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無属性の落ちこぼれと笑われた俺は、独りきりの古代遺跡で"本物の魔法"に目覚める ~世界の魔法は、最初から間違っていた~  作者: kariya


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第2話「いないもの」

無属性と判じられてから、屋敷の中で僕は"いないもの"になった。


 すれ違う使用人は、僕に気づくと一瞬だけ足を止め、それからそっと目を伏せて通り過ぎる。挨拶はしない。叱られるからだ。落ちこぼれに馴れ馴れしくする者は、この家では出世できない。誰もが、それを知っている。

 食事は、もう大広間には用意されなくなった。厨房脇の小部屋に、冷めたパンとスープが運ばれてくる。それを持ってくる役目は、決まって一番年下の下働きの子だった。誰も、貧乏くじを引きたくないのだ。


 不思議なもので、人は二週間もすれば、どんな扱いにも慣れる。

 慣れてしまう自分が、いちばん惨めだった。


 ただ一人だけ、僕を"いないもの"扱いしない人がいた。

 ハンナ。母が生きていた頃から仕えている、白髪の侍女だ。彼女は相変わらず、毎朝きちんと僕の部屋の扉を叩き、「おはようございます、レオン様」と言った。冷めたスープに、こっそり蜂蜜を一匙落としてくれるのも、いつもハンナだった。

「……ハンナは、怒られないの。僕なんかに構って」

 ある朝、僕がそう訊くと、彼女は皺だらけの手で僕の頭を撫でて、静かに言った。

「奥様にお仕えしておりました。奥様は、人を魔法の色で見るようなお方ではありませんでした」

 母の話を、ハンナは滅多にしない。

 僕も、母の顔を覚えていない。物心つく前に亡くなったと、それだけ聞かされている。屋敷には母の肖像画が一枚もなく、父はその名を口にすることすらない。まるで、母もまた、この家から"いないもの"にされたみたいに。

 ——なぜ。

 その問いだけは、無属性とは別の場所で、ずっと胸に刺さったままだった。


 父に呼ばれたのは、それからさらに数日後の夜だった。


 書斎に入ると、ヴァルド・アークライトは暖炉を背に、こちらを見もせず書類に目を落としていた。火属性の使い手である父の周りは、いつもほのかに暖かい。その暖かさが、今夜はやけに遠かった。

「東の、フェルローズ辺境領を知っているか」

 前置きもなく、父は言った。

「……名前だけは」

 国の東の果て。魔物が出る痩せた土地。流刑地と紙一重の、貴族なら誰も望まない領地。それくらいは、地理の授業で習っていた。

「あそこに、アークライト家の古い所領がある。今は代官に任せきりの、名ばかりのものだがな」父はようやく顔を上げた。その目に、怒りはなかった。あるのは、帳簿を締めるときと同じ、冷静な計算だけだった。「お前を、そこへやる。形の上では、所領の視察と管理だ。体裁は保てる」

 体裁。

 その一言で、全部わかった。

 無属性の息子を屋敷に置いておけば、家名に傷がつく。かといって、表立って追い出せば外聞が悪い。だから「辺境領の管理を任せた」という名目で、僕を遠くへやる。誰の目にも触れない場所へ。——これは、視察じゃない。体のいい追放だ。


「……いつ、ですか」

 声が、自分でも驚くほど平坦に出た。もう、震えなかった。たぶん、心のどこかで、こうなることを予感していたから。

「三日後だ」

 三日。

 十年暮らした家を畳むには、あまりにも短い。けれど父にとっては、長すぎるくらいなのだろう。

「父上」僕は、最後にひとつだけ訊いた。訊かずにはいられなかった。「母上は、どんな人でしたか」

 父の手が、止まった。

 ほんの一瞬、暖炉の火が揺れて、父の横顔に深い影が落ちた。怒りでも、悲しみでもない——もっと複雑な、名前のつけられない何かが、そこをよぎった気がした。

「……下がれ」

 返ってきたのは、それだけだった。


 書斎を出て、扉を閉める。

 廊下は冷えきっていた。父の部屋の暖かさは、扉一枚で完全に断ち切られていた。

 僕は、自分の手のひらを見た。魔法ひとつ生み出せない、空っぽの手を。この手で、これから、誰も助けてくれない場所で生きていかなければならない。

 怖くないと言えば、嘘になる。膝はまた、少し笑っていた。


 それでも——たったひとつ、確かなことがあった。

 ここを出れば、もう誰も、僕を"いないもの"扱いしない。

 なぜなら、その辺境には、僕を見下す相手すら、いないのだから。


 僕は、引き出しの鍵を開けた。

 燃やせなかった、あの落書き帳の束。荷物に入れるかどうか、少しだけ迷って——結局、全部詰めた。価値はない。役にも立たない。

 ただ、これだけが、僕が"僕だった"証拠みたいな気がしたから。

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