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【第二章完結・第三章開幕】無属性の落ちこぼれ追放令息は、失われた魔法《原初式》を読み解く ~世界の魔法は、最初から間違っていた~  作者: 刈谷るあ
冒険者編

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第67話「重ねる」

 何を見せるかがいつまでも決まらなかった。

 催しまで、あと八日。舞台に立つと決めたはいいが、そこから先で足踏みしている。絞りの火は見せれば必ず、クレイのような目に引っかかる。あの痩せた男の探る手つきも、きっと同じものを嗅ぎ当てる。あれは切り札であると同時に、僕の首筋に当てられた刃でもあった。晒すわけにはいかない。

 では、ほかに何がある。

 寝台に転がったまま、僕はここ数年で覚えたものを指を折って数えてみた。集める、ほどく、火、それに風。身体強化。並べてみて、はたと気づく。僕はずっと火ばかりを見てきた。風は覚えたきりで放ってあった。

 風はずっと持て余していたのだ。

 初めて風を起こしたのは、街道でグレートボアに追われたときだった。格上の風使いの流れを丸ごとなぞって、どうにか形にした。けれど、あれから先へは進んでいない。起こせはするが、向きを束ねられない。使いどころのわからない粗い風のまま、落書き帳の隅で埃をかぶっていた。

 ふと、あの男のことを思い出した。

 山の裾で、丸腰のまま格上の黒い獣を片づけたときのことだ。あのとき男は、火だけでも風だけでもなかった。流し、火柱、水の刃、雷――いくつもの流れをひと息のうちに重ねて継いでいた。ひとつの大技で押し切ったのではない。手持ちの流れを次々と組み合わせ、継ぎ足していたのだ。あのなめらかさを、僕はただ格の違いとしてしか見ていなかった。

 だが、いま思えば、あれは格の話だけではなかった気がする。

 鉄輪のクレイは、雷ひとつを撃てば魔力が空になった。シェナは傷を治すことに長けていたが、火は起こせない。現代の魔法使いは、生まれついた一つの属性を生涯かけて磨く。持っているのは一枚の札だ。よく研がれた鋭い一枚。けれど、一枚は一枚でしかない。

 僕の火は、あの人たちの一枚に比べれば粗くて頼りない。風はもっとひどい。だが、僕には火があり、風があり、身体強化があり、剣がある。一枚では勝てなくても、何枚かを同時に切れるなら――話は変わってくるのではないか。

 一つずつ順番に使う。それが当たり前だと、いつのまにか思い込んでいた。誰に教わったわけでもない。ただ、そういうものだと決めてかかっていた。

 重ねれば、どうなる。

 考えはじめると、じっとしていられなくなった。


 その日の夕方、僕は城下を出て川べりの荒れ地へ足を向けた。

 人の来ない場所だ。枯れ葦が腰の高さまで伸び、風がよく通る。ここでなら、火を絞ろうが風を暴れさせようが、誰の目にも触れない。

 まず、身体強化と風を重ねてみることにした。

 脚に心臓から巡らせた流れを乗せる。地を蹴る。同時に、背中のうしろへ風を起こして押してもらう。追い風を自分にかける。頭のなかでは単純な話のはずだった。

 結果は、無様なものだった。

 起こした風は、背中ではなく右の肩口から吹いた。体がぐらりと横へ泳ぐ。強化した脚だけが勝手に前へ出て、上と下がばらばらになった僕は、そのまま枯れ葦の中へ盛大に突っ込んだ。口に土が入る。

 風の向きが束ねられない。

 グレートボアのときから、まるきり変わっていない弱点だった。走りながら、脚に流れを乗せながら、同時に背中へ狙って吹かせるなど、いまの僕には荷が勝ちすぎていた。二つの流れを同時に保つのが、これほど難しいとは思わなかった。脚に気を取られれば風が散り、風に気を取られれば脚の流れが薄くなる。汗が噴き出し、魔力は一つずつ使うときの倍の速さで減っていく。

 それでも、日が沈みかけたころ、一度だけ、噛み合った。

 地を蹴った勢いに、うしろからの押しがぴたりと乗る。体が矢のように前へ跳んだ。いつもの倍は進んだと思う。着地しそこねて派手に転がったが、痛みより先に、胸の奥が熱くなった。まぐれで一度と、いつでも出せるのとは、天と地。あの男の言葉が、また耳の奥で鳴った。それでも、一度でも噛み合ったという事実は大きい。できると分かってしまえば、あとはできるようになるまで繰り返すだけだ。


 走るのはいったん切り上げた。次は、剣を使ってみることにした。

 山刀を抜く。刃に薄く風をまとわせてみた。面で吹かせるのではない。刃の縁に沿わせて、細く、鋭く。枯れ葦の束へ振り下ろすと、いつもより深く、すっと切れた。手応えが軽い。風の薄い膜が、刃の通りを助けている。走りながら二つを操るのに比べれば、止まって刃に添えるだけのこれは、ずっと御しやすかった。

 次は、火を刃に添えてみた。

 これは、ひやりとした。まとわせたつもりの火が、柄のほうへ這い上がってきたのだ。握った手を焦がしかける。慌てて振り払った。何度か試すうちに、刃の先の一寸だけに火を留めるやり方をなんとなく掴んだ。掌からいちばん遠い場所へ火を追いやってやればいい。枯れ木に振り下ろすと、切り口がじりっと焦げて、細い煙が上がった。斬ると同時に、焼く。まだ十のうち二つか三つの出来だが、手応えはある。

