表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/53

誤解?


 最初に口を開いたのは伴の方だった。

「いやぁー、久しぶりだね。何やっているんだい?」

伴は驚きながらも明るく言った。その顔にはユウに一万円借りてバックレたうしろめたさのようなものは微塵も覗えなかった。それどころかまるで中学時代の同級生にでもあったかのような軽い口調で、懐かしさを喜んでいるようでもあった。

ユウのほうは、何も言わず無言で伴を睨みつけるように見つめていた。

酔いが回っていたのと、怒りで上手く言葉が出てこなかったのたのもあるが、相手の予想外の態度に面食らってしまった。


「誰なんです?伴さんの知り合いっスか?」

立っているユウの右手に伴と向かい合いに座っている今風のイケメンの若者が、再び伴に尋ねる。

「ああ、君が来る前に昔一緒に働いていたんだよ。どうしたんだよ田中君、立ってないで一緒に飲もうか?」

伴はそう言うと、自分の隣の席の荷物を床に降ろそうとした。


「いや、俺は…」

「何だよ。久しぶりだし少しくらいいいじゃないか。今何をやっているんだ?」

覚えていないのか?


「いや、連れがいるんで」

「えっ?そうなんだ。」


「当たり前ですよ。伴さん。こんなところで一人で飲むような奴はいませんよ」

イケメンが笑いながら口を挟む。

「あはは。それもそうだなぁ。ましてやこんな時間だしな」

ユウは奥のカウンター席で、一人で飲んでいる労務者風の男がチラリとこちらを睨んだような気がした。

伴の軽薄な笑い声に怒りの感情が再び刺激された。


「……覚えてないのか?」

「えっ?何?」

「いや、だから、俺が一万円貸したことを」

ユウはすぐにでもキレて胸倉でもつかみそうだったが、できるだけ理性を保ち感情を押し殺して言った。


「へっ?」

伴は目を丸くさせ、首を少し前に突き出すようにして素っ頓狂な声を出した。それからしばらくして、黒目だけを上に上げて何かを思い出すような仕草をしていた。

その仕草はいくらか芝居がかってみえたが、本当に覚えていないのかもしれない。

沈黙に飽きたユウが口を開く。

「前にパチンコ屋に行った時、一万円貸したんだ。あれを返してもらいたい」


「ああー。そういえばそんなこともあったなぁ。返すよ。返す」

その言葉にユウは安堵した。

よかった。

あのお金は諦めていた。もう返ってこないものだと思っていた。それがこんなところで偶然に伴と会ったために回収できる。ユウは運命めいたものを感じていた。

ユウにとってあのお金は、無一文になってしまったきっかけでもあり、パチンコに嵌るようになってしまったのもあの件があったからであり、金額以上の意味が合った。

ここできっちりと回収できれば、これから先も強く生きていけるような気がしていた。

一つのけじめなのだ。

伴に寸借されたと思って、後悔と屈辱の日々から脱出できるのだ。


「ただ、ちょっと待ってくれないか?今日は持ち合わせがなくて…」

伴は悪びれもせずそう言うと、ユウに興味を失ったようで、イケメンのほうに向き直りテーブルにたくさん並んでいるつまみに箸をのばした。


「はぁ?何だよそれ。ちょっとって、いつまでだよ。それに俺はあんたの連絡先も知らないんだぞ」

ユウは声をあげて、伴の右肩を掴んだ。

その時、正面のイケメンが腰を上げて仲裁するようにまあまあとわって入った。

「じゃあ、連絡先を教えるよ」

不貞腐れるように伴が言うと、ユウの頭にはあの後無一文で国道を歩いて、公園で野宿したことがフラッシュバックのように思い出されて、完全に血が上っていた。

「お前、あの後俺がどうゆう思いで……」

ユウが伴の胸倉を掴むと、イケメンはユウを突き飛ばすようにして二人を引き離した。

「ちょっと、やめろよ。何なんだよ。あんた本人は返すって言ってるだろ」


「ああ!?関係ない奴は口出しするな。こいつは俺を騙してっ」

「騙してなんかない。ただ借りただけだ」

ユウが言い終わる前に、伴が怒鳴るように大きな声を出す。

「何だとてめぇ。よくもそんなことが言えるな。黙っていなくなりやがって、あの後俺がどんだけ困ったと思っているんだ。どこの世界に黙っていなくなる奴に金を貸す奴がいるんだ」

