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無属性の落ちこぼれと笑われた俺は、独りきりの古代遺跡で"本物の魔法"に目覚める ~世界の魔法は、最初から間違っていた~  作者: kariya


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第6話「黒い森へ」

 森へ行くと決めてから、僕はすぐには動かなかった。

 無属性で、非力で、魔法ひとつ使えない。そんな子供が、何の備えもなく魔物の森に踏み込めば、待っているのは死だけだ。それくらいは、わかっていた。

 だから僕は、いつものように——まず、観察することから始めた。


 数日かけて、村人たちから森の話を集めた。どの辺りで魔物が出るか。どんな獣がいるか。昔、森へ入った者がどこまで行って、どこで消えたか。断片を、落書き帳に書き溜めていく。曖昧な噂も、十も集めれば、輪郭が見えてくる。

 わかったのは、こうだ。森の浅いところは、まだ魔物が少ない。危険なのは奥。そして——魔物は、ここ最近、明らかに奥から浅いほうへ"押し出されて"きている。


「やめとけ」

 森の入り口で枝を削っていた僕に、ボルツが声をかけてきた。

「お前さんが森に何を期待してるのか知らんが、あそこは墓場だ。腕利きの猟師でも、奥へ行きゃ帰らねえ」

「……奥に何があるか、ボルツは知ってるの」

 彼は少し黙って、それから低く言った。

「昔の遺跡だ、ってのは聞く。だが、確かめた奴はみんな死んだ。確かめられた話は、つまり一つもねえってことだ」

 僕は、削った枝の先を見た。我ながら、頼りない手製の槍だ。

「それでも、行くのか」

「うん」

 ボルツは、長いあいだ僕を見つめていた。怒鳴るかと思った。けれど彼は、ただ短く息を吐いて、こう言っただけだった。

「……お前さんの命だ。好きにしろ。ただし、無理だと思ったら、迷わず引き返せ。死んだら、何も持って帰れねえぞ」

 それは、止める言葉ではなかった。生きて帰るための、たった一つの助言だった。


 翌朝、僕は森に入った。

 一歩進むごとに、腰の麻紐を木の幹に巻きつけ、印を残していく。帰り道を見失わないために。魔法が使えない僕にできるのは、こういう地道な工夫だけだ。賢さは、力の代わりにはならない。でも、命綱の代わりにはなる。


 森の中は、奇妙に静かだった。

 鳥の声がしない。虫の音もない。あるのは、自分の足音と、心臓の音だけ。木々の幹には、何かに引っ掻かれたような深い傷跡が、いくつも走っていた。地面には、白く乾いた小動物の骨。——この森は、どこか"壊れて"いる。直感が、そう告げていた。


 その時だった。

 背後で、枝を踏む音がした。

 振り返ると——いた。あの、灰色の獣。村を襲ったのと同じ、犬ほどの大きさの魔物。だが、こちらのほうが、ひと回り大きい。落ち窪んだ赤い目が、まっすぐ僕を捉えていた。

 逃げろ、と本能が叫んだ。同時に、それが無駄だともわかっていた。脚の速さで、獣に敵うはずがない。

 獣が、地を蹴った。

 僕は咄嗟に、手製の槍を突き出した。——だが、非力な子供の一突きだ。獣はそれを牙で噛み砕き、勢いのまま、僕を吹き飛ばした。

 背中から、地面に叩きつけられる。息が止まった。肩に、焼けるような痛み。爪が、浅く抉ったのだ。

 ああ、ここで死ぬのか。

 頭の隅で、妙に冷静に、そう思った。


 ——でも、その冷静さが、僕を救った。

 倒れた僕の手のすぐ横に、削りかけの枝が落ちていた。槍にしそこなった、ただの尖った木の棒。獣がもう一度飛びかかってくる、その刹那。僕は棒を掴み、力ではなく、ただ"角度"だけを合わせて、突き出した。

 自分から刺しに行くのではない。飛び込んでくる獣の、勢いそのものを、切っ先に乗せる。

 ぐじゅり、と鈍い感触。獣の喉に、棒が深く突き刺さっていた。獣の重さと速さが、そのまま刃になった。

 僕の力では、ない。獣自身の勢いだ。

 ——力がなくても、相手の力を、利用すればいい。


 獣は、痙攣しながら、動かなくなった。

 僕は、肩を押さえて、荒い息のまま、しばらく動けなかった。生きている。手が、震えていた。怖かった。本当に、死ぬかと思った。

 引き返すべきだ。ボルツの言葉が、頭をよぎる。無理だと思ったら、迷わず引き返せ。今が、まさにその時だ。


 立ち上がり、来た道へ踵を返そうとした、その時——

 僕は、気づいた。

 倒れた獣の、その向こう。木々が不自然に途切れた先に、何か巨大なものが、苔と蔦に覆われて、聳えていた。

 石。組まれた、石の壁。明らかに、自然のものではない。人の——いや、人ならざる何かの手によって、はるか昔に築かれた、巨大な建造物。

 遺跡だ。

 誰も帰らないと言われた、森の奥の古代遺跡。それが、こんな浅いところにまで、半分崩れて顔を出していた。いや、違う。森が痩せて、奥のものが、こちらへせり出してきているのだ。


 ふと、胸元が、温かくなった。

 母の形見の、銀の首飾り。それが、服の下で——確かに、ほんのりと熱を持っていた。遺跡に近づくほど、その熱が、強くなる。

 なぜ。どうして、母の形見が。

 痛む肩も、忘れていた。僕は、吸い寄せられるように、その石の壁を見上げていた。


 ——ここに、何かがある。

 僕の知らない、世界の"何か"が。

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