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王妃になるはずだった  作者: 天川ひつじ
ケルネ=オーディオ
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第16話 ケルネ=オーディオ

「クララ様、クララ様!」

驚いたケルネが席を立って慰める。

クララは、自ら取り出したハンカチで涙を押さえながら、泣きながら笑った。

「私、心、苦しくて、でも、良かった、ケルネ=オーディオ様」

「ケルネ=レイトです」

「ケルネ=レイト様」

クララは、ケルネの腕を抑えた。そっとした、見習いたいほどの女性らしい仕草だった。


「有難うございます。私・・・精一杯オーギュット様に、お仕えいたします」

「・・・」

クララは言葉に困ってヒューエン様を見やった。

ここで『お仕えいたします』という言葉は何か違う気がする。

でも、平民と元王族だからそれでいいのだろうか。

身内のウイネお姉ちゃんとジョージ様は仕える仕えないの状態では無かったはずだが。あそこはジョージ様が色々面倒くさがりだから比較しようがないのか。


ヒューエン様は呆れたようにケルネには肩をすくめて見せて、クララ様には優しくこう言った。

「クララ=リェマ様。私たちは王宮からの使いです。オーギュット様とのご婚約、誠におめでとうございます。どうぞ幸せになられますように」

「ありがとう、ございます」


結局、ケルネはクララ様をなぐさめる事になった。

全く知らなかったけれど、この人もずっと悩んできたのかもしれないなと、ケルネは思った。


オーギュット様は今度こそこの人を大切にしてほしい。


不敬ながらも、ケルネはオーギュット様に命令するように心の中で念じていた。


***


「最後のお勤めは、どうだったかな」

「はい。思い出深い訪問内容になりました」

「だろうね」

「いつから訪問が決まっていたのですか」

「話があったのは先週だよ」

「そうですか」


帰りの馬車で、ヒューエン様が時計を見た。

「おや、もうこんな時間だ。少し長居が過ぎてしまったな。どうする。このまま家に送ろうか。荷物は後で届けさせよう」

「・・・いいえ。最後の日なのです。王宮に戻り、お別れをさせていただけませんか」

「なるほど、それも良いだろう」


馬車に乗せられて、ケルネは王都の夕日を見る。様々な人々が行き交っている。当たり前の一日。

でも、もう終わるのだ・・・。

長かった。と言っても、王宮に勤めてから5年なのだけれど。感慨深い。


「きみは、良くも悪くも、お姉さんがいたからこそこのように生きている」

ヒューエン様が、夕焼けを見つめているケルネを見て、そのように言った。

「お姉さんとオーギュット様の事があったから、きみはこの地位を手に入れた。見事だよ。宰相パスゼナ様が努力を好む人物であったとはいえ。本来は王都を追われていてもおかしくないほどの事を、きみのお姉さんはしでかしたのだがね」


「・・・」

「お姉さんが現国王陛下の婚約発表の場に乱入したのは、もう、17年も前になる。あの時、私もあの場にいた。度肝を抜かれたよ。書類上は取るに足らない小娘だったのが、いやはや。きみにだから言うが、オーギュット様があの場にまで引き上げ、彼女を育ててしまったように、私には思えたよ」

