*待ち受ける現実5*
君に手をさしのべること自体、間違いかもしれない。
だけど、少しでも信じてくれるなら、この手をとってくれないか。
我ながらなんと恥ずかしい言葉だろうと、過去の自分が恥ずかしくなった。
このときも、エイドリアンは昔のことをとりとめもなく考えていたら、昔に遡りすぎて、恥ずかしいプロポーズの言葉を思い出し、薄暗い部屋の中、一人で赤面していた。
屋敷の中は確かに自由に歩けている。が、どこも彼処も窓には厳重なロックがかかり、夜ともなれば防犯用のシャッターだけでなく、内側には鉄格子すら降りてくる。
確かに表向きは病気のためとされているらしいが、エイドリアンは精神に爆弾を抱えた人間ではなく、至って正常なので、この様相を見るにつけつくづく自分の父親という人間が理解出来ない。
屋敷の裏庭には出ることは認められているが、塀は高く、その塀を乗り越えようとした途端に自分の遺体が横たわることが容易に想像できてしまい、また、あの父が喜ぶ顔すらも浮かんできて、あまりの悔しさに無謀な事を思いつかないのは、喜ばしいことなのかはエイドリアン自身、大いに悩んでいる。
彼の目の前には軍服にステラ章を付けたアスランの写真と、帝国で幽閉生活を強いられていた時のルリとルカの写真が置かれていて、それを見るたびに優しい気持ちとともにやるせなさが胸にこみ上げてくる。
「エイドリアン様……」
そう呟いて自分に暖かな飲み物を差し出して来たのは、この屋敷に住み込みしている監視役の一人であり、そしてエイドリアンの同士でもある。
父ザリオドルの盟友でもあったこの人物は早くから、エイドリアンを支えてている人物でもある。
ザリオドルと大して変わらない年齢で、優しげな風貌をしているが体に一本の芯を持つ気骨のある人。
この人がいなければ、エイドリアンは自分で立てた誓いも、何もかもをとっくにすべてを投げ出して、妻や息子を連れて遠くどこかに逃げていたかもしれない。
「もうしばらくの辛抱です。あなたの二五年が形になるのは」
「……だといいのですが」
「あなたの二番目のご子息に、お会いしました。とてもよい目をなされた方でしたよ」
「……アスランに?」
彼は静かに頷くと、エイドリアンの前に腰掛ける。
この部屋に彼といるときに盗聴器なとが稼働していないのは、ザリオドルが彼を信頼している証拠であり、はたまた彼らには何も出来ないだろうと踏んでいることもある。
ロレンツォ・ストロッツィは親友すらも裏切ってエイドリアンの同士となり、そして今は身動きの出来ないエイドリアンに変わって動いてくれている。
「オルは、常々あなたは自分とは似ていない、妻に似たと言っていましたが、あなたはオルに良く似ていらっしゃいますよ。そして、あなたのご子息であるお二人も良く、似ていらっしゃいます」
「……あの父と、ですか?」
あの父親とよく似ていると言われてエイドリアンが渋面を作る。
「それとご報告が一つございます。もしかすると、もう一人、私どもにお力添えをして下さる方がいるかもしれません」
「……それは?」
「今はまだ、申し上げることは出来ません。ですが、私を信用して頂けるのでしたら、今暫くは何も聞かないで頂きたいのです」
お願いですとのニュアンスで言葉を紡ぎながら、その実、柔らかに微笑んでいる瞳には「何があっても今は話せません」との別の言葉が潜んでいて、エイドリアンはそれ以上の追求を止めることにした。
どんなに頑張っても、自分がこの気骨の人に勝てるはずがないことも理解している。
実は、自分はこの優しげに微笑んでいる人間に利用されているだけではないかとも思ったことがある。
だとしても、目的も思いも一緒であるから、特段、問題にしたこともなかった。
ただ、ほんの少しだけ理不尽さを感じるくらいで。
「……では、その時になったら話してください」
「大臣、ヴァルハラ・オーギュスト大佐が、面会を求めていらっしゃいます」
執務室で女帝からの密書を憎々しげに見つめていたザリオドルは、机のモニターに映し出されている美しい秘書の顔を見やることもなく「通せ」と無愛想に返答した。
「大臣、お久しぶりでございます」
声とともに姿を現したのは、上級士官にだけ許された軍服に身を包み、ステラ章を付けたヴァルハラだった。
ザリオドルの視線が自分に向いてから、彼は姿勢を正し敬礼をする。
その姿すらも一枚絵のように美しい動作。
彼は入隊と同時に数々の戦歴をあげて、瞬く間に出世した。
ステラ族とはいえその出世は異常であったが、ザリオドルを度々の危機から救い、宇宙艦隊での活躍もあり、心の中では妬んでいても、それを口にする者はいなかった。
セピア色の髪に美しい瑠璃色の瞳。
その瑠璃色の瞳にはいつも何かしらの光が宿っている。
「大統領殿下の演説を拝聴いたしました。相変わらずあのお方は民衆の心を掴む術を心得ていらっしゃいます」
「あれは、そのための大統領だ。己を知り弁えているからこれ以上優秀な人材はおらん」
昔はその地位に自分の息子のエイドリアンを就けようと思ったこともある。
「私をこの場にお呼びになったのはいかような用向きでございますか」
「お前に頼みたいことがあるのだ。お前の部隊に私の孫を入れようと思っている。アスラン・カヅキ・ローダデイルという名のステラ族だ。今は地球艦隊のアトランティス海域にいる。これをお前が面倒を見てくれないか」
「……アスラン?」
白い手袋に包まれた指先で前髪を払い黙考する。
「ああ。アスランですか。名前だけは聞いております」
「いろいろと心痛の種だ。だが、我がドーマスカー家の跡取りにと考えている」
「死なれては困ると? 大臣にも親心があおりですか」
「当然だ! エイドリアンのせいで危うく終わりかけたドーマスカー家を継がせられる人間が現れたのだ。今さら、デュオンにくれてやるつもりもない!」
激昂のあまり机から落としてしまった書類をヴァルハラが拾い視線を落とした後、それをザリオドルに返す時に、得心がいったという表情を浮かべる。
「なるほど。原因はコレですか」
心持ちあざ笑うかのようなトーンにも聞こえたが、ザリオドルはそこを追求することは避けた。
「あの化け物と対峙するには、通常の手段では対抗できんわ。政治面ではワシがなんとかすることも出来るが、軍事面ではワシの力など程度がしれておる。その面を補うためにエイドリアンを軍に入れたが、それがそもそもの間違いだった! とにかく、あの化け物をこれ以上のさばらせておくわけにはいかん」
「のさばらせておくと、ご自身に跳ね返ってくる、ということですか?」
「何とでも言えばよい。だが、ヴァルハラ。これはお前にとっても悪い話ではないはずだ」
ザリオドルの激昂にも、怒鳴り声にも動ぜずにその場に立っているヴァルハラは、ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべる。
その笑みがどこか嘲笑を含んでいて、やはりザリオドルの癪に触ったが、それを差し引いたとしても自分が一番頼りに出来るのは彼なのも事実なので、咽の奥で苦い思いを押さえ込んだ。




