天の恵み?
タコ公園のタコの中はひんやりして気持ちが良かった。
冷たいコンクリートが、肌に触れる。
夏の夜の風もいい具合に吹いてきた。
ユウはここ2、3日タコを寝床にしていた。
大田が旅立ってから、ユウはまたしても孤独だった。
仕事のない今は、一言も誰とも何も話さずに過ごすこともあった。
そんな時は、決まって夜な夜なタコの中で考えてしまって、なかなか寝付けなかった。
ユウはもうわけがわからなかった。
何故、大田はあんな行動に出たのか?
自分の好きなことをして、死ぬためなのか?
ユウはソウさんが、「飲むために働いている」と言っていたことを思い出していた。
では、自分は何のために働くのだろうか?
食べる為、家を借りるため、洋服をきるためなのか?
何をそこまで必死になって、(安定した仕事)(人間らしい暮らしができる仕事)を探し続けるのか、分からなかった。
その先には、何があるのだろうか?
世間で言う幸せってやつだろうか?
ユウはそんなことを考えると、ますます眠れなくなったし、頭が痛くなった。
だれか、この疑問に答えてほしかった。
「おい。あんちゃん。こんなところで、何やってるんだ。」
翌朝、ユウは誰かに起こされた。
寝ぼけた目を開くと目の前には、見知らぬのおっさんが、ユウの顔を覗き込んでいた。
ウワァ。
ユウはビックリして、飛び起きた。
「あんた。家がないのか?」
「……ええっ。ああはい。」
「あんた昨日もここにいただろ、若いのに…。何かあったのか。」
「……。」
「この公園は人が住んでいると、近隣の住民が通報して、すぐに追い出されちまうよ。」
「……。」
「あんた名前は?」
「……?」
「ああ、私か、私は怪しいものじゃない。こういうものだ。」
男はポケットから名刺を出した。
「ホームレスとかの支援をしているボランティアのものだ。」
男はニッコリと笑った。
「ああ、はい。」
ユウはようやく事態が飲み込めた。
「近隣の世話をしているホームレスから、タコ公園に誰か住み着いているって聞いたものだから、見にきたんだ。」
ユウは男の差し出した名刺を受け取った。宇佐美義男と書いてあった。
宇佐美は体格がよく、熊五郎みたいな髭を生やしていた。
ユウの高校時代の体育教師に似ていた。
「何かわけがありそうだな、良かったら聞かせてくれないか。力になれるかもしれない。」
ユウは早朝の公園で、この宇佐美という男にこれまでのいきさつを話した。
日雇いのバイトをやっていたが、仕事がなくなってしまったこと。
ネットカフェで寝泊りをしていたが、節約の為に公園で寝ていること。
面接に行っても受からず働けないこと。
その他いろいろと、現状の愚痴を吐き出した。
ユウは人と会話をしていなかったせいか、それは饒舌に話した。
普段のおとなしいユウからは想像もつかないほどに。
常軌を逸してしまっていたのかもしれないといった感じで。
ユウにとってはまさに天からの恵み。
この宇佐美と言う男が何とかしてくれるかもしれない。このどうしようもない生活から脱却できるチャンスかも知れなかったのだ。
ユウの言い訳にも聞こえる、どうしようもなく情けない話でも、宇佐美は反論することなくうなずき。時には相槌をうって聞いてくれていた。
「なるほど、それはつらかったね。それで今君はお金は持っているのか?」
「はい、いくらか給料の残りがあります。」
「具体的にいくらぐらい?」
「2万ぐらいはあると思います。」
「きちんとご飯は食べているのか?」
「ああ、はい食べる時と食べない時がありますけど…。」
「どこか体の具合が悪いところなどはないか?」
「今のところ大丈夫だと思いますけど…」
宇佐美はユウを心配してくれているのか、次々と質問してきた。
ユウは自分を助けてくれるこの男に全て任せようと正直に答え、心の中でほっと安心していた。
これで何とかなる。
自分は助けてもらえるんだ、こんな奇特な人もいるのだ。
世の中捨てたものじゃないななどと思っていた。
「そうだなぁ。それじゃあまず君は仕事を見つけることだな。」
「はっ?」
宇佐美の発した言葉はユウの予想に反したものだった。
仕事を探す?ユウにとってそんなことはわかりきったことだった。それにユウもずっとやってきたことだ。
「仕事は探しているのか?」
「えっ。ああ、まぁ。はい。最近はあれですけど。」
「ん?最近は探していないのか?」
「…。ええ。まぁ。」
「何故探さない?体の具合が悪いわけでもないんだろう。」
「なぜっていわれても……。いろいろ悩んじゃって。」
「何を悩むんだ?」
「…面接に行っても受からなかったり、知り合いが失踪したりいろいろあって…。」
「それは、つらいだろうが…。面接に行って受からないのはみんな一緒だ。どんどんチャレンジしていかないと。」
「まぁ、それはそうなんですけど……。」
宇佐美はユウを励ますつもりだろうが、ユウにはだんだんこの男が、うっおしく思っえてきた。
「君は働く気はあるんだろう?それだったらこんなところで寝ている場合じゃないんじゃないか?」
「ええ。まぁ。働く気はあるんですけど…。働く意味というか…。何というか…。」
宇佐美の口調がだんだんと強くなる。
「なんだ?働く気がないのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……。」
「じゃぁ。どういうわけなんだ?」
「……。」
ユウは何か自分が責められているような気がしてみじめな気持ちになった。高校時代よく先生にこういったつめられ方をしたのを思い出していた。
こういう相手は苦手だ。
ユウはベンチに座りながら、両手を股の間にはさみ小さくなった。
「君は何か自分に都合のいいような言い訳を作って、働かないだけなんじゃないのか?その警備員のバイトだって働けるんならいいじゃないか。」
「……。」
「私はもっと悲惨な人間をたくさん知っている。別に比べるわけじゃないが、本当に働きたくても、病気や年齢などから働けず、その日食べるものもないホームレスだってたくさんいるんだ。
まあ、そういう人間ばかりでもないが、路上で死んでいった人達も何人も見ている。君のようにまだお金に余裕があって、若くて健康ならそれだけでも幸せじゃないか。働けるチャンスはいくらでもある。」
「……。でもじゃあ何のために働くんですか?」
「何の為に?」
「はい。」
「それは働くのが当たり前だからだ。」
「はっ?」
「昔から言うだろ、働かざるもの食うべからずって、人間が生きていくうえで働くのは当たり前なんだ。」
宇佐美もユウもお互いにだいぶイラついた様子だった。
「当たり前って、何ですか?」
「なんだ、君はふざけているのか?私を馬鹿にしているのかもしれないが、そんなことを私にきいてどうする?ソフィスト先生でもあるまいし。……。」
「何ですかそれ?」
「……いや、そんなことはどうだっていいんだ。とにかく、君はこの公園で寝ずに漫画喫茶でもなんでもいいからとりあえずどこかに泊まりなさい。そして仕事を探すんだ。少なくとも探す努力をするんだ。そして本当に困ったら、私のところに連絡をしてきてくれ。」
「……。」
「連絡先は名刺に書いてある。病気になったり、食べる物がなくなったら遠慮なく電話してくれ。きっと君を助けるから。」
「えっ。ああ。はい。」
そう言うと宇佐美は去って行った。
ユウは宇佐美からもらった名刺をまじまじと見つめた。
あの男はダメだ。
何もわかっていない。
ユウは思った。




