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【第二章完結・第三章開幕】無属性の落ちこぼれ追放令息は、失われた魔法《原初式》を読み解く ~世界の魔法は、最初から間違っていた~  作者: 刈谷るあ
村編

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第20話「証明」

 光が、爆ぜた。

 首飾りを置いた石台から、青白い光が奔流となって噴き上がり、心臓の螺旋という螺旋をいっせいに駆け抜けていく。床も壁も、闇に消えていたはずの天井までもが、真昼のように白く輝いた。

 そして次の瞬間、それは僕の中へ流れ込んできた。

 今まで指先で、ほんのひと巻きだけ撫でていた流れ。それが今、堰を切ったように僕の体を通り抜けて渦巻いている。心臓に集まる世界の底のすべての流れが、首飾りを——僕を舵にして、どっと押し寄せてくる。

 あまりの量に、息が止まった。握り拳ほどの渦で精一杯だった僕が、海のような流れのただ中に、丸裸で放り出されていた。


 飲み込まれる。

 そう直感した。この流れに意識を手放せば、僕という小さな器は、ひとたまりもなく流し尽くされる。

 でも——これだ。これが、欲しかった力だ。

 僕ひとりの渦では、世界の底になど届かない。けれどこの石台は、遺跡そのものの流れを、僕の手に握らせてくれる。あとはこの巨大な流れに、たった一つの言葉を教えるだけでいい。

 『集める』。

 ほどけかけた世界の底の封印を、もう一度、内へ。


 僕は渦の中心で目を閉じた。

 力むな。逆らうな。掴もうとするな。やることは、いつもの修行と同じだ。ただ、大きさが桁違いなだけ。

 流れの向きに、意識をそっと重ねる。海のように巻くその渦の、外から内へ。ほどけたものを、もう一度中心へ。集めて、集めて、締めていく。

 石台を通して、遺跡が応えた。

 部屋いっぱいの巨大な螺旋が、ゆっくりと回りはじめる。壁を走る光の川がいっせいに向きを変え、最深部へ——あの赤い光のほうへと、収束していく。ほどけかけていた蓋が、軋みをあげながら、内へ、内へと巻き直されていくのがわかった。

 その時だった。

 最深部の赤い光が、ぐわり、と膨れ上がった。

 締め直されることを拒むように。地鳴りが咆哮じみて大きくなり、赤い光が、僕の集めようとする流れを内側から押し返してくる。ほどこうとする力と、集めようとする力。世界の底で、目に見えない綱引きが始まった。


 奥歯を、噛みしめた。

 負ければ、蓋は弾け飛ぶ。僕はありったけを流れに注ぎ込んだ。体の芯の「何か」が、みるみる減っていくのがわかる。いつもなら、とっくに気を失っている量だ。井戸の底は、もうとうに見えていた。

 それでも、止められなかった。ここで緩めれば、全部が無駄になる。村も、ボルツも、マルタも、何もかも。

 底の、そのまた底を掻き出すように。空っぽの器の最後の一滴まで、僕は流れに乗せた。視界が白から黒へとにじみ、指先の感覚が遠のいていく。

 ——集まれ。

 声にならない声で、僕は世界の底へ命じた。


 ぐ……ん、と。

 手応えが、あった。

 ほどけかけていた蓋が、最後にひと巻き、きつく内へ閉じる。軋みが止まった。あれほど続いた地鳴りが、ふつりと途絶えた。

 赤い光が、脈打つ速さをゆっくりと落としていく。膨れ上がっていた光がすぼまり、淀んだ赤が、深い眠りの色へと沈んでいく。

 締まった。

 封印が、もう一度、閉じたのだ。


 その瞬間、遠く森のほうから伝わってきていた無数の獣の気配が、ふっと潮の引くように向きを変えた。

 奥から手前へ、村のほうへと押し出してきていた力が、消えたのだ。行き場をなくした獣たちが戸惑うように足を止め、やがてもと来た暗い森の奥へと、ゆっくり引き返していく。

 間に合った。

 群れは、来ない。村は、誰ひとり欠けずに済む。

 僕は——証明したんだ。

 無属性の、落ちこぼれと笑われた僕が。世界の底を、この手で締め直した。


 膝が、崩れた。

 空っぽの体は、もう指一本動かせない。石の床に頬をつけ、僕は荒い息をついた。それでも胸の奥は、燃えるように熱かった。やった。やったんだ。

 ——でも。

 沈んでいくはずの最深部の赤い光が、その奥で、ぎょろり、と動いた。

眠りの色へ落ちていく、淀んだ赤のいちばん底。そこに、ふいに、こちらを向く"眼"のような気配が生まれた。

 締め直された蓋の、向こう側から。長い長い眠りを、たった今、子供の手で無理やり浅くされ、また押し込められた——その何かが。

 誰が、やった。そう確かめるように。

 その途方もなく巨大な意識のすべてが、僕ただ一人に向いた。

 ぞ、と。空っぽのはずの背筋を、経験したことのない悪寒が駆け抜けた。

 怒りでも、憎しみでもない。もっと静かで、もっと底知れない、ただ純粋な——"認識"。

 お前を、覚えた。

 言葉ではない。けれど確かに、そう告げられた気がした。


 やがて光が、完全に沈んだ。

 眼の気配も、消えた。あとにはただ、淡く脈打つ青白い心臓と、倒れ伏した僕だけが残された。

 今のは、なんだったんだ。

 薄れていく意識のなかで、僕はうまく考えられなかった。封印は締めた。村は救った。源は断った。なのに、どうしてこんなに、胸騒ぎがするんだろう。

 まるで、眠っているものを叩いて、もう一度寝かしつけただけみたいな。根っこは何ひとつ終わっていない、みたいな。

 石台の上で、母の首飾りが、約束を果たした鍵のように淡く光っていた。

 母さん。これで、よかったのかな。

 答えてくれる人は、いない。

 最後の力で首飾りを握りしめ、僕は白く脈打つ心臓の中心で、意識を手放した。

 頭上のはるか先で、村が無事な朝を迎えることも——まだ、知らないまま。


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