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人類未踏の最深部に強制転移!――俺はこのダンジョンから生還する  作者: よみなぎ


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第5話「第60階層」

 第70階層の亀裂を越えてから、景色の見え方が変わった。


 岩壁に打ち込まれた杭。歩きやすいように削られた足場。何度も使われた野営跡。どれも、第80階層より下では見なかったものだ。


「こっち側は、人が来る場所なのか」


 そう考えるしかない。問題は、誰が来ているのかだ。


 第70階層の野営跡には、ディーンを含めて何人もの名前が残っていた。しかも『第7次調査』と書かれていた。


 ディーンは生還した。その後、仲間を連れて第70階層まで戻ってきた。そこまでは分かる。


「なんで?」


 そこから先が分からない。


 冒険者ギルドが公表している最深到達地点は第30階層だ。俺も第31階層への道なんて見たことがない。


 なのに、第70階層まで人間が来ている。


「帰れば聞けるか」


 今までなら、それで終わっていた。だが今は少し違う。


 帰れる。


 その可能性が、かなり高くなった。


◇


 第69階層へ上がった。


 階層計の《69》を見たとき、少しだけ笑った。


「普通に上がれるのかよ」


 第70階層の亀裂が嘘だったように、その先には普通の道があった。第68階層、第67階層と進む。


 魔物は相変わらず強い。だが、第100階層からここまで来た俺にとって、逃げること自体は難しくなくなっていた。


 どこを見れば危険か。どこなら隠れられるか。何を見たら引き返すべきか。考える前に体が動くことが増えている。


「慣れたくなかったな」


 そう言いながら、少し嬉しい。


 第66階層で大きな獣型の魔物を見つけたときも、慌てなかった。風向きを確認し、岩陰へ入り、通り過ぎるまで待った。


 昔の俺なら、もっと近づかれてから気づいていた。


 第30階層を歩いていたころの自分が、ずいぶん昔に思えた。


◇


 第65階層で、また人間の痕跡を見つけた。


「これ……掘ったのか?」


 岩壁の一部が大きく削られている。自然に崩れたものではない。一定の高さで横へ掘り進めた跡があり、床には砕けた石が残っている。


 壁へ近づくと、魔晶石が見えた。


 いや、残っていた。


 大半は抜き取られている。


「採掘跡?」


 第100階層から何度も見てきた。岩壁から露出した魔晶石を、俺もいくつか拾った。


 ここでは違う。誰かがわざわざ岩を掘り、魔晶石を取り出している。しかも少量ではない。


 周囲を調べると、足元に細かな欠片が落ちていた。採る価値がないと判断されたものだろう。


「選別までしてるのか」


 誰かがここへ来た。


 魔晶石を掘った。


 価値のあるものだけを選んで持ち帰った。


「……なるほど」


 ようやく1つ、分かった気がした。


 ディーンが第70階層まで戻ってきた理由。


 素材だ。


 第100階層の魔晶石を見た俺なら分かる。深い階層ほど、採れるものの質が上がる。


 ディーンは生還した。深層に何があるか知った。そして、戻ってきた。


「金か」


 妙に納得した。


「それなら分かる」


 俺は背負い袋を軽く叩いた。自分も第100階層から石を持ってきている。人のことを言えた立場ではない。


◇


 第63階層では、さらに露骨になった。


 岩壁に矢印が刻まれている。


『60』


「親切だな」


 従って進むと、途中で分岐があった。


『第三採掘区』


「区画まであるのか」


 俺が想像していたのは、ディーンが何人か仲間を集めて深層へ潜っている姿だった。


 だが、少し違うかもしれない。


 分岐の先を覗く。岩壁には採掘跡が広がり、足元にはツルハシで砕いたらしい石片が大量に残っている。


 さらに壁を見ると、文字が刻まれていた。


『第三採掘区 終了』

『良質のみ搬出』

『次回不要』


「……次回」


 俺は文字を指でなぞった。


 1度来て終わりではない。


 何度も来ている。


 必要な場所を調べ、採掘し、記録を残し、次の人間がそれを利用する。


「仕事じゃないか」


 思わず口にした。


 冒険ではない。


 誰かがここで、仕事をしている。


◇


 第60階層へ着いた。


《60》


「あと30階」


 第30階層まで、ついに半分になった。


 そして第60階層では、人間の痕跡を探す必要すらなかった。


 そこら中にある。


 岩壁の何か所もが大きく削られていた。採掘を終えた場所には印が刻まれ、まだ手をつけていない場所には別の印がある。


