溝
長い間、多忙のため休載していましたが、また書き始めますのでよろしくお願いします。
12月も中ごろになってくると、町は師走の慌しく働く人々とクリスマスや年末で浮き足立った人々で混沌としてくる。クリスマスもお正月もユウにはまったく関係なかったが、ユウはそんな町の雰囲気が嫌いではなかった。よく好きな季節を聞かれるが、ユウは子供のころから例外なく冬と答えていた。
ユウが冬生まれだからなのか、何故か冬になると心がうきうきとした。
一般の人の持つ冬のイメージとは逆のように感じられるが、ユウにとってはそれが昔から当たり前だった。
さて大田にお金を借りた日から10日程たっていた。ユウには依然として仕事のメドが立たなかった。それどころか大田から借りたお金は着実に減り続けていた。今はもう半分もない。
ユウは毎日面接のアポイントをとって面接に行った、学歴や経験を不問にするような誰にでもできる単純作業、深夜作業や危険が伴う肉体労働など全て当たってはみたが、どれも受かる気がしなかった。特に建築業界はだいぶ不況らしくかなりの職人崩れが殺到していた。募集の出ている会社はいかんせん応募者が多すぎる。完全に需要過多。
つい3日前も日払いにつられて所謂設備屋の深夜作業員の面接に行ったが、登録だけさせられて今回は見送りばかりである。もう何社ぐらいそういった会社に登録してあるのかユウにも分からなくなっていた。
相変わらず出口の見えない暗いトンネルを手探りでさまよっていた。
それでもそんな雰囲気からなのか、話せる仲間がいるからなのか以前より少しは気が楽なような気がした。
そうユウにも仲間ができたのである。
「なぁ、俺、明日、炊き出しに行ってみようと思うんだが……。」
松屋で豚めしを食べている時に突然大田がそんなことを言い出した。
大田も何件か面接へは行ったが、まだ結果が出てはいない様子だった。
「た、炊き出し?」
「そうだよ。よく公園とかでやっているやつ。」
「わかるよ。あのルンペンとかが並んで、ただでまずそうすな飯を貰うやつだろ。でもそんな毎日はやっていないだろう。」
「いやぁ、それがさぁ。昨日ネットの掲示板で見たんだけど、ほぼ毎日色々な場所で炊き出しが行われているらしいんだよ。」
大田は紅しょうがこれでもかというくらい入ったぶた飯をかきこみながら、うれしそうに話した。
「ほぼ毎日?」
「うん。」
「すげぇなそれは。」
「うん。すごいだろう。」
ユウはすごいとは思ったが、炊き出しには抵抗があった。ホームレス達が続々と並んで、でかい釜に入った食べ物を分けてもらう姿を想像すると、今食べている豚めしもまずく感じられた。
「でも、俺はちょっと……。」
「まぁ、ユウ君ならそう言うと思ったよ。もともと一人で行くつもりだったんだが、一応報告をしておいただけさ。」
大田は空になったどんぶりを置くと、ユウの方に向き直り明るくそう言った。
大田にはこの状況でも以前のような悲壮感はまったくなかった。眼鏡の奥の瞳にもまだ活力があったし、ここ数日間もずっと明るく前向きな発言をしていた。ユウの知っている旅に出る前の大田とは別人のような気がした。
ユウはもしかすると犯罪まで考えた自分のことを気遣ってくれてるのかもと考えていたが、何だかとても違和感があり、そういう太田に接するたびにユウは肛門の辺りがむずむずとした。
「大田は不安じゃないのか?仕事も見つかってないし、やめろよ、みっともない。炊き出しなんて並んだら、それこそ浮浪者の仲間入りだぞ。そうなったらさらに底辺から抜け出せなくなる。そんなことに時間を使うのだったら、何か別の方向に時間を使った方が良いんじゃないか?」
ユウは言いながら奇麗事だなと思いながらも、なにげなく大田に考えをぶつけた。
太田はしばらく考え込むように腕を組む仕草をして、逆にユウに聞き返してきた。
「別の方向って具体的にどっちの方向だい?」
「……。」
この質問にはユウも閉口してしまった。
自分で言いながら、どこに向かったら良いのか皆目見当もつかないのである。
ユウの困った様子を見て太田がさらに口を開く。
「毎日受かりもしない面接に足を運び、その結果が出る前に次の面接のアポ取りに必死じゃ、俺はその時間こそ無駄な時間だと思うんだよ。」
「……。」
太田が話しながら、徐々に興奮していくのがわかる。
「そして自分では地道に努力して一歩ずつ進んでいるような気になるから、さらに始末が悪い。実際には現実は何も変わりはしないのにね。いやそれどころか、お金を消費する分どんどん状況は悪くなっていく。どうにもならなくなってからじゃ、動きようがない。だから俺は今からでも手を打っておきたいんだ。」
ユウには太田の言いたいことが理解できたが、反論せざるえなかった。
「……。いやっ。…、でも。あきらめずに努力していれば…。」」
「なんだい?神様が見ていてくれるとでも言うのかい?」
「えっ?」
ユウは太田の口から神様という言葉が出たのに驚いてしまった。
太田はそれ以上は察してくれと言わんばかりに、すっと席を立った。
ユウは残りの豚飯をかきこむと、急いで太田の後を追った。
今追わなければ、反論しなければ、せっかくできた仲間と埋めることのできない深い溝ができてしまう気がしたのだ。
もう孤独でさびしいおもいはしたくはないのだ。
「太田っ。」
ユウは松屋の前の暗い路地を歩く太田の背中に声をかけた。
太田はその声に気がつくも、歩みを止める様子はなく、ふり向かず軽く右手を挙げただけだった。
ユウはその背中を見て、何か大きな間違いをしてしまったような気がした。
もう溝はできてしまったのだ。
「ちょっ…。ちょっと待てよ。」
ユウは太田に追いつくように小走りで駆け寄り、肩に手を掛けた。
太田の肩はずんぐりとして、重かった。
「悪いことを言ったなら、謝るよ。でもいきなりそんなに怒ることないだろう。」
「別に、怒ってなんかないよ。ただ少し感情的になったから、頭を冷やそうと思っていただけだよ。」
太田はいつもと変わりない表情で、冷めた口調でそう言った。
ユウは内心ほっとしながらも、太田の顔を見つめながら、眼鏡の奥の瞳が遠くを見ているのに気付きまた背中に寒いものを感じていた。




