*待ち受ける現実6*
前方から歩いてくる長身の上官が見えて、アッシュ・エデア・アストール少尉は、その場に立ち止まり敬礼した。
「大臣とのお話は終わられたのですか?」
「着任の挨拶に伺っただけだ。あちらもお忙しいから、早々に切り上げてきたのだ」
「そうですか」
「アッシュ、新造艦は見てきたか?」
ヴァルハラが歩き出すのを待ち、一歩下がるようにして歩き出したアッシュは問いかけられた問いに「はい」と答え、手にしていたファイルを渡す。
「隊長にお渡しするようにと」
「ありがとう」
当然の如く受け取りながら、それでもお礼を忘れない上官のヴァルハラをアッシュは快く思っている。
彼の下に配属されてから約一年。
戦場においては味方からも「鬼神」と恐れられているヴァルハラではあるが、普段は穏やかで物腰の柔らかな人物だった。
その上、部下であろうとも接するときの態度には礼儀しく、何気ない気配りにもたけていて人望も厚い。
上から転属の命令が下りたのだと上官から報告されたとき、アッシュはかなり驚いた。
つい先日も大規模なテロや帝国との交戦が繰り広げられたばかりで、宇宙の情勢もいいわけではない。
そんな最中に彼が抜けるのは宇宙防衛艦隊にとっては大きな痛手。
それを素直に口にしたときヴァルハラはアッシュをはじめとする部下達に、現在の地球での状況を説明した。
それを聞けば上層部が彼を新型艦の責任者として、また、攻撃部隊の司令官として望むのも仕方がない。と、納得をせざる得なかった。
「アッシュ、アトランティス海域で展開中の遊撃部隊にいる、アスラン・ローダデイルとは同期だったか?」
「はい。同じクラスで同時期にステラ章を受けました」
「どんな人物だ?」
「どんな、と……突然に言われましても…」
思わず困惑する。
素直に自分の中の「アスラン」を語って良いものなのか、それともここは「軍属」として語ってよいものなのか。
「そんなに真剣に考えなくてもいい。そのうち本人に逢うが、一応、参考までに聞いておきたくてね。今度、そのアスランを私が預かることになったから」
「アスランが、隊長の部隊に、ですか?」
「ああ。なので、士官学校時代の成績や、軍配属後の戦歴などの詳しいことはデータを確認すればいいが、データ以外の事を聞きたい」
そこまで言われるとアッシュも得心がいったのか、眉間のしわを消し心持ち肩の力を抜く。
「士官学校時代からの付き合いですので、それほど詳しい訳ではありませんが。自分の知っている限り、一言で言えば真面目です。アカデミー時代も特別、羽目を外すこともありませんでした。付き合いが悪いわけではありませんが、どちらかといえば一人で静かに過ごすことが多かったと思います」
「付き合いは悪くない? 成績は優秀だったそうじゃないか」
「はい。ずば抜けて。彼は元々、ブルームのブルーガーデンの特隊クラスに通っていたそうですから」
「それは、素晴らしいな」
「はい。彼と共にリバティにいる同期などは、よく手を借りていましたから面倒見もいい方でした」
アッシュの言葉にヴァルハラは振り返って笑う。
「非の打ち所のない、か」
「表面上は」
含んだ言い方に片眉をあげたヴァルハラだったが、目的の場所に着いたこともあり、その話はそこで立ち消えとなった。後にアッシュは自分が思っていた、表面上ではないアスラン像が正しかったことを知る。
暗証番号を打ち込み、自分の軍籍コードと指紋を照会すると「照会しました」とのオペレーターの声が聞こえて数秒後、静かに扉が開いた。
中に一歩踏み出したとき、ヴァルハラが再び、口を開いた。
「新造艦…ジェミニだったか? アッシュはどう見た」
「いい艦だと思います。駆逐艦ですからあの大きさが妥当かもしれません。あれ以上になると、速さが失われます」
「それに、SSは搭載できそうか?」
「……1部隊を全部、というのは無理かもしれません」
