第3話 生活用品
「さて、何を買うべきか……。」
真は、目の前に浮かぶショッピング画面を眺めていた。
アリバース。世界最大の殆どなんでも揃うと言っていいネットショッピングサイトだ。異世界に転生した自分が、なぜこんなものを使えるのかは分からない。しかし、商品を購入すると実物が手元に届き、代金は元の世界の銀行口座から引き落とされる。少なくとも、今のところはそういう仕組みらしい。
先ほど水を購入できたことで、喉の渇きはひとまず解消した。これだけでも大きな進歩だ。
だが、水だけでは生きていけない。食料も必要だし、日差しを避けて休める場所も欲しい。いつ魔物に遭遇するか分からない以上、最低限の備えもしておきたかった。
「とりあえず食料だな。すぐ食べられて、保存が利くものっと。」
真は検索欄に文字を入力した。
表示された商品を見比べながら、レトルト食品や缶詰、栄養補助食品などを選んでいく。調理器具も水道もない状況では、火を使わずに食べられるものが便利だろう。いくら食料があっても、調理できなければ困る。
飲料水も追加で購入した。一本だけでは心もとない。どれだけこの荒れ地を歩くことになるのか分からないのだから、余裕を持って確保しておきたいところだ。
次に、生活用品を確認する。
食器類、タオル、ウェットティッシュ、懐中電灯、救急用品。ほかにも必要なものは思いつくが、あれもこれもと買っていてはきりがない。今はあくまで最低限。実際に生活を始めてから、不足しているものを補えばいい。
「よし、こんなところか。」
真は購入する商品を確認し、注文を確定した。
画面に注文完了の表示が出た直後、足元に段ボール箱が現れた。
「うおっ、今度は箱ごとか!」
思わず後ずさったものの、箱は地面に置かれたまま動かない。恐る恐る開けてみると、注文した商品がきちんと入っていた。水も食料も、生活用品も、注文したとおりにそろっている。
真は商品を一つずつ取り出して確認した。缶詰のラベルも、食品の包装も、懐中電灯の箱も、見慣れた日本の商品そのものだった。
「すごいな。本当に何でも届くみたいだ。」
いや、何でもというのは言い過ぎかもしれない。少なくとも、今のところは注文した商品が問題なく届いているというだけだ。それでも、この状況では十分すぎるほど頼もしい。
真はさっそく缶詰を開け、食料を口にした。空腹だったこともあり、普段なら何とも思わないような味でも、妙においしく感じられた。
「はあ。生き返る。」
死んだあとに本当に生き返ったのだから、言葉どおりではあるのだが。
少し腹が満たされると、ようやく冷静に考えられるようになった。
水がある。食料がある。最低限の生活用品も手に入った。これなら、すぐに餓死したり、喉の渇きで動けなくなったりする事態は避けられそうだ。
もちろん、安心するには早い。寝る場所もなければ、魔物から身を守る手段もない。ここがどれほど危険な土地なのかも分かっていない。
それでも、何も持たずに放り出された当初と比べれば、状況はかなり改善した。
購入した物を全て収納した。たくさん購入したが一瞬で収納された。
容量を気にせず荷物を持ち運べるのなら、荒れ地を移動するうえで大きな助けになる。制限はあるものの、今の真にとっては十分すぎる能力だった。
「便利すぎるだろ、これ。」
容量は無制限らしいしし、収納した商品は重さを感じずに持ち運べる。荒れ地を移動するうえで、これほどありがたい能力はない。
こちらの世界の物は収納できない制限はあるが、今の真にとっては十分だった。
「これなら、しばらくは何とかなるかもしれないな。」
そう考えたところで、真はショッピング画面に目を戻した。
画面には、今回購入した商品の合計金額が表示されている。
水、食料、生活用品。どれも特別に高価なものではない。それでも、複数の商品をまとめて買えば、それなりの金額になる。
真は銀行口座の残高を確認した。
購入前の金額から、確かに代金分が減っている。
