第20話「証明」
光が、爆ぜた。
首飾りを置いた石台から、青白い光が奔流となって噴き上がり、心臓の螺旋という螺旋をいっせいに駆け抜けていく。床も壁も、闇に消えていたはずの天井までもが、真昼のように白く輝いた。
そして次の瞬間、それは僕の中へ流れ込んできた。
今まで指先で、ほんのひと巻きだけ撫でていた流れ。それが今、堰を切ったように僕の体を通り抜けて渦巻いている。心臓に集まる世界の底のすべての流れが、首飾りを——僕を舵にして、どっと押し寄せてくる。
あまりの量に、息が止まった。握り拳ほどの渦で精一杯だった僕が、海のような流れのただ中に、丸裸で放り出されていた。
飲み込まれる。
そう直感した。この流れに意識を手放せば、僕という小さな器は、ひとたまりもなく流し尽くされる。
でも——これだ。これが、欲しかった力だ。
僕ひとりの渦では、世界の底になど届かない。けれどこの石台は、遺跡そのものの流れを、僕の手に握らせてくれる。あとはこの巨大な流れに、たった一つの言葉を教えるだけでいい。
『集める』。
ほどけかけた世界の底の封印を、もう一度、内へ。
僕は渦の中心で目を閉じた。
力むな。逆らうな。掴もうとするな。やることは、いつもの修行と同じだ。ただ、大きさが桁違いなだけ。
流れの向きに、意識をそっと重ねる。海のように巻くその渦の、外から内へ。ほどけたものを、もう一度中心へ。集めて、集めて、締めていく。
石台を通して、遺跡が応えた。
部屋いっぱいの巨大な螺旋が、ゆっくりと回りはじめる。壁を走る光の川がいっせいに向きを変え、最深部へ——あの赤い光のほうへと、収束していく。ほどけかけていた蓋が、軋みをあげながら、内へ、内へと巻き直されていくのがわかった。
その時だった。
最深部の赤い光が、ぐわり、と膨れ上がった。
締め直されることを拒むように。地鳴りが咆哮じみて大きくなり、赤い光が、僕の集めようとする流れを内側から押し返してくる。ほどこうとする力と、集めようとする力。世界の底で、目に見えない綱引きが始まった。
奥歯を、噛みしめた。
負ければ、蓋は弾け飛ぶ。僕はありったけを流れに注ぎ込んだ。体の芯の「何か」が、みるみる減っていくのがわかる。いつもなら、とっくに気を失っている量だ。井戸の底は、もうとうに見えていた。
それでも、止められなかった。ここで緩めれば、全部が無駄になる。村も、ボルツも、マルタも、何もかも。
底の、そのまた底を掻き出すように。空っぽの器の最後の一滴まで、僕は流れに乗せた。視界が白から黒へとにじみ、指先の感覚が遠のいていく。
——集まれ。
声にならない声で、僕は世界の底へ命じた。
ぐ……ん、と。
手応えが、あった。
ほどけかけていた蓋が、最後にひと巻き、きつく内へ閉じる。軋みが止まった。あれほど続いた地鳴りが、ふつりと途絶えた。
赤い光が、脈打つ速さをゆっくりと落としていく。膨れ上がっていた光がすぼまり、淀んだ赤が、深い眠りの色へと沈んでいく。
締まった。
封印が、もう一度、閉じたのだ。
その瞬間、遠く森のほうから伝わってきていた無数の獣の気配が、ふっと潮の引くように向きを変えた。
奥から手前へ、村のほうへと押し出してきていた力が、消えたのだ。行き場をなくした獣たちが戸惑うように足を止め、やがてもと来た暗い森の奥へと、ゆっくり引き返していく。
間に合った。
群れは、来ない。村は、誰ひとり欠けずに済む。
僕は——証明したんだ。
無属性の、落ちこぼれと笑われた僕が。世界の底を、この手で締め直した。
膝が、崩れた。
空っぽの体は、もう指一本動かせない。石の床に頬をつけ、僕は荒い息をついた。それでも胸の奥は、燃えるように熱かった。やった。やったんだ。
——でも。
沈んでいくはずの最深部の赤い光が、その奥で、ぎょろり、と動いた。
眠りの色へ落ちていく、淀んだ赤のいちばん底。そこに、ふいに、こちらを向く"眼"のような気配が生まれた。
締め直された蓋の、向こう側から。長い長い眠りを、たった今、子供の手で無理やり浅くされ、また押し込められた——その何かが。
誰が、やった。そう確かめるように。
その途方もなく巨大な意識のすべてが、僕ただ一人に向いた。
ぞ、と。空っぽのはずの背筋を、経験したことのない悪寒が駆け抜けた。
怒りでも、憎しみでもない。もっと静かで、もっと底知れない、ただ純粋な——"認識"。
お前を、覚えた。
言葉ではない。けれど確かに、そう告げられた気がした。
やがて光が、完全に沈んだ。
眼の気配も、消えた。あとにはただ、淡く脈打つ青白い心臓と、倒れ伏した僕だけが残された。
今のは、なんだったんだ。
薄れていく意識のなかで、僕はうまく考えられなかった。封印は締めた。村は救った。源は断った。なのに、どうしてこんなに、胸騒ぎがするんだろう。
まるで、眠っているものを叩いて、もう一度寝かしつけただけみたいな。根っこは何ひとつ終わっていない、みたいな。
石台の上で、母の首飾りが、約束を果たした鍵のように淡く光っていた。
母さん。これで、よかったのかな。
答えてくれる人は、いない。
最後の力で首飾りを握りしめ、僕は白く脈打つ心臓の中心で、意識を手放した。
頭上のはるか先で、村が無事な朝を迎えることも——まだ、知らないまま。
---
面白いと思っていただけたら、ブックマークや★★★★★評価・感想をいただけると、今後の執筆の励みになります!