ヒューエン様が昔を語る。


「あんな事を引き起こしたのに、きみは、王宮に勤めあげた」

「・・・はい」


「よくやった。見事だ。未だに姉を慕うという問題児ながら、よく働いてくれた」

「ヒューエン様のご指導のお陰です」


「はは。そうだな。指導と同時に監視のお陰」

「・・・そうですね」


馬車が王宮につく。多くある入り口の中、裏方の仕事を行っている者がよく使う古い大きな地味な門の入り口に到着する。


「・・・結局、きみはお姉さんにたどり着かなかった」

馬車から降りようと動きながら、ヒューエン様がこう言った。扉が開けられる。ヒューエン様が先に降りる。

ヒューエン様が振り返り、ケルネに手を差し出す。

「失踪からは、15年。・・・もう忘れて、幸せになんなさい」

「・・・お言葉、肝に命じます」


はは、とヒューエン様が軽く笑った。

「そこまで重大に受け取らんでも構わない」

頭を軽く下げて、ケルネはヒューエン様の手を支えに、馬車を降りた。


***


ケルネは、王宮仕えを、止めた。

いつもより帰宅が遅くなったケルネを家族は心配して迎えてくれて、最後だからと馬車で送りなおしてくれたヒューエン様に皆で頭を下げてお礼を伝えた。


家族でご飯を食べて、息子を寝かしつけて、義母の体調を伺って、お店の方の様子を聞いて。

一息ついて、ケルネはフゥと窓の外を見た。

店の二階。もう暗くて星が見える。

同じ部屋で息子が寝ている。夫は明日の準備がもう少しあって一階にいる。この家は広くて、別棟に長男家族が暮らしている。大きな、家族経営の店なのだ。


明日から、ケルネは店の一員として働く。


『もう忘れて、幸せになんなさい』

ヒューエン様の言葉が蘇る。


***


学校で立身出世を目指したケルネが、多くの中から王宮に勤めたいと思い始めた理由は、イセリちゃんの行方を知りたかったからだ。

オーギュット様が言った、宰相パスゼナ様が教えてくれたという『田舎の平民と結婚した』という以外の情報が全くなかったのだから。


でも、あれから、何も掴めなかった。


***


イセリちゃん。

どうしていますか。


どうして連絡をくれないのかな。

今更迷惑をかけられないと思っている?

結婚したのは本当だよね?

パスゼナ様の嘘じゃないよね?

・・・ちゃんと、生きているよね?


会いたいよ。

笑顔が見たい。もう一度会いたい。


知りたいことが、沢山ある。伝えたいことも、沢山あるよ。


お父さんとお母さんは、お兄ちゃんに店を任せて引退したよ。

お婆ちゃんが亡くなったから、お爺ちゃんと暮らすために田舎にいった。


イグザお兄ちゃんは、店主になった。

お嫁さんがいなくて、王宮でできたお友達をイグザお兄ちゃんに紹介したけどうまく行かなかったんだ。もう独りが気楽なんて言ってるよ。

お店はウイネお姉ちゃんの子どもに継がしたいなんて言ってるんだよ。


ウイネお姉ちゃんは、お嫁さんになって、旦那さんと一緒に馬を乗りこなしたり。

変な面白い旦那さん。幸せそうだから安心してね。

今は妊婦さんだから、さすがに馬は止めてるよ。

ウイネお姉ちゃんも、イセリちゃんを気にしているんだよ。旦那さんから調べてもらえないか頼んだけれど、難しいって言われて・・・。


クルトお兄ちゃんは、時計の修理屋さんの娘さんのお婿さんになったよ。時計屋さんを継ぐ予定だって修業を頑張っているところ。

クルトお兄ちゃんは、イセリちゃんについて一番心配してないかもしれない。どうせ元気にやってるだろ、だって。

イセリちゃん、どう? 元気、だったらいいと、願ってる。


イセリちゃん、どうしていますか?


オーギュット様がご婚約されたよ。今日会ったクララ様は、全然、イセリちゃんとは違うタイプ。

イセリちゃん・・・。もう、どうでも良い話かな?


私はね。

あれから、学校に行って、親友ができて、貴族の皆様と仲良くできて。

家と店の名誉のために、給料のために、王宮に勤めたんだよ。

下心があったんだよ。イセリちゃんの事、分かるかなって思ったの。


でもね。もう、それも今日で終わったんだ。

私ね、結婚して、子どもももういるよ。可愛いよ。

明日から、お店で頑張るんだ。


・・・イセリちゃん。


ごめんね。気にしてるよ。ずっと気にしてるけれど。

もう、積極的に、探すのは、無理そうだから。


ごめんね。


どうか、元気でいて。幸せでいて。


どうか、便りを、送ってきてほしい。


どうか、無事で暮らしていて。



私たちは、なんとか皆、元気で幸せに、暮らしているよ。

『王妃になるはずだった 「ケルネ=オーディオ」編』 おわり


ご愛読皆さま有難うございました。

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