頼み
「何故?こんなものを持っているのだ?」
「……。」
「まさか、何か大それた犯罪でも犯すつもりだった訳じゃないよな。」
「もちろん、当たり前です。」
ここは渋谷警察署。
4階の扉のない取調室らしきところで、私服の警察官2人に囲まれて、大田は恐縮した様子で大きな体を小さく丸めて座っていた。
何故こんなことになったかと言うと、大田はアルバイトに向かう前に渋谷に本を買いに来たところ職務質問にあい、大田のトレードマークとも言える大きなリュックサックを開けられ、中からサバイバルナイフがでてきたので、銃刀法違反容疑で警察署に連れてこられていた。
「すみません。アルバイトの時間に間に合わないんですけど……。」
大田は恐る恐る前に座っている担当の警察官に言った。
「何言っているんだ?君は?こんな物を持っていたら、今日中に帰れるかどうかも分からないぞ。」
前に座る警察官は、あきれたような口調で言った。
それを聞いた大田は突然怖くなって聞いた。
「そんなに大変なことなのでしょうか?」
「そうだよ。」
「別に何か犯罪を犯した訳でもないのに?僕が何か悪いことをしたのですか?」
警察官はため息をつくように一呼吸おいてからまるで子供を諭すかのように話し始めた。
「君ね。これは立派な犯罪なんだよ。法律を犯すという事は、善悪とか良心とかそんなことは関係ないんだよ。悪いことというのは君が決めることではなくて、法律が決めることなんだ。」
「ああそうですか。」
今度は大田があきれたようなふて腐れた態度で、机に頬杖をついて返事をした。
いちいちビクビクとして、この男に対して丁寧な態度をとっているのが、馬鹿らしくなったのだ。
世の中にはもっと重大な事件がたくさんあるはずだ。自分はただの趣味でそれを持っていただけなのに。重大な犯罪者のように扱われる。もう何を言っても無駄だ。アルバイトはあきらめよう。とにかく早くすませてここから開放されよう。余計なことを言っても腹が立つだけだし、時間の無駄だ。
通り一辺倒の取調べが終わり、大田が開放されたのは7時間後の午後11時を過ぎた頃だった。身元引受人もなく(親に迷惑をかけたくなかったので、家族は居ないで通した。)住所もなかったので取り調べは長引いたが、結果は微罪で釈放。
とりあえずは開放されたが、確認の為アルバイト先に連絡され、そこで住所がないこともばれてしまった。
警察官の説明では前科にはならないが、前歴にはなるとの事だった。モチロン宝物だったサバイバルナイフは没収され、プレートを持って立たされ写真を取られ、両手の指紋も全てとられた。大田にとって初めての体験であり屈辱的だった。
多分もうアルバイトはダメだろうな。履歴書に嘘を書いていることがばれた訳で、東大とか本当の事を書いたにも関わらずそれも疑われてしまい、きっと恥ずかしいことになるに違いない。そんなことを考えながら電車に乗り、いつもの漫画喫茶へ向かった。
せっかく居場所を見つけられたのに、誠に残念である。
改札を出て、商店会を歩いていると大田の携帯が鳴った。普段滅多に鳴ることのない大田の携帯電話。きっとバイト先のご主人がクビの連絡でもしてきたのだろうと、大田はジャンパーのポケットから携帯を取り出した。
そして電話に出ようと、携帯の着信表示を見た大田は少し驚いた。
ユウからである。
ユウとはもう何ヶ月も連絡を取っていない。一度大田からユウの携帯電話にメールをしたが、ユウから返事が来ることはなかった。
珍しい。
一体どうしたというのであろうか?
「もしもし?」
「もしもし。大田久しぶり。」
電話口からはユウのくぐもったような懐かしい声が聞こえた。その声は先ほどまでついていないと落ち込んでいた大田の心を少し晴れやかな気分にさせた。
「ああ、久しぶりだねぇ。どうした。元気?」
「まぁ、なんとか。そっちはどうだ?」
「俺は元気だよ。それにしても電話してくるなんて珍しいじゃないか。」
「あの、まあ……。それより大田は今何処にいるんだ?」
大田はユウの何か言いたそうな含みを持った言い方に、何かあったのかなと少し心配になった。
「俺?俺は相変わらずいつものとこだよ。」
「いつものとこ?蒲田か?」
「そうだよ。」
「なんだよ。大田旅に出るんじゃなかったのかよ?」
「まあちょっと、色々とあってね。ユウ君は今何やってるんだ?」
大田はユウと離れてからあった色々な出来事を思い出しながら言葉を濁し、すぐに話題を切り替えた。
「えっ。俺?俺は先月まで夜働いていたけど、今は仕事探し中だよ。」
「そうなんだ。大変だな。」
「大田は?」
「俺も似たようなものだよ。アルバイトはしていたけどもうダメかも知れん。」
「そっかぁ。相変わらず厳しいな。……あのさ、実は大田に頼みたいことがあって電話したんだよ。」
「頼みたいこと?」
大田は少し声をあげて聞き返した。