素直な感想を述べると、その感想に対してヴァルハラが柔らかな笑みを浮かべる。
下手をすれば余計な一言だが、どちらかといえば本人の素直さゆえの発言が多いアッシュを、ヴァルハラは部下として、自分の右腕として信頼を置いている。
「地球で造る物は所詮は地球サイズということだな。アッシュ、気になることがあるのなら上申しておいたほうがいい」
「それは自分もこちらに降りるということでしょうか」
僅かに不満が含まれた口調に、再びヴァルハラが笑う。
笑われたアッシュは自分が一瞬、心に思った不満が的確に相手に伝わったのだと気づき、赤面する。
「いえ、命令ならばもちろん拝命します」
「勘違いするな。あれと同等の艦を宇宙艦隊にもという話があってね。あれを汎用化させる気らしいのだよ、上層部は」
「あのサイズをですか? 質より量ということですか」
発言したアッシュは次の瞬間「しまった」という顔をして、うつむいてしまった。
「お前は相変わらず素直な男だな、アッシュ。ということは、質よりも量という艦なのだな」
アッシュはバツが悪そうにうつむいたまま、言葉もなく頷く事しかできなかった。
「お目覚めはいかがかしら?」
小憎らしい声色に、彼は怒りをかき立てられて起きあがろうと藻掻くが手足を厳重に拘束され、思うように動かすことが出来ない。そのことにも苛立ちを感じて、尚、一層暴れた。
「野生の動物よりもタチがわるいわね」
虫けらを見る如く見下ろしているのはフラーミングで、彼女はいつものように仕立てのいい服に身を包み、美しい顔の、その紅く艶やかな口唇から言葉を発していた。
この場においては不釣り合いな姿ではある。
「ねぇ、取引しない?」
フラーミングは鉄格子の向こうで拘束され、言葉すらも奪われたリデリオに笑いながら提案する。
昔、同じ言葉を吐いた時のような媚びは一切、見あたらないが、逆にこちらの顔の方がフラーミングなのだと、リデリオも理解している。
自分が愛人だと思っていた女はデュオン家の化け物だった。
利用しているつもりが、利用されていた。
「私の提案を受け入れてくれたら、あなたのその声、戻してあげてもいいわ。それに命も助けてあげるわ」
あまりにも甘い言葉にリデリオが警戒する。
「あなたも最初からそれくらいしおらしかったら、こんなことにはならなかったのに。駄目ね、やっぱり。まがい物はまがい物でしかないのに、それを自覚していないからこんなことになるのよ? 身の程を知らない者は、その身を滅ぼすのよ」
小馬鹿にした言い方に再びリデリオが暴れる。
唾の一つ、罵声の一つを浴びせたいが、口には猿ぐつわをされ、あげくの喉をつぶされて今は声を奪われている。
「あなたね、こちらで開発した新型のSSのパイロットに向いているんですって。だから、そのパイロットとして帝国の為に働くと約束してくれるなら、ここから出してあげるわ。どう、悪い話じゃないはずよ。今すぐに返事をくれとは言わないわ、考えておいて」
そう言い残すとフラーミングは細いヒールで足音を立てながらその場を後にした。
「陛下…本気なのですか?」
「あら、本気よ」
顔に懸念を浮かべているアレンを見やるとフラーミングは艶やかに笑った。
「新型のSSだけど、試作段階でパイロットがすでに五名も使い物にならなくなっているの。どうやら難しいらしいのよ、長時間の運用は。その研究をしていた担当がダイに助けを求めて、完成品を渡したらしいんだけれど、兄上はそちらの面では全くと言っていいほど役に立たないわ。設計図も覚えていないの。つくづくデュオン家の男は使い物にならないっていうのは迷信ではないのね」
城の前に待機していた輸送機に乗るフラーミングに手を貸しながら、アレンが疑問を口にする。
「……でしたら、アレは?」
「デュオンの女はもう一人いるわ……だから、私はルリが欲しいのよ、アレン。そして黄昏もね、林檎のためにルリが欲しいのよ」




