戦士の旅
ユウが、大田と会うのは久しぶりだった。
ユウの携帯にショートメールが入ってきた。
なにやら話しが、あるらしかった。
「どうだい、新しい仕事の方は。」
「いや、あれはもう辞めたよ。」
図書館の目の前の公園のベンチで、ユウは地面を見ながら話した。
公園の土の上には小さな蟻が、ユウの足元をチラチラと動いていた。
「なんで、辞めちゃったんだ?せっかく髪まで切って勤めたのに。」
「まあ、ちょっといろいろあってね。・・・。それより大田の方はどうなんだ?」
「えっ、ああ…。俺の方は相変わらずだよ。でも、そろそろ限界かな。」
「何が?」
「いやこっちの話。」
大田は親指と人差し指でわっかを作り、投げやりでいて諦めにも似た表情をした。
「金か……。」
ユウはタバコを吹かした。
「ユウくん、言いにくい話だけど・・・・・・・。」
「ちょっと待て、大田も知っているだろ。俺も全然お金持ってないよ。余裕があれば貸してもいいけど、人に貸すなんてまったくもって、ないよ。ない。」
「あ。あの…。違うんだ、た、タバコを……。」
「ああ、そうか。はい。」
本当にタバコの話だったのだろうか?ユウは少し疑心難儀だった。
「実は俺、そろそろ旅に出ようと思うんだ。」
「旅?旅って何処に?」
「行くあてはないさ。仕事もないのにこの近くにダンボールで、家を作って暮らしても仕方がないし、何もしないで死ぬのは嫌だ。全国にはまだ見ていないものがたくさんあるし、それらを見て回ろうかなと。死に場所を探して。」
「ちょっ……。お前死に場所って…。早まるなよ。」
「違うよ。自殺しに行くわけじゃない。」
「待てよその前に生活保護とか、区役所に相談に行ったらどうだ。」
「相談ならもう何度も行ったよ。若いんだから働きなさいで終わりだよ。簡単に生活保護とか言うけど、あれを貰うのは半端じゃない。」
「そうなのか。……。そうらしいな。」
「最近は自分が死ぬ時のことばかり考えるよ。」
「……。」
「もう死ぬしかないのかな…。」
「お前、甘ったれたこと言ってんなよ。死ぬ気があれば、何だってやれるだろ。死ぬ気で働けば何とかなるって。」
そう大田に言いながら、ユウは自分を励ましているようにも見えた。
「そうかな?俺も少し前まではそう思っていたけど、この前死ぬ気で新聞屋の面接に行ったんだ。でもそれすらも落ちて、スポーツ新聞の求人欄でさえ今は人が殺到するみたいで受からない。」
「大田…。」
「死ぬ気で働く場所すら見つからないんだ。」
「……。」
ユウは何も言えなくなった。
「履歴書に張る写真代だって馬鹿にならないし、もう受かりもしない面接に交通費をかけて行くのが、疲れてしまったんだよ。」
「まあ、それは少しわかる。」
「だから、とりあえず旅に出ようと。いろいろ考えた結果なんだ。」
「そうか…。でもどうやって?お金は?」
「お金はないよ、もちろん歩いてさ。」
「歩いて?何処まで。」
「うん。歩きで。いけるとこまで。」
「いつ、出かけるんだ。」
「とりあえず、暑いから今日の夜にでも出発しようと思う。最後にユウ君に会ってお別れを言っておきたかったからね。それでメールしたんだ。」
「大田……。」
「いろいろありがとう。君にはいつもタバコを貰ったり世話になったね。」
「……。」
「それと、これ良かったら使ってくれ。こんなものしかなくて悪いけど。」
大田はトレードマークのリュックサックの中から、ゴソゴソと何かを取り出した。
出てきたのは、大田が大事にしていたサバイバルナイフと近隣の飲食店などのサービス券が輪ゴムでとめられたものだった。
「おい。いいよ。これは。大事なものだろう。」
ユウはサバイバルナイフを渡されても困るので、大田に返した。
「いや、君に貰ってほしいんだ。何かお礼をしたくて。」
「じゃあ、これだけでいいよ。ナイフを渡されても困るよ。」
「そうか、喜ぶとおもったんだけどなぁ。」
大田は残念そうな顔をした。
「それに、大田は旅に出るんだろ。だったらこれからのサバイバル生活で、必要じゃないか。」
「……それもそうだな。じゃあこれは。」
少し考えた後、大田は再びカバンの中からなにやらネックレスのようなものを出した。
それはドッグタグと呼ばれる、軍人が身元がわかるように首から提げるものだった。
そのプレートはまだ何も彫られていない。
まっさらなネームプレートだった。
「これは、まだ名前を入れていないから、君にあげるよ。」
「……。そうかありがとう。」
ひと昔前にはやったもので欲しいものではなかったが、ユウは大田の男気というか、覚悟のようなものを感じてありがたく貰うことにした。
ユウは大田に貰った物をポケットにしまった。
「何か暗い話ばかりで、ユウ君に愚痴を聞かせる形になってしまって悪かったね。」
「そんなことはないよ。俺にとっても同じ悩みだ。」
「ユウ君はまだ20代だから、きっと仕事が見つかるよ。」
「あんまり変わりないぜ、もうすぐ30だ。」
「それじゃあ、俺は夜まで図書館に戻るよ。がんばってな。」
「ああ。大田こそ元気でな。」
大田はすがすがしい顔をしていた。
何か憑き物が落ちたような表情だ。何かを決心した男の顔だ。
2人は握手をして別れた。
図書館に戻っていく大田の背中はいつもより男らしく見えた。
そうまるで、戦地に向かう兵士のような背中だった。




