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無属性の落ちこぼれと笑われた俺は、独りきりの古代遺跡で"本物の魔法"に目覚める ~世界の魔法は、最初から間違っていた~  作者: kariya


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第12話「灯火」

 森を抜けた時、僕の足は、もう、感覚がなかった。

 それでも、止まらなかった。背後の森から、獣たちの唸りと、下生えを蹴散らす音が、津波のように追ってくる。獣のほうが、ずっと速い。けれど、あいつらは四方へ散り、僕は、麻紐の印を辿って、まっすぐ最短の道を駆けた。だから——ほんの少しだけ、先に出られた。

 村の石垣が、見えた。

「ボルツ! ボルツ——ッ!」

 僕は、声を限りに叫んだ。「魔物が来る! 森から、たくさん——!」


 畑から顔を上げたボルツが、僕の血相を見て、一瞬で、目つきを変えた。

「どれくらいだ」

「数えきれない! でも——っ」

 僕は、息を継いで、いちばん大事なことを、叫んだ。

「あいつらは、村を襲いに来るんじゃない! 森の奥の、何かから、逃げてるんだ! だから——正面から戦っちゃ、駄目だ!」

 ボルツの目が、すっと細くなった。怒鳴り返すかと思った。けれど彼は、僕の言葉を、まるごと、呑み込んだ。

「……続けろ。どうする」


 信じて、くれた。

 その一瞬が、かえって、僕の頭を冷やした。

「あいつらは、火を——光を、嫌う。逃げてるだけだから、逃げ道さえあれば、わざわざ火のある村へは、突っ込んでこない。だから、戦うんじゃなくて、村のまわりを、火で囲む。獣が、村を避けて、脇を通り抜けるように——村を避ける、道を、作るんだ」

 ボルツは、二秒、黙った。

 それから、雷みたいな声で、村じゅうに怒鳴った。

「聞いたか! 火だ! ありったけの薪と松明を、石垣の外に並べろ! 女子供は家の中で灯りを焚いて、戸を閉めてろ! 急げッ!!」


 村が、動いた。

 代読しかできない無属性の僕の言うことを、もう、誰も笑わなかった。男たちが薪を抱えて走り、女たちが火種を運ぶ。僕も、こしらえてあった松明を配り、火を置く場所を指していった。風上はここ、隙間はここを埋めて。観察してきたことの、全部が、今、役に立っていた。

 石垣の外、村の東側——森に面した側に、点々と、火が灯っていく。一つ、また一つ。

 炎の壁が、夕闇の中に、立ち上がった。


 間に合うか。そう思った、その時。

 森の闇が、ぐらりと、揺れた。

 あふれ出してきた。灰色の奔流が。木々の間から、無数の赤い目が、村へ向かって、殺到してくる。

 悲鳴が上がる。けれど——獣たちは、燃え盛る火の列の前で、いっせいに、たじろいだ。

 火を嫌う本能と、背後から迫る「何か」への恐怖。その板挟みの中で、獣の群れは、炎のない方へ、炎のない方へと、流れを変えた。村の石垣を、大きく避けるように、左右へ割れて、村の脇を、すり抜けていく。

 火の壁が、見えない手のように、奔流を、押し分けていた。

 ——通り過ぎていく。村を、避けて。


 誰もが、息を呑んで、それを見ていた。

 その時だった。村の、北の隅。火を置くのが、ほんの少しだけ、遅れた一角。そこに、小さな隙間が、空いていた。

 そして、その先に——逃げ遅れた人影が、一つ。マルタだった。火種の桶を抱えたまま、腰を抜かして、座り込んでいる。

 一頭の獣が、その隙間へ、すべり込もうとしていた。

 考えるより先に、僕は、駆け出していた。

 手にしていた松明を、隙間めがけて、力いっぱい投げる。非力な僕の腕だ。獣には、届かない。届かなくて、いい。

 炎の棒は、ちょうど、獣とマルタの、あいだの地面に、落ちた。

 火を恐れる獣は、その一本の炎に、びくりと足を止め——身を翻して、群れのほうへ、逃げ去っていった。

 僕は、マルタに駆け寄って、その震える肩を、抱きかかえた。

「……莫迦な子だ」

 マルタが、泣きそうな顔で、笑った。


 奔流が過ぎ去るまで、どれくらいかかっただろう。

 最後の一頭が村の脇を駆け抜け、西の闇へ消えていく頃には、東の空が、白みはじめていた。

 村は、無事だった。

 家畜が何頭か、柵を破られた。けれど——人は、一人も、死ななかった。

 誰もが、燃え尽きかけた火の前で、へたり込んでいた。そして、その何人かが、煤だらけの顔で、僕を見ていた。

 非力で、魔法ひとつ使えない、無属性の落ちこぼれ。その、僕を。

 ボルツが、太い腕で、僕の頭を、ぐしゃりと撫でた。

「……お前さんの頭は、村ひとつ分の値打ちが、あったな」

 それは、生まれて初めて誰かが僕に向けてくれた、最大の言葉だった。


 けれど、僕は、笑えなかった。


白みゆく空の下、東の森を見る。あの黒い梢の、ずっと奥。遺跡の、さらに底で。

 濁った赤い光が、今も、脈打っている。

 今夜のは——ただの、余波だ。逃げ出した獣の、ほんの先触れにすぎない。あの赤いものが、本当に目を覚ましたら。その時は、火の壁くらいで、この村は、守れない。

 止めるには、知らなきゃいけない。あれが、何なのか。遺跡が、何なのか。

 あの、読めない言葉を——きっと、僕が、読み解くしかない。

 握りしめた首飾りは、夜明けの冷気の中で、まだ、かすかに、温かかった。


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