「いなくなったんじゃない。返す金をおろしに行ったんだ」


「嘘つくなっ!?俺は馬鹿みたいにずっとあそこで待っていたんだ。それなのにお前は戻ってこなかった。おかげでこっちはひどい目にあった」

「嘘じゃない。よく覚えていないが、あの時は確か急用か何かあったんだと思う。それが終わったら店に戻ったんだ。もちろん返すお金を降ろしてね。そしたら君はいなかった。それにその後のことは俺のせいじゃないし、知らない」

「くっ…。でまかせ野郎がっ」


「だったら、あんたの勝手な誤解じゃないか。それをこんなに大げさに大声を出して怒りやがって、人が飲んでいるのに迷惑なんだよ」

イケメンがユウに詰め寄るように言った。

ユウは周りを見渡すと大っぴらではないが、他の客たちは明らかにユウを迷惑な酔っ払いのように見ていた。平静を装いつつ他人を蔑むようないやらしい視線で、こちらを見ている。

これじゃあまるでこっちが悪者だ。


「だいたい、たかが一万円ぐらいで、大騒ぎしすぎなんだよ。せこいんだよあんた」

「何だと?」


「こっちは今まで楽しく飲んでたんだ。それを昔の知り合いだかなんだか知らないが、酒の勢いで因縁つけてきやがって、みっともないんだよ。この酔っ払いが」

イケメンはそう言いながら、椅子を引いて席に座り、グラスに手を伸ばした。

当然ユウはこのまま引き下がるわけにはいかない。

なんとしてもこの機会を逃してはいけないのだ。自分自身一歩前に進むために。

「てめぇに、その金の価値が分かるのかよ。あの時の俺の気持ちがっ…」


「ほれ」

「!?」


イケメンはおもむろにポケットから、二つに折りたたまれた一万円札を出し、テーブルの上に投げるように置いた。

「伴さんの代わりに俺が立てかえといてやるよ。それがあれば文句ないんだろ。俺は伴さんを信用しているから」

「伊藤……」

驚いて、伴がイケメンの顔を見つめる。


「伴さんももうこんな奴と関わるのはやめたほうがいいですよ。俺のほうはある時、いつでもいいんで。こんな酔っ払いのくず見たいな奴に金借りたままだっていうのも嫌でしょうし」

「いいのか?伊藤…」

二人のやり取りをユウは黙って見ていられなかった。

もちろん金が返ってくれば言うことはないが、自分が悪者にされ馬鹿にされるのが納得できなかった。

「おい、俺が言っているのはそうゆうことじゃないんだよ。こいつは俺を騙したんだ。金うんぬんより俺はそのことについてあやまってもらいたいんだ」


「何だよ。あんたもしつこいな。騙してないって、あんたの勝手な誤解だったんだろ。そうですよね伴さん?」

伴がうんうんと首を縦に振る。まるで自分自身を納得させるかのように。

30過ぎの小太りのおっさんが、若い後輩に肩を持ってもらって反撃する姿はひどく滑稽だった。


「だから、それ持って早く行ってくれないかな。あんたにそこにいられると酒がまずくなるんだ。それともまだ文句があるって言うなら、伴さんの代わりに表にいって聞いてやってもいいんだぜ」

イケメンは睨むような目つきをしながら、右の口の端をあげながら言った。

ユウは完全に馬鹿にされていた。どうせお前にはそんな勇気もないくせにとその浅黒く日焼けしたイケメンの顔は言っていた。


「てめぇ、喧嘩売ってるのか?」

ユウはそんな言葉言ったこともなかった。初めて口にしたのである。

いつの間にか両こぶしが握られ、力が入っていた。

「先に吹っかけてきたのはそっちだろ」

イケメンは動揺することもなく、冷静に言い、ウーロンハイの入ったジョッキを傾ける。


「くっ…」

悔しいがユウに勝ち目はない。

何しろまともに喧嘩などしたこともないのだから。

仕方なく、ユウはテーブルの上の一万円札を持ってその場を去ろうとした。

その時。


イケメンの肩に手が置かれた。

「なんだったら、俺も田中さんの代わりに表で話をしてやってもいいぜ」


岡田。


ユウはその段になって、初めて岡田の存在を思い出した。

完全に忘れていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