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お金の重み


 肩を掴まれたイケメンは後ろを振り返りギョッとした表情を見せた。

正面に座っている伴も同様に驚いた様子で、岡田を見上げていた。そりゃそうだろう。誰だって初対面で岡田の顔の傷を見れば、一瞬たじろいでしまう。

そして、傷に傷について、あらゆるよからぬ想像をしてしまうのだ。


「岡田…。いいんだ。もう、金も返してもらったし」

ユウは諭すように静かにゆっくりとした口調で言い、イケメンの肩に置いた岡田の手を放させた。

これ以上騒ぎを大きくしたくなかった。

岡田が、ユウたちのやり取りにわって入ったので、にわかに店内もざわつき始めていた。

周りで気がつかれないように見ていた客も、強持ての若者が加わったことで、大事になると予想したのだろう。喧嘩が始まりそうな空気が一層濃くなったのを、敏感に察知したのだ。

「で、でも」

「いや、いいんだ。俺も少し熱くなりすぎたんだ」

ユウは自分が取り囲まれている状況に一気に冷静になった。

こういうところだから、酔っ払い同士のいざこざは結構あるだろう。店の店主などは、すぐにでも警察を呼びそうだ。


「何だよ。こいつあんたの連れか」

イケメンが強がって、ユウに視線を向ける。

正面に座る伴は、みっともないことにびくびくとして、岡田と視線を合わせないようにしている。


「本当にいいんですか田中さん?俺はこいつらの態度がゆるせないんです。人から金を借りといてこのなめきった態度はないでしょう」

「まぁ、そうだけどもういいよ。これは俺と伴の問題で、もともとそっちの若い奴には関係なかったことだし、こいつの言うように絡んだのは俺かもしれないし…。それに金を立て替えるって言うんだから、もういいよ。」


「まぁ、そこまで言うんだったら」

岡田はしぶしぶといった様子で、引き下がる。

一体こいつはいつから見ていたのだろうか?


「邪魔して悪かったな。せいぜい信用している伴さんに裏切られないようにしろよ」

ユウはそう言って、岡田の肩に手を回して自分たちの窓際の席に戻ろうとした。

岡田は何か言いたげだったが、何も言わずにおとなしくそれに従った。

岡田の肩はがっしりとしていて逞しかった。


「あー気分ワリィ」

去り際にイケメンの声が聞こえる。

「伴さんなんかケチがついちゃったんで、もう行きませんか。あんな奴らと一緒の店で飲む気なんかしないんですけど」

「そうだね。そろそろ出ようか」


ユウと岡田は窓際の端にある自分たちの席に着くと、無言だった。

ユウは氷の解けてしまって、ぬるくなったウーロンハイのジョッキを舐めるように飲んだ。

気分が悪いのはユウも同じだった。

自分が一万円寸借されたのに、悪者にされた。自分の誤解だと。

そんな話は当然信じられないし、嘘をついてまで自分を正当化しようとする伴の姿が腹立たしかった。

それにあの伴のいい訳じみた与太話をまともに信じる後輩が、いることにも腹が立った。


きっとあいつは大学生か何かだろうな。

遊ぶ金の為、アルバイトで警備員をやっているだけだ。

親からの仕送りも十分にもらっているんだろうな。だからあんな簡単に一万円ぐらいでせこいと言えるのだろう。

必死になって生きるか死ぬかで、仕事をしていればそんな言葉は簡単には出てこない。バイトをしてスロットをやって、出れば遊び代に使う。仮にオケラになったとしても、寝るところもあれば、食うものもある。

保障された生活が当たり前にある。ユウにもそんな時期があった。

ユウが大学生の頃も似たようなものだった。学費も下宿先のアパートの家賃も親が出してくれた。それに時々米や食料も送ってくれた。アルバイトして貯めた金はみんな使える。

決して裕福ではなかったが、遊びすぎてお金がなくなっても、白い米と炊飯器さえあれば何とかなった。

楽しかったな。

あの頃に戻りたい。やり直したいことがたくさんある。

そんなことを考えていると、岡田が帰りましょうかと声をかけてきた。


「ああ。そうだね。これもったいないから食べちゃえよ」

「あっ。はい」

岡田は残ったつまみに箸をつける。


「あの…」

箸を持ったまま突然岡田が何かいいたげに、口ごもる。

「うん?何?」


「いや、その、ありがとうございました」

「えっ、何が?」


「いや、その仕事のこと、なんか無理やりそうさせちゃったみたいで、悪いなっと思って……」

「何だ。そんなことか。ぜんぜん気にしなくていいよ。これで岡田君が助かるなら、良かったじゃないか。いつまで続けられるかわからにけど。それより俺のほうこそ、さっきはありがと」


「いえ、そんなぁ。俺はただ……。田中さんに比べれば何もしてませんよ」

「いや、うれしかったよ。それにいつから見ていたんだ?」

ユウの本心だった。ユウは今までで、ほとんどと言っていい程、誰かにかたを持ってもらったことなどなかったから、岡田があそこで来てくれたことは本当に嬉しかった。


「えっ。ああ、田中さんがトイレに行って、酔ってたから大丈夫かなって思ってなんとなく見ていたら、あんなことになっちゃって。最初は知り合いかなって思って見てたんですが、どうも様子がおかしいから近くまで行ったんです。そしたらあの若い奴が舐めた態度で一万円をテーブルの上に投げ出したんです。なんかそれを見たら頭にきちゃって……」

「確かにあれはムカつくね」


「俺、なんかたかが一万円と言って、投げ出す奴が大嫌いなんです。あいつにとってはたかが一万かもしれないけれど、俺、いや俺たちにとっては必死に一日働いてやっと届くか届かないかの額なんです。それを返してくれって言うのが、せこいとかどうかしてますよアイツ」

「……」


「一万円あれば結構いろいろなことができると思いません?映画も見れるし、飯だって食える。頑張ればデズニーランドだっていけるんです」

「あはは。何だよ。それ。ディズニーだろ」


「ああそうです。デズニーです。俺、行ったことがなくて、行ってみたいんですよ」

「行ったことないの、ディズニーランド?」

ユウは驚いてまじまじと岡田を見つめる。

岡田は少し恥ずかしそうにして、いつものように頭の後ろを掻くような仕草をした。

「はい。金がなかった訳ではないんですけどね。機会がなくて、行く奴というか相手がいなくて……」

「まぁ、確かに野郎で同士で行くところではないよな」


「デズニーランドって夢の国ってやつですよね。一度でいいから行ってみたいんです。それが俺の夢の一つでもあるんです」

「…行けるよ。きっと。そう遠くない将来にね」

ユウは言いながら目の前に居る19歳の岡田に同情にも似た、悲しい気持ちを覚えるのを感じた。

自分の19歳の頃とはあまりも違いすぎる。

ユウは岡田にさっきの伊藤とかいう、イケメンを殴らせてやればよかったなと少し後悔した。






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