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人工的死産。

「あの時、私が帽子を触った……だから、貴女は私に会うために……意図的に髪飾りを私に落としたのね」


 エティは、獣人である。

 今でこそ切ってないが、彼女もまた昔は、頭部に獣耳が生えいて、ユーナの様に変装、帽子などで隠して外を出歩いていたのだろう。

 それ故に、ユーナのとった、隠している耳を気にする行動から同族だと思われたようである。


「フフフッアハ、気づいたは初めてよぉ、すごいわぁ。いいわぁ~やっぱりぃ♪」


 数秒、数分と続いた根競べの様な不気味な微笑みあいは、ユーナの指摘で終わりとなり、その結果をエディは恍惚を瞳に浮かべ頬を上気させながら興奮させ喜んだ。


「初めてぇ、窓からアナタを見た時から、今までのとは、何か違うって思ってたんだけどぉ~、やぁっぱりぃ~いいわぁ。わざと髪飾りを落とした事にも気づいてたのぉねぇ。いつもは、もっと安物の小物でぇするんだけどぉ、今回はぁどうしてもぉアナタに会いたかったからぁ、奮発したのよぉ」


 髪飾りを愛おしそうに触れながらエディは続ける。

 小物が多ければ掃除がしにくくなるにもかかわらず、私室に、特に窓辺に、やたら飾られているのは、この罠を何度か繰り返しているからかと、ユーナ納得する。


「ねぇ、アナタ遊郭ここでぇ働かない。いいえぇ、アタイの跡を継いで楼主、ここのトップになる気は無い?」


「そうすることで、私にどんな利益メリットがあるの?」


 上機嫌なエディとは対照的に、先ほどまでの愛らしい微笑から一変、冷淡な顔つきでユーナは問いかけた。


「ここは、ルールを守って働きさえすれば、ちゃんとお給金もでるしぃ、好きに使っていいわ、そのお金を。楼主ともなれば、さらにその額は跳ね上がるわぁ。もちろん、そしてぇ、奇異の目で見られらり迫害もぉされないわぁ。私たちキメラはぁ、生れた時から自由を、そして、命さえもぉ奪われ、脅かされてるでしょぉ?」


 髪飾りから今度は、赤毛を指でクルクルと弄りながら、さらにエディは饒舌に語る。


「まず、生まれてきた時ぃ~、アタイらみたいなキメラだったら、人間の親達はぁ”意図的・・・に死産”にするわよねぇ。知ってたぁ? 目も開かない赤子を、ねぇ、死んだ事にするのよぉ。だって、キメラが身内に生まれたなんて、彼らにとって恥以外何物でもないからねぇ。さらにぃ、運よく死産にされなくてもぉ、影で奴隷としてぇ売られたりぃ、運よく生み親に育てられていてもぉ悪漢に攫われたりぃしてぇ裏社会で取引されるのよぉ。遊郭ここの娘の大半はぁ、そんなぁ金持ちの暴力からぁ逃げてきたりぃ、奴隷市場から先代がぁかったけたりぃしてるのよぉ」


 無意識にユーナは眉を顰める。

 辺境の田舎町育ちの彼女に、そこまでひどい話は耳に入っていなかった。

 彼女が祖父から聞いたのは、異種族の特徴の子、キメラはその特徴を有する国へと移住させるといった話であった。

 が、表向きは、そうであっただけなのかもしれない。

 世の中綺麗ごとだけでは、生きていけない。

 キメラの子が、生まれたという事は、つまり自分または、配偶者の血に異種族の血が混じっているということであり、それが世間にばれたとしたら、冷遇される事となるだろう。

 普段の付き合いこそ、表面上変わらなかったとしても、婚姻では一族を巻き込んで支障をきたすのは目に見える。

 誰もが、わざわざリスクを負いたくは無いのだろうから。


「ルールというのは……成人の時に」


「そう、さすが察するのが早いわねぇ。成人して、客をとる前にね、異種族である特徴を消してるのよぉ。そうしなきゃばれちゃうでしょぉ。アタイみたいな獣人はぁ耳と尻尾を、翼人はぁ翼を切るわぁ。魚人のこはねぇ、一番大変なの。薬で目をつぶすわぁ」


「……そんな事しても大丈夫なの?」


「すぐには死なないわよぉ。ちゃんと消毒とか医療処置するしぃ」


「でも、魚人の子は……」


「目をつぶすってことわぁ、視界が無くなるって事だからねぇ~。前々から目を瞑って訓練しとくのよぉ。そうしとけばぁ、成人後も楽になるから」


 この部屋まで案内をしたフリティラが常に瞳を見せなかったのもこの為か、とユーナは思い返す。


「別に遊郭ここにいるように、強制してないわよぉ。ただねぇ、外の厳しさから逃れてきたは、もうここの自由な場所から抜け出せないのぉ」


「そんなっ自由の為に耳や翼、目を無くして……」


「体の一部を失ったとしても、奴隷としてぇ殴られ虐げられるより、快楽を売りながらここで暮らす方がはるかに幸せなのよぉ」


「……さっき、すぐには死なないって言ったわよねぇ?」


「そうさぁ、すぐには死なない。ただ、短命にわなるわね。普通の人間の半分まで生きれば、長命。せいぜい三分の一って所が、平均よ」


 この建物で出会う人が皆、若いわけはこの為かと、納得である。

 老いて、現役を去ったのではなく、老いる前に死んでしまったのである。


「短命になるのはぁ……精霊様に背く行為だからぁねぇ。こっちからしたら、精霊様なんて、こんな体にした不幸の根源でぇ、祈るどころか、シバキ倒したい位のぉ憎い存在なんだけどねぇ~」


 国教、いや各国の宗教の起源であり、崇拝の対象を変わらぬ甘い口調でエティは、語る……が、目には深い影を宿していた。


「私からは何も情報を開示しないのに、そんなによく話すのね」


 簡単に内情を暴露するなんて、惑わす気だろうか、とユーナはさらに警戒色を強める。

 情報は、道具にもなり、さらに武器にもなる。

 人間の国でキメラでありながら、これほどまでに繁盛した遊郭を経営する手腕を持つ女が自分の利益の無い話を、いやそれ以上の事。自分が不利益になる話をベラベラと話すのは、可笑しいと緊張を高める。


「やぁねぇ~、そんなに怯えないでよぉ。まるでぇ、天敵にあった子猫みたい」


 紅をひいき艶やかで張りのある唇から語られる言葉がさらに続く。


「アタイとしては~、愛らしい容姿、恵まれた服を身にまとって、明晰なぁアナタが……常に何かに脅え、用心してるようで、心配だぁからぁ声をかけ、話をしたのよぉ。ねぇ? アナタ、今の状況がぁ、今住んでる場所がぁ合ってない、心から信頼きる仲間なんていないんじゃない? アタイらキメラは、外では、いつもそうだからさぁ」


 ユーナの心の奥を見透かすかの様に、エティは微笑む。

 常に「愛している」と囁きながらも、隠して事ばかりしているレイヴァン。

 そんな彼に絶対的に従事するスケティナとカクティヌス。

 高い医療技術を持ちながらも飄々と暇そうに過ごすカイル。

 そして、自分を攫い、己らの目的の為に利用しようとしていたザイン。

 そんな彼らの事が、ユーナの脳内を駆け巡る。


「ここはぁ、アナタの仲間、みんな同じ傷を負って生きているぅのよぉ」

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