犯罪
残金210円。
ユウにはもうお金がこれしかない。
「やってしまった……。」
次の収入のメドが立つ前に、生活費を全て使ってしまった。
もう漫画喫茶に泊まることもできなければ、飯も食えないし、移動する為の交通費すらあやしい。
ユウは三度どうにもならなくなった。
パチンコ屋を出て、右のポケットからタバコを取り出し、火をつけてもうすっかり暗くなった空に向かって、大きく煙を吐き出した。
5000円で最後の勝負に行ったのが、とても悔やまれた。
そんなお金で出ることなどありえないのを頭では分かっていながら、もう1000円だけと札は全てパチンコにつぎ込んでしまった。
奇跡を信じたかった。
奇跡などそうそうあるものでもないのに。
ユウの心臓は激しく音を立てていた。
ドゥクン。ドゥクン。
頭の血が体中に大量に吸われているようで、軽い眩暈がした。
運動不足のせいで腰も痛かったし、タバコの吸いすぎで肺と喉もやられているような気がした。仕事もせずに、パチンコやに入り浸るユウの体は限界にきているのかもしれない。
しばらくふらふらと商店街を歩きながら、ユウは不安とあきらめにも似た表情で、ついにここ数日考えていたことを、実行に移すことに決めた。
(もう犯罪しかない。)
ユウは確実にお金が減っていく中、生活費が無くなった時にどうするかをずっと考えていた。
自殺か犯罪。
その究極とも言える2択を決めかねて、悩んでいたのだ。
なんとかなる。
ある程度お金に余裕がある内は、真面目に働いて立て直そうと思っていたが、あまりにも面接に受からない。落ちた企業が10社を超えたあたりから、その2つのうちどちらかを実行に移すことを真剣に意識し始めた。
しかし、まだなんとかなる。もしかしたら……。今日こそ何かあるかも?などと考えているうちに、時間だけは過ぎて行き数日が過ぎてしまった。
そして現実になり、今その結論が出たのだ。
自分には死ぬ勇気はない。(それだけははっきりと自覚できた。)
面接に落ち続けているうちに何度も死にたくなったが、どうしても死への恐怖が拭えない。
宗教でもやっていて、ある程度でも死に対する知識があれば少しは違ったかもしれないが、無神論者であるユウには(死んだらどうなるのか?)などと考えただけでも恐ろしくてたまらない。
それでは、捕まるのも覚悟のうえで犯罪を犯してでも生きてやろうと決めた。
パチンコで負けて気分が高揚していたのも多少あるかも知れないが、ユウは今犯罪者になることを決意したのだ。
殺し以外は何でもやる。
ユウの頭に一瞬田村の顔が浮かんだ。
さて、犯罪をやると決めたはいいが、何からはじめれば良いのかまったく考えていなかったユウは、オドオドとしながらただ歩くだけだった。
これではいけないまず落ち着こうと考えて、なけなしのお金で自動販売機で暖かい缶コーヒーを買い、近くの公園のベンチに腰を下ろした。
その公園は団地の前にあり、暗くなったというのにまだ何人かの人がいた。ユウの目の前で中学生位の少年達が3人でサッカーボール蹴り合いパス回しをし、ユウの右側の少し離れたベンチには性別のはっきりしない老人が座っていた。
ユウは缶コーヒーに口をつけ、現状すぐできそうな犯罪を考えていた。
ベンチに座りコーヒーを飲むといくらか落ち着きを取り戻したようだった。
準備や道具にお金のかかるものはダメだ。何しろそのお金がないのだから、犯罪を犯すわけで…。
強盗、恐喝、スリ。
やるとしたらこのあたりだろうな。ユウは思いついたこの3つで計画を練る事にした。
まず強盗。
この中では一番大金を得られそうだが、これには「金をだせ。」と脅す何か武器のようなものが必要だった。
ピストルとか銃があれば一番良いのだが、そんなものはこの日本では手に入るわけはなく刃物で脅すしかないだろう。その刃物はどうする?
肝心の包丁を買うお金がないのである。
ということは喧嘩もしたことのないユウが恐喝をするにしても武器が必要であり、同様の理由で恐喝も保留。
すると必然的にスリになる。
相手にわからないように財布をする。これが現金を得るのに一番手っ取り早いし、罪の意識も少ない。何しろ被害者は気がつかないのだから。傷つけることもなければ、相手が恐怖に怯える表情も見なくてすむ。犯行後自分自身が、悩み怯えることも少ないだろう。
「スリだな。」
ユウは声には出さず呟いた。
狙うターゲットはほろ酔い気分で帰宅するサラリーマン。そのサラリーマンに不自然な形ではなく近づくには電車。
現在時刻は9時20分。
まだ少し早いな。
地下鉄の駅に向かいながら、ユウは時間を見て少し気になった。この時間の電車は込んでいるだろうか?
仮にターゲットが居たとしても、電車が空いているのに自然な様子で接近するのは、難しい。幸い今日は金曜日。確実に込みそうなのは終電だな。それまで電車に乗り時間を潰そう。ユウの中で着々と計画が具体的に練られていく。
地下鉄の改札の前まで来たユウは、思い出したように突然立ち止まった。
ここにきて、重大な問題に気がついたのだ。
電車に乗るお金がない。
コーヒーを買ってしまったせいで、初乗り運賃すらなかったのだ。
ユウは無言のまま地下鉄の駅を後にした。




