飲むと食べない?
ユウは仕事を始めた。
今日もその現場に来ていた。
警備員だ。理由は給料が週払いで貰えること。それだけだ。
働くにあたり、ユウは髪の毛を短く切らなければならなかった。
その条件にちょっと抵抗があったが、背に腹は変えられず、横と後ろを刈り上げた。
その一昔前の髪型はやはりユウには気に入らず、いっそのこと坊主にでもすればよかったなと、やけくそな気分になった。
3日間の法定研修が終わり、いよいよ現場デビューだが、これがおもいの他に仕事がなかった。
週5から6ぐらい日勤で働くつもりだったが、実際は週3で夜勤だけだった。
寝るところがないユウにとって夜勤はつらい。
昼間はネットカフェの料金が高いのだ、それに夜に比べて人の出入りが激しいので、落ち着いて寝ることができないのだ。
ユウが行っている夜勤の現場は道路工事の規制なのだが、かなり大きな現場らしく、ユウの立っている場所はとにかく退屈でさびしかった。車はわりと通るのだが人はほとんど通らず、工事の作業自体も見えず、一緒に来ている他の警備員まで50メーター位は離れていた。
やることといえば、明かりのついた棒をただ人形のように横に振るだけ。
花形の片側交互通行や、駐車場の交通誘導のように、他の隊員達との連携もなければ、ドライバーとの意思の疎通のようなものもないのである。
約10時間も流れる車だけを見ながら突っ立ているのは、たいくつで、かなりの苦痛である。
4時間おきに休憩があるのだが、立っている間は時間ばかり気にしてしまう。
もう2時間くらいたったかなと思い時計を見るとまだ10分しか経っていなかったなどということはざらにある。
ユウは基本立ちっぱなしなので肉体的にはかなり疲れるのに、誰も見ていないであろう、規制の中に立っているだけの自分の役割に疑問だった。
そんな状況なので2週間やったところで、早くも辞めようかなと考えていた。
午前8時になり規制も終わり、みんな帰り支度を始めていると、50代であろう仕事の先輩に声をかけられた。
その男は、不精髭をはやし年季の入った警備服を着て、がりがりにやせていた。
ダンボールで生活しているような風貌だ。
「君もこれから、一緒にどうだい?」
「えっ。」
突然話しかけられたユウは戸惑った。
「これから飲みに行くんだよ。」
隣にいた太った男が、ユウに行った。
この男は知っていた。伴隊員だ。休憩で交代の時など絡みがあった。
「いや、おれは・・・・。」
「もし、酒飲めなかったら定食もあるし。納豆定食とか。」
先ほどのホームレス風の男がかぶせるように言った。
ユウは納豆が嫌いなので食べられなかったが、そんなこと言っても仕方ないので、何も言わずに黙っていた。
24時間営業の居酒屋。
結局ユウは行くところもないので、一緒に来てしまった。
仕事終わりのビールがユウの内臓に染み渡った。
う うまい。
まさに労働の喜び。
「くっかぁー。やっぱうまいっすねー。」
伴がわざとらしく、ホームレス風の男に話しかける。
「まあね、伴ちゃん何食う?」
男は伴にメニュー表を手渡す。
「ソウさんは何がいいっか?」
(ソウさんて言うのか。)
「俺は、お通しと枝豆だけでいいよ。あっ。君も何か好きな物頼みな。」
ソウさんは店に入ってから一言も発していないユウに気を使ったのか、顔をしわだらけにしながら、とてもあたたかい笑顔で言った。
「あぁ。はい。」
ユウはあんまり親しくない人と飲むのが苦手だった。
こういうときはどんな話をして良いものか、全然見当もつかないのである。
何を話そうかといろいろ考えているばかりで、実際に言葉が出ないのである。
「ソウさんいつもそうっすね。田中君(ユウの名字)は何がいい?お腹すいてるだろ。」
「ええ。まぁ。でも何でもいいです。あるものをつまみます。」
「そっか。じゃあ適当に頼むよ。すみませーん。」
伴は右手をあげて、大きな声で店員を呼ぶ。
「普段はあんまり仕事終わった後飲まないの?」
ソウさんは両肘をついて前に乗り出すような格好でユウに聞いてきた。
「ええ。帰る時はもうすごく明るいので、何だか飲む気がしなくて。」
「あはは。最初は俺もそうだったが、じきなれる。夜中心の暮らしにな。」
「ソウさんは毎日飲むんですか?」
「えっ。ああ毎日飲むよ。俺らは飲む為に働いているようなものだからな。」
ソウさんは、ユウに名前を呼ばれて少しビックリしたようだった。
伴が店員に注文をしている。
「ソウさんは枝豆だけでいいっすよね。」
「ああ、俺は酒を飲むときはあまり食べないんだ。」
「そういう人いますよね。」
ユウはあわせて言った。
テーブルには乗りきらないほどのつまみの数。
まさに大盤振る舞い。
伴は遠慮など、知らないかのようにむさぼり食べる。
ユウも腹いっぱいになるまで食べた。
ソウさんだけは、つまみには一切箸をつけなかった。
飲み始めてから、約一時間他愛もない会話が続いた。
同じ現場の誰々が元ホストだとか、TVに出ている芸人の話などどうでもいい話だ。
そんな話でもユウは楽しかった。
コミュニケーションとはこういうものなのかもしれない。
「しかし、本当に景気悪いっすよねー。最近全然稼げなくて。」
「そうだな。残業がだいぶ減ったしなぁ。」
「やっぱりそうなんですか。」
この二人は長くやっているようで、ユウと違って週5出ていた。
「ああ以前だったら夜勤やって1万切るなんてことはなかったからな。昔の日勤並みが、今の夜勤だな。日勤のおばちゃんなんて6千円とかだし。」
「6じゃきついっすねー。俺なんて今だって家賃払って飯食ったら、ぎりぎりですよ。こないだ
なんて現場から、帰りの交通費がなくて道で寝ちゃいましたもん。」
「アハハハ。」
冗談っぽく言う伴にみんな笑っていたが、ユウには笑えなかった。
切実な問題なのだ。
ユウには家がないのだ。明日にでも道に寝ることになるかも知れない。
「……。」
伴の言葉のせいなのか、すっかり場がしらけてしまった。
笑い終わりのため息に交じって、ソウさんが、そろそろ行くかと言った。
会計は一万円弱だ、ユウと伴は3千円づつソウさんに払った。
通勤のサラリーマン達も消えた駅で、少し酔っ払った3人の労働者達は別れた。
これからまた一人一人厳しい一日がはじまるのだ。
ユウは久々にたくさん食べて、お腹いっぱいで苦しかった。
駅のベンチに腰掛けて、電車がくるまで休んでいると、反対のホームにソウさんが見えた。
伸びきった髭と、ボロボロのTシャツやはりとてもみすぼらしい。
ユウは今まで、一緒に飲んでいたのに急に他人の目線になった。
ユウはああはなりたくないと思った。身なりだけは気をつけようと。
ソウさんは、立ち食いそば屋に入っていった。
ユウの胸は苦しくなった。




