*待ち受ける現実4*
その話を切り出したとき、ルクにもルリの反応だけは予想が付かなかった。
ルカならば予想は付いた。
同じ男でもあるし、アスランは何度かそれらしい話をルカにしたと言っていたこともある。
そして、ルクの知る限りルカはよく言えば冷静沈着、悪く言えば妙に冷淡で冷めた部分があることを知っていたら。
話す内容がどれ程、驚く事実だとしても、ルカならば冷静に受け止められると思っていた。
だから、ルカが予想通りの反応を見せたときには安心もした。
「ルク兄、それ本当なの?」
「……ああ。嘘偽りのない本当の話だよ、ルカ、ルリ」
真っ直ぐに二人を見据えて繰り出された真実の一部が、今のルリやルカにどれだけのショックを与え、そしてルリにとってどれほどに残酷な言葉なのかは、ルクも理解していたが、それでも、今、これを伝えておかなければ、手遅れになることもある。
いや、すでに遅れているのだが、伝えなければと思ったのだ。
「……黙っているつもりはなかった。ただ、俺も父さんも二年前はこんなに事態が急変するとも思っていなかった。アスランも、二年前のあの時までは、重要な事だとは思っていなかったんだと思う。確かに母さんの事件の時に何かしらの手を打てばよかったかもしれないが…」
「だけど、あの当時にそれをやるには、ブルームにも月にも力がなかった、ってことでしょ」
「ああ。こりゃヤバイなって気が付いたときには俺は月でカンヅメにされて、粗方、自由に動けるようになったときには、アスランはすでに連邦の兵士になってた」
「それも、ステラに……」
ルリを横からしっかりと抱きしめて、幾分か落ち着いたルカが言葉を紡ぐ。
抱きしめられているルリに視線を向ければ、膝に置かれた指先が微かに震えているのに、その表情にはなんの意志のない人形のようで、ルクは続けようと思っていた言葉を喉の奥に仕舞いこんだ。
「……ルリ?」
白い肌が見た目にも蒼くなり、ルクは心配になって名前を呼んでみるが、ルリはじっと視線を自分の指先に落としたままで、微動だにしない。
ルカが何度か耳元で名前を呼んでみるが、その声にすら反応がない。
このまま話を続けたらルリが壊れてしまいそうで、ルクはこの話をこれでやめにしようと、座っていたソファから立ち上がりルカに視線を投げて合図し、それにたいしてルカも頷いたとき、ルリの小さな声が響いた。
「続けて……話……」
声のトーンは堅く、ルクはしばらく躊躇ったが、ここまで話してしまった以上、今更、辞めたところで変わりないから続けるためにソファに座り直した。
「連邦の……ドーマスカー大臣が、アスランのお祖父様……」
「ああ。そして今、父さんを幽閉しているのは、そのじいさんで、アスランはそのじいさんの期待の跡取りだ。ルカは知ってたか?」
問いかけられたルカは、再度、ルリを強く抱きしめると軽く首を振る。
「……僕がアスランから教えられていたのは、小父さんが連邦の元軍人だってだけで、まさか…トップの血縁者だなんて……聞いてないよ」
「そうか……まあ、アスラン自身も知らないことは多いと思うんだけどな……父さんはドーマスカーの名ではなく、母さんのカズキ・ローダデイルの方を名乗っていたし。事実、俺たちもドーマスカーではなく、カズキ・ローダデイルの方でID登録されている」
「小父さんとそのドーマスカ大臣って……一体何があったの?」
「…いや。俺も詳しいことは知らないけど。ただ、月の大統領の一件で意見の相違やら、なんらで揉めて、父さんが家も軍籍も捨てたんだと聞かされてる」
月の大統領の一件という単語に、何か思い当たることがあるのか、ルカが眉間に眉を寄せたまま、しばし黙考する。
「その一件って、報復暗殺事件のことだよね? だとしたら、小父さんと大臣の根はかなり深いってこと?」
「……深くなきゃ、二五年以上も角付き合わせないだろうし、今、この期に及んで幽閉なんてしないだろうな」
「でも、小父さんの幽閉は連邦内部の覇権争いでしょ?関係ないんじゃないの?」
ルカの言葉にルクが盛大なため息をつく。
「関係ないならいいんだけどな、まあ、これはお前達には関係のないことだ。だけど、お前達に話しておかないと、と思うから話しておく」
話を終えたとき、辺りは闇が包んでいた。
人工調節された時間は規則正しく夕闇をつれてきている。
それは今、ルリ達がいる月の都市ルナも例外ではない。
話し始めたときには午後の早い時間を指していた時計は、すでに夕方をとおに過ぎていた。
最初は一緒に話を聞いていたルルは、仕事の関係ですでにこの部屋を後にしており、残されていたのはルリとルカとそしいてルクの三人で執務机にあるライトだけがともされた薄暗い部屋の中、誰も何も直ぐには言葉を発する事が出来なかった。
ルカが外に視線を向けた時、屋敷のセンサーが働いて急速に明るくなった部屋で、ふと横に視線を転じれば、ショックのあまりに呼吸すらも忘れたのかと思うほど静かなルリがいた。
魂が抜けてしまったかのように無表情で、ルカはおそるおそるルリの頬に指で触れ、そして手のひらで触れてみた。 其処には、確かに温度があって瞬間、安堵のため息を漏らしたくらいだ。
