運命のタイミング
「おい……。」
「!?」
「何だよこれは?」
「えっ……?何ってお金だよ。」
大田は不思議そうな顔をして答えた。
「そんなことは分かってるよ。」
「……?。ああ、そうか。ごめんね。俺もまだあんまり稼げてないし。今はそれくらいしか……。」
ユウが封筒を投げる様にテーブルの上に置く。
「違うよ。そういうことじゃないんだ。なんだよ、俺は?乞食か。物乞いか?そんなにみすぼらしいか?」
「えっ?」
ユウはなんか自分が馬鹿にされたような気がして腹を立てていた。大田みたいな人間に哀に思われ恵んで貰うなんて、そんな自分が非常に情けなかった。
確かにいい年をした大人が100円しか持っていないのは恥ずかしいことだし、現実問題として目の前のお金が喉から手が出るほど欲しかった。だが数ヶ月前までは自分より貧乏だった大田に恵んでもらうのは嫌だった。それにまだ何も言っていないのに大田の全て悟ったような上からの態度も気にくわなかった。
「どうして急にお金なんか渡したんだよ?」
「えっ。だって…。さっき貸してくれって……。」
そう聞くとユウはため息混じりに言った。大田に完全に勘違いされた。
「はぁ?俺は金を貸してくれだなんて一言も言ってないぞ。」
「えっ?そうだっけ?じゃあ頼みって…。」
「ああ、実は大田に貸して欲しい物があったんだ。それを借りに来た。」
「ええっ。何だよ。お金以外に貸して欲しい物なんてあるのか?俺は何も持ってないよ。まぁお金もたいして持っていないけど。」
「以前大田が旅に出る時、大田が俺にくれようとしたものがあったろ。」
「えっ?何だっけ。割引券とかクーポン券の束とか?」
「違うよ。それは貰った。サバイバルナイフだ。」
「サバイバルナイフ?」
「ああ、それを借りようと思ってここまで歩いてきたんだ。」
「えっ、歩いて?どこから?そ、それにそんな物借りてどうするつもりだよ。」
「…。まぁ。何も聞かないで貸して欲しい。」
「……。まさか?」
「もう俺は決めたんだ。どんなことをしてでも這い上がるって。」
「ちょっ、ちょっと待てよ。早まるな。」
「頼む。このお礼はいつか必ずするから。」
「おいおいやめてくれよ。それに今は持っていないよ。ナイフ。」
「はぁっ?何で?あんなに大切にしていたのにまさか金に困って売ったのか?」
「違うよ。あんなもの売れないよ。実はちょうど昨日…」
大田はユウに昨日あった出来事。つまり警察に職務質問されて、サバイバルナイフを没収されたことをこと細かく話した。
ユウはそれを聞きながら、最初はまさか、嘘だろなどと突っ込みを入れて聞いていたが、大田の話が詳細までリアルなものだからだんだんと無口になり、遠い目をして聞いていた。
「そんな偶然あるんだなぁ。」
話を聞き終わったユウがボソッと呟いた。
昨日といえばユウがどうにもならなくなって犯罪を犯すことを決意した日だ。そして武器が必要だと思い、大田のサバイバルナイフが思い浮かんだのも、ちょうど大田が渋谷警察署で職務質問を受けている時だった。運命という大きな渦がユウを飲み込んでいるようだった。もし神様がいたとしたら、ユウに「犯罪を犯すな」といっているように思えた。
なんだか犯罪計画を、考えていた自分が馬鹿らしくなった。
やる気がなくなった。
やる気がなくなると同時に張り詰めていた緊張の糸が解け、疲れが一気に押し寄せてきた。
ユウは座っている両足を前に突き出し、マックのイスにだらしなく寄りかかった。
もうダメだ。
「だから悪いことは言わないから、とりあえずこの2万円はしまってくれないか。余計なお世話かもしれないが、そうしてもらえると俺も助かるんだ。」
ユウのその様子を見た大田がそういいながら、つき返された封筒をユウの目の前に差し出した。ユウにはどうして自分がお金を受け取ると大田が助かるのか意味が解らなかったが、その意味は特につっこんで聞かなかった。
ユウは自分でなんとかしたかった。自分自身の力でどうにかして活路を見出したかったのだ。たとえ悪いことをしたとしても。
今も決してお金があるとは言えない大田からのお金は受け取れない。
「で、でも。」
「いいから。黙って借りて欲しい。困った時はお互い様だろ。」
その言葉を聞いてユウは大田と分かれる日のことを思い出していた。
大田が旅に出る日のことを。
あの日、図書館の前の公園で会った大田は明らかにお金に困っていた。そんな大田に自分は1円だって貸さなかった。何もしてやれなかった。
結局その後、わりとすぐに伴に1万円寸借された。
あの1万円があれば大田はまだ何日か過ごせたはずだし、もしかしたらグダグダ言いながらまた日雇いのバイトで一緒だったかもしれない。
そう考えるとユウは後悔と、大田に対する申し訳なさで胸から熱いものがこみ上げてきて涙がこぼれそうになった。
「…大田。本当にいいのか?」
「友達なんだから助けるのは当たり前だよ。」
{友達}
ユウはこの時初めて大田が友達だということに気がついた。自分には友達はいないものだと思っていた。申し訳ないが、大田の外見のせいも少しはあったかもしれないが大田のことを友達だと呼んだことはなかったし、意識したこともなかった。
でもいつも一人のユウにとって話せる相手は大田しかいなかったし、辛い時は大田のことが頭に浮かんだ。ユウにとっても紛れもなく大田は唯一の友達なのである。
それに気づいた時、今まで我を通してきた気持ちが折れた。簡単に言うと大田に対して気を許した。ユウの中にあるちっぽけな自尊心やちっぽけなプライドの壁が音を立てて崩れてゆくのを感じた。本当に自分という人間がくだらなくて大田に対して蚤のように思えた。
自分には頼れる人間なんて一人もいないと思っていた。
犯罪を犯す。
どうかしていた。
できるわけがない。
きっと自分はパチンコのやりすぎで頭がおかしくなっていたのかもしれないと思った。
「すみません。必ずお返しします。」
そういうとユウは熱いものを喉元で抑えながら、大田から両手で封筒を受け取った。
「さぁ、そしたら今後のことを話しながら食べようぜ。」
大田がわざと明るく言うと、ユウは大田に奢ってもらったハンバーガーにかぶりついた。