「ああ、そうだった。」
一気に現実へ引き戻された。
大学時代のアルバイトで貯めた金と、ブラック企業で働いて得た給料。使う暇がほとんどなかったこともあり、貯金はざっと500万円ほどある。
当面の生活費としては、かなり心強い金額だろう。
しかし、それは無限ではない。
水を買えば金が減る。食料を買っても減る。服や道具、薬を買っても減る。さらに、生活の基盤を整えるとなれば、テントや寝袋、調理器具なども必要になるかもしれない。
今はまだ、必要なものをそろえ始めたばかりだ。家を建てるにしても、まともな拠点を作るにしても、いくらかかるのか見当もつかない。
「このまま買い続けるだけじゃ、いつか底をつくよな……。」
500万円は大金だ。だが、収入が一切ない状態で使い続ければ、いずれ尽きる。
元の世界に戻れる保証はない。銀行口座に追加で入金する方法も分からない。仮にこの世界で商売を始めるとしても、売る物も、売る相手も、まだ見つかっていない。
つまり、どこかで稼ぐ方法を見つけなければならないのだ。
「早く人が住んでいる場所を探すしかないか。」
街や村にたどり着ければ、仕事を探せるかもしれない。冒険者ギルドがあるなら、依頼を受けて報酬を稼ぐこともできるだろう。元の世界の商品を売るという手もあるが、そもそも何が珍しく、何が価値を持つのかすら分からない。
問題は、ここからどうやって人里を探すかだ。
真は周囲を見回した。
視界の先には、乾いた大地と岩山が広がっている。人の足跡も、道も、煙が上がる集落も見当たらない。水源がどこにあるのかも分からない。
適当に歩き回れば、魔物に出くわす危険もある。食料と水があるとはいえ、無計画に移動するのは危険だった。
「うーん……。地図もないし、どうしたものか。」
考えても答えは出ない。
まずは身を隠せる場所を探し、周辺を少しずつ調べていくしかないだろう。幸い、アリバースが使えるかぎり、すぐに食料が尽きる心配はない。残高を意識しながら、慎重に行動すればいい。
真がそう考え、荷物を整理し始めたときだった。
「――誰か、助けて!」
突然、叫び声が聞こえた。
真は顔を上げた。
魔物の唸り声とは違う。はっきりとした、人間の声だった。
「今の、人の声か?」
耳を澄ますと、遠くから再び声が響いた。切羽詰まった叫び声に続いて、男たちの怒鳴り声らしきものも聞こえてくる。
人がいる。
その事実に、真の胸がわずかに高鳴った。人里につながる手がかりかもしれない。助けを求める声を無視するわけにもいかない。
だが、相手が複数いるらしいことは気になった。もし争いに巻き込まれたら、戦闘能力のない自分まで危険にさらされる。
「……どうする。」
真は一瞬だけ迷った。
自分の命を守ることが最優先だ。ここで無茶をして倒れたら、せっかく手に入れたアリバースも意味がなくなる。
それでも、声は続いていた。
「やめて! 誰か、お願い……!」
真は奥歯を噛みしめた。
「くそっ、見に行くだけだ。危なそうなら、すぐ逃げる。」
そう自分に言い聞かせ、叫び声が聞こえた方向へ足を向けた。
岩場を回り込み、できるだけ音を立てないように進む。声が近づくにつれ、男たちの会話も聞こえてきた。
やがて、大きな岩の陰から先をのぞき込んだ真は、思わず息を呑んだ。
そこには、数人の男がいた。
そして、その男たちに囲まれ、一人の女性が必死に抵抗していた。
「おい、何をしてるんだ……。」
真は思わずつぶやいた。
異世界に来て初めて出会った人間たち。しかし、その光景は、真が想像していた異世界の出会いとはまるで違っていた。
―――
今回の購入品
レトルト食品 1000円
缶詰 1000円
栄養補助食品 300円
水×2 200円
食器類 700円
タオル×4 1500円
ウェットティッシュ 300円
懐中電灯 1200円
救急用品 2000円
今回の購入合計
8200円
購入前の銀行残高
499万9900円
購入後の銀行残高
499万1700円