「……ルリ?」
ひどくゆっくりとルカに向けられた視線は、そのままルクに向けられて、次の瞬間絞り出された言葉は予想外に静かだった。
「知りたくなかった……今さら、真実なんて聞きたくなかった。知らないままなら夢見ていられたのに……都合のいいように騙せたのに………」
聞きたい、教えて欲しいとせがんだのは自分の方だと判っていても、ルリには自分の口から出てくる言葉を止めることは出来なかった。
今さら真実なんていらない。聞きたくない。
私にとっての真実は、たった一つだけ。
なのに私は、この後にもっと残酷な真実を聞かなきゃいけないって知らなかった
「お帰り戴いてください」
こちらに視線を向けることなく、突き放すように告げられた言葉にルルは軽くため息をついた。
予想がついた言葉でもあるし、彼女の頑なな態度が軟化するとも思っていなかったから、特段、落胆することはなかったが、彼女の返事を相手にどう伝えるかを考えると気が重くなり、それに対するため息だった。
「……大変申し訳ありませんが…」
其処まで告げると、相手は逆に「申し訳ない」と恐縮して軽く会釈をすると「また、明日来ます」と言い残してその場を静かに立ち去った。
その後ろ姿は、つい最近まで職務していた軍で身につけたモノなのか、彼の長身と相まって惚れ惚れするほどの美しさだった。
ルルは背中が見えなくなるまで見送ってから彼の「明日来ます」という言葉を思い出す。
彼が「来ます」と言い残した以上、間違いなく明日も同じ時間に訪れるのであろうが、一日や二日で彼女の態度が軟化するとも思えなかったので、今度は、こちらにため息をついた。
「人の間に入るということほど疲れることはない」
と、父親が零していたが、それを体験している自分の身の上を思うとルルは再びため息をついた。
「話くらいは聞いてあげたら? 命の恩人なのでしょう、貴女の」
「人殺しの間違いでしょ」
とりつく島も与えずに辛らつな言葉で反論されて、ルルは閉口する。
この会話も毎日、繰り返されていて正直言えばそろそろルルも辟易している。
「シェーリ、小さい頃の貴女はそんなに強情じゃなかったわ」
「人は変わるのよ。特に身内が殺されたら」
「彼が殺した訳ではないわ。それに彼は貴女を助けるために必死になってくれているし、他の人達の事にしたって必死にかけずり回ってくれているのよ」
「だから、なに」
「彼の立場でそれをやるのがどれだけ大変な事か貴女にだって解っているでしょう?」
確実に彼女の痛いところをルルは突いているはずだが、それでも彼女の頑なな態度は変わらない。
変わらないどころか、なお酷くなっている。
「……まあ、いいわ。この話は」
ルルがため息とともに話を打ち切ったのが余程、以外だったのか彼女がやっと振り返ってルルに視線を向ける。
「……シェーリ。私ね、結婚するの」
この言葉が余程以外だったのか、彼女は目を見開き暫くは瞬きもしないままルルの顔を凝視した。
別な意味で凝り固まった彼女のその表情が滅多に見れないモノであり、そして知らなかった事もあって、ルルは失礼とは知りつつも「ぶっ」と我慢しきれずに笑ってしまった。
その笑い声にカチンときた彼女はルルをひと睨みする。
ルルの学友は、とにかくお転婆で学園でも有名なじゃじゃ馬だった。
誰よりも明るくてそして底抜けの楽天主義者。
呆れるほどに前向きで。
そして羨ましいほどに凛として。
だけど、先月に起きた事件はその彼女を一変させたしまった。
太陽のように笑う笑顔は消え、光をたたえていた瞳には荒んだ影になった。
いつも朗らかに笑う声は予想も付かなかった怨みの言葉にすり替わってしまった。
本来、彼女は誰よりも笑顔で、慈しみを忘れない女性だった。
本当に心も姿も美しい女性であったのに。
十人並の容姿だとよく馬鹿にされたルルとは正反対の、本当に美しい女性だったのだ。
ルルが心から憧れるほどに。
「シェーリ。お願いがあるの。あなたにしか多分、頼めないことよ……」
今までとはまったく違うルルの声色が、彼女を再び振り向かせる。
「……ルル?」
「シェーリ、私の許嫁はカーディナルなの。そしてその後ろにいるのはデュオン。私の一族がカーディナルフェルなのは仕方ないし、相手がカーディナルなのも仕方ない」
「……相手の人がイヤなの?」
「いいえ。相手の人はいい人よ。だけど、シェーリ。この結婚にデュオンが絡んでいるなら、きっと裏があるはずなの」
彼女は自分が座っていた椅子から立ち上がると、ルルの元に近づいて膝を付くとルルの手を握りしめる。
「ルル、あなたらしくないわよ。イヤなら逃げればいいじゃい。あなたの得意技でしょ」
わざと茶化して言ってみたが、その言葉に笑うこともなくルルは首を振る。
「シェーリ。逃げられないの、この結婚だけは逃げられないの。相手の人の事、本当に愛してる。でもね、怖いのよ。この話にデュオンが絡んでいるから、すごく怖いの。だからあなたにお願いがあるの。あなたにしか頼めない事よ」
大丈夫!
