それは、自分の欲しいモノではないからと。
そして今、また、月を出て地球へ、何も残されていない故郷へ向かう。
持っている最低限の着替えだけで。
「ルリ…化粧品とかそういうものはいいの?」
返事は分かり切っていたけれど、確認だけはしてみようと思いルカが問いかければ案の定、想像した通りの答えが返ってくる。
「いらない。最低限のものだけでいいよ。私たちが乗るのは戦艦なんでしょう? 旅行じゃないんだし…必要ないよ」
「僕たち、ブルームについたら当面はコウキさんの自宅にお世話になるって、さっきルク兄が言ってたよ、まあ、贅沢は出来ないみたいだけど」
「いらない、贅沢なんて……平和になったら贅沢するから」
平和になるかどうかなんて、このときのルカにも予想は付かず、そしてルリにもそれがどれだけ厳しい現実か解っているはずだから、それを思うと、その言葉をあえて口にしたルリが、理由もなくたまらなく愛しくなってルカは思い切り横からルリを抱きしめる。
「うん、平和になったらまたね」
私にとっての平和は、アスランと過ごしたあの時間だけ。
だから甘い夢なんていらない。
平和もいらない。