 広い岩陰には、何度も焚き火をした跡が残っていた。周囲の岩は座りやすい位置へ動かされ、壁際には使い切った松明の柄がまとめて置かれている。


 ただし、それだけだ。


 大きな設備はない。重い家具もない。ここへ来る人間が自分で背負えるものしか残っていない。


「……慣れてるな」


 何度も来るからこそ、余計なものを持ち込まない。


 採ったものは持ち帰る。必要な道具も持ち帰る。残っているのは、石と灰と、岩壁に刻まれた記録だけ。


 その記録が多かった。


『第一採掘区 完了』

『第二採掘区 継続』

『第四採掘区 品質低下』


 少し離れた壁には別の記録がある。


『第一班 搬出』

『第二班 採掘』

『第三班 護衛』


「班?」


 俺は立ち止まった。


 さらに下を見る。


 名前が並んでいる。


 1人、2人ではない。


 数える。


「……18人?」


 全員が同時にいたのかは分からない。それでも、ディーンが仲間を数人連れてきたという規模ではない。


 採掘する人間がいる。


 運ぶ人間がいる。


 護衛する人間がいる。


 役割まで分かれている。


「完全に組織じゃないか」


 もう疑いようがなかった。


 そして、名前の列の上に見覚えのある文字を見つけた。


『探索主任 ディーン・バルガス』


「主任……」


 俺はしばらく、その文字を見た。


 5年前、第30階層で消息を絶った上級冒険者。


 第100階層へ飛ばされた男。


 第90階層で『まだ生きている』と書いた男。


 第80階層に冒険者証を落とした男。


 第70階層の亀裂を越えた男。


 その男が今、第60階層で探索主任をやっている。


「出世したな、おい」


 笑ってしまった。


 生きているかもしれない、ではなくなった。


 少なくとも、この記録を残した時点では生きていた。それも、ただ生還しただけではない。


 戻ってきた。


 何度も。


 大勢の人間と一緒に。


◇


 野営跡の周辺をさらに調べた。


 岩壁には、採掘量らしい数字も刻まれていた。魔晶石、鉱石、魔物素材。俺には意味の分からない略号もあるが、何をどれだけ持ち帰ったのかを記録しているらしい。


 別の場所には日付が並んでいた。


 数か月前。


 その前。


 さらに前。


「今もやってるのか」


 5年前に一度だけ行われた探索ではない。


 続いている。


 今も。


 俺は岩壁を見上げた。


 人類の最深到達地点は第30階層。


 冒険者なら誰でも知っている。


 違う。


 少なくとも、事実ではない。


 第60階層まで、人間は来ている。


 しかも探索だけではない。採掘し、選別し、運び出している。


「じゃあ、なんで第30階層ってことになってる?」


 知られていないわけがない。


 18人。


 それだけでも十分多い。


 採掘した素材を地上へ持ち帰るなら、売る相手も必要になる。扱う人間もいる。


 それでも秘密になっている。


「隠してるのか」


 誰かが。


 意図的に。


 そこまで考えて、俺は首を振った。


「帰ってから聞こう」


 今考えても答えは出ない。


 ただ、1つだけ分かった。


 俺が帰る道はある。


 第70階層まで何度も人間が来ているなら、第60階層から先にも道がある。


 そして、その先には地上がある。


◇


 その日は、第60階層の野営跡を使うことにした。


 壁があるわけでもない。寝台があるわけでもない。ただの岩陰だ。それでも、何年も前の痕跡しかなかった深層とは違う。


 ここには、最近まで人がいた。


 俺は焚き火を起こし、保存食を取り出した。


「……もう少しまともなもの置いといてくれてもいいだろ」


 当然、誰も答えない。


 硬い保存食をかじりながら、背負い袋を見る。


 第100階層の魔晶石。


 第80階層付近で拾った素材。


 第70階層より向こうでは採れないものばかりだ。


 俺は岩壁の採掘記録を見る。


「これ、いくらになるんだろうな」


 第65階層の素材を、これだけの人数で採りに来る。


 なら、第100階層から持ってきたものは。


「……いや、帰ってからだ」


 今度こそ、それを本気で考えられる。


 帰った後のことを。


 金を受け取る。うまいものを食う。何日か仕事を休む。


 ロイドたちに文句を言う。


 ミナには心配をかけたと謝る。


 ガレスには酒を奢らせる。


「帰ろう」


 俺は残りの保存食を口へ放り込んだ。


 第60階層。


 ここはもう、人間の世界だった。


 第30階層まで、あと30階。


 そして地上へ帰る前に、もう1つ知りたいことができた。


 誰が、何のために、この場所を隠しているのか。


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