ルル、私はあなたの味方だと言ったはずよ!
「小母さんとそんな取り決めをしていたなんて、初耳ですよ」
呆れと、信じられないという思いと、そして諦めの混じったなんとも形容のしがたい気持ちを言葉に込めると、ルクはため息をつくことにすら疲れてしまった。
相変わらず、この人と対応すると精神的疲労を感じてしまうのだ。
「エイドリアンとザリオドルの確執の半分は、月側にも半分責任はあります。ただ、あの時点で何かを出来たのかと考えても何も出来ませんでした。今でも、何も出来ませんが、それでも今、何かをしなければいけないことは解っています。ただ、その犠牲をあの二人に強いるということに、心が痛むわ」
「……感傷に浸っている時間はあんまりありませんよ」
ルクから投げられた言葉で、彼女の表情が一変する。
今まで瞳に宿していた揶揄する色はなりを潜めて、月の実力者の顔になり、キリっと引き締められた表情には、一筋縄ではいかない交渉者としての面影も宿っている。
なので、ルクは前置きもなにもかも投げ置いて、単刀直入に切り出した。
「例のアトランティス海域での空から攻撃ですが、アレを連邦は月からの攻撃だと思っていましたが」
「月に、そんな兵力があると思いますか? あるならばブルームが攻撃された時、真っ先に駆けつけていました。それにそれだけの兵力がなるのなら、月がこれほどの惨状であるはずがありません……ましてや十重二十重とばかり展開している連邦の宇宙艦隊の目を盗んでの攻撃など出来ると思いますか?」
「絶対に無理でしょうね…」
月に、ルクがルリやルカを伴って民間シャトルで月に到着したとき、予定では月の第一都市アルファの民間宇宙港に入港する予定であったが、そこにはあるはずの宇宙港はなかった。
正確にはあるのだが、宇宙港としての機能はなかった。
到着の数日前にコクーンの攻撃を受けて壊滅状態だった。当然の事ながら乗せている人物や自分の立場を考えると復旧するのを待つことは出来ず、月の防衛軍が利用している軍事港を利用することにしたのだ。だがこれもこれで危険な賭の一つだった。
現状、コクーンからの攻撃を受け、帝国や連邦との攻撃すらも受けている月の軍事港を利用すれば、問答無用で打ち落とされる危険を孕んでいたのだ。
無事になんとか月の地を踏んではみたものの、別ルートからルリとルカを連邦政府側が狙っていると聞きつけて、それも命令したのがドーマスカーだと聞い時には
「なんだって余計な問題を起こしてくれやがる、クソじじぃ! くたばれ」
と、心の奥底で罵倒しながらルクは天を思わず天を仰いでしまった。
月に来ると昔からロクな事か起こらないが、今回の例に漏れずで、正直呪いの言葉をはき出したくらいだ。
ルリとルカを無事にルルの元に送り出し、そしてそのルルにドーマスカーが下した命令の裏をとり報告に行ったとき、運悪くルリとルカにそのことが知られてしまい、結果としてドーマスカーと自分たちの関わり合いを話す事になってしまった。
つくづく月とは相性が悪い。
「でも月でないとするのなら、あの攻撃はどこからですか?」
「コクーンです。連邦にも帝国にもそして共和国にも属さないコクーンの一部があります。今回は其処が…」
「それはルル総帥はご存じだったのですか?」
「知るはずがありません。知っていて攻撃したとしたら、私がルルの首を絞めて殺しています! 名目は自衛です。帝国や連邦、そして共和国にも属していない一部のコクーンは中立でもありませんし、どこかの軍事協定に加盟しているわけでもありません。武力を持っていたからといって咎め立てなどできません。ましてや、今回は連邦がやりすぎました」
「やりすぎた?」
「連邦が……月に対する攻撃の一環として月の防衛艦隊の攻撃を始めました。月の防衛艦隊は元々軍事色の強い艦隊ではありません。コクーンに対する物資運搬の護衛が主でしたから、それを失えばどうなるか、あなたにも想像がつくでしょう」