 ただ、これは見世物には向かない、とすぐに思った。

 傍目には剣を振っているだけにしか見えない。派手さがない。舞台の上で、遠くの客の目を引くには地味すぎる。だがその地味さは、裏を返せば都合がよかった。剣に何かを乗せていると、人はまず気づかない。乱戦のさなかにしれっと紛れ込ませれば、切れ味が上がったのも、傷口が焦げたのも、たまたまだと思うだろう。これは人前で掲げる看板ではなく、懐に忍ばせておく隠し札だ。一人のときに磨いて、いざというときに、そっと切る。そういう手として、しまっておけばいい。


 だが、刃に乗せられるのなら、と、そこで手が止まった。

 乗せる相手は、剣でなくてもいいはずだ。

 思いついて僕は掌に火を灯した。いつもの、面で当てる太い火。それに向かって横から風を送り込んでみる。刃の縁に沿わせたのと同じ要領で、今度は炎そのものへ、風を継ぐ。

 最初の一度は、あっけなく吹き消えた。

 風が強すぎたのだ。火は、蝋燭を吹くのと同じで、勢いよく煽れば消えてしまう。もう一度灯して、今度はそっと、下から撫でるように風を添える。すると――炎が、ぶわりと横へ広がった。

 息を呑んだ。

 掌の上の小さな火が、風に乗って薙ぐように伸び、僕の背丈ほどの幅で枯れ葦の一列をいっぺんに舐めて焦がした。太い火を一点に当てるのとは、まるきり別の絵だ。狭く深く穿つ絞りとは、正反対。風が炎を運び、面から面へと燃え移らせる。一発で、広い。

 太い火は一点を灼く。絞りはその一点をさらに研いで穿つ。この火はどちらとも違った。狭く鋭いのではない。広く薄く、面で焼く。群れを一度に薙ぎたいとき。守るものが後ろにいるとき。こういう火が要る日は、きっと来る。

 これだ、と思った。

 もっとも、うまくいったのは、それきりだった。次は風がまた火を消し、その次は炎が僕のほうへ巻き返して、前髪をちりちりと焦がした。風の匙加減が、どうにも掴めない。強すぎれば消え、弱すぎれば広がらない。そのあわいの、ほんの細い幅を狙って風を継ぐ。言うのはたやすいが、指の先はまだそこに届かない。火は消えたがり、風は広がりたがる。その二つの我を同時になだめる術を、僕はまだ持っていない。ちょうどよく撫でてやれた、あの一度きりの手応えを、体は覚えているのに、二度と同じにはなぞれない。まだ十のうち、二つ。それでも、広く燃える炎を、この手で一度は起こした。まぐれの一度は、いつか出せる一度の、はじまりの合図だ。


 草の上に腰を下ろして、暮れていく空を眺めた。

 催しで見せるなら、これだ、と思う。火に風を重ねた、広く薙ぐ炎。派手で、遠くからでもよく見えて、それでいて"箱の中"に収まっている。傍から見れば、火と風を巧みに操る二属性の剣士だ。絞りの鋭さのように、見る者の背筋をざわつかせることもないだろう。急所を晒さずに、よっぽどのものに見せる。剣に乗せる細工は懐へしまい、舞台では、この広い炎を掲げればいい。

 見せる札と、隠す札。手が増えれば、その振り分けも要る。派手に掲げるものと、誰にも見せずに磨くもの。どちらも同じ僕の手だ。違うのは、出す場所だけ。おかしなものだと思う。真ん中にある絞りの火は、いちばんの切り札のくせに、いちばん人前に出せない。強い手ほど、深く隠さなければならない。

 もっとも、いまの出来では、まだ見世物にもならない。

 風は火を消すし、下手を打てば自分が焦げる。八日で、どこまで詰められるか。間に合わなければ、また別の手を考えるまでだ。

 不思議なものだと思う。強くなる道は、いつも同じ形をしている。派手な近道はどこにもない。できないことを並べる。そのひとつを、できるかできないかの瀬戸際まで運ぶ。運びきったら、次のひとつへ移る。それだけだ。灰の村で棒きれを握らされたあの日から、僕のやっていることは何も変わっていない。握るものが棒きれから、火や風に変わっただけだ。

 覚えることはまだいくらでもある。それが、少しうれしかった。天井が見えないというのは、裏を返せば、どこまでも伸びていけるということでもある。母がどこの誰で、この空白に何を遺したのか。その答えへ届くには、まだ足りない。足りないなら、増やすしかない。今日はたしかにひとつ、手が増えた。それでいい。

 立ち上がると、脚がまだじんと痺れていた。一度だけ噛み合った、あの矢のような跳躍の感覚が、体のどこかに薄く残っている。汗と土にまみれた体で、僕は城下の灯りへ引き返した。腹が減っていた。傷はあとで洗えばいい。頭の隅では、明日はどの重ね方から試そうかと、もう次の段取りが動きはじめていた。舞台までは、まだ八日ある。八日もあれば、まぐれの二つを、三つにも四つにも育てられるはずだった。

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