第11話「奔流」
ずう……ん、と。
二度目の震えは、さっきより、ずっと大きかった。
遺跡の心臓——床一面の螺旋を満たしていた青白い光が、震えに合わせて、不安げに揺らめく。奥の闇の底で、あの濁った赤い光が、脈打つように、強くなったり、弱くなったりしている。
まるで、巨大な何かの、呼吸みたいに。
逃げろ。今度こそ、本能のすべてが、そう叫んでいた。
僕は、首飾りを握りしめ、来た通路へ駆け戻ろうとした。
その時だ。
奥の闇から——通路の、もっと深いところから、地を蹴る無数の足音が、雪崩のように、こちらへ近づいてきた。
ひとつや、ふたつじゃない。
松明をかざすと、闇の中から、灰色の影が、次々と湧き出してきた。あの獣だ。大きいのも、小さいのも。十、二十——いや、もっと。落ち窪んだ赤い目を、恐怖に見開いて、我先にと、奥から手前へ、外へ向かって、殺到してくる。
僕を、襲うためじゃない。
あの赤い光から、逃げ出すために。
森で見た、あの「内から外への爪痕」。その正体が、今、目の前で、洪水になっていた。
まずい。このままじゃ、踏み潰される。
獣たちは、僕を獲物として見てすらいない。ただ、恐怖に駆られて、まっすぐ出口を目指している。その奔流の、ど真ん中に、僕は、いた。
壁際へ逃げても、この数だ。巻き込まれれば、ひとたまりもない。
考えろ。
獣は、光を、嫌う。火を、恐れる。——だったら。
僕は、迷う暇を、自分に与えなかった。
手にした松明を、足元の床の螺旋へ、強く押しつける。同時に、もう片方の手で握った首飾りを、思いきり床に近づけた。
次の、瞬間。
炎と、首飾りに応えた青白い光が、混じり合い、僕を中心に、床の螺旋が、ぶわっと眩く燃え上がった。光の、輪。
恐怖に駆られた獣たちは、その光の輪を、避けた。
まっすぐ突っ込んでくる流れが、僕の周りだけ、二つに割れる。川の中の、岩のように。獣の群れが、僕のすぐ脇を、熱い息と、けたたましい鳴き声をあげて、駆け抜けていく。爪が、毛皮が、すぐそこをかすめる。それでも——光の輪の中の僕には、誰ひとり、触れなかった。
その、息詰まる数瞬の中で。
僕は、見ていた。
首飾りに応えて、床を流れる光。その流れ方が——逃げ惑う獣の動きや、早鐘を打つ僕の鼓動と、どこかで、噛み合っている気がした。光は、ただ点くんじゃない。「何か」に応えて、流れる向きを、自分から変えている。
——これだ。きっと、これが、何かの。
摑みかけた。けれど、その思考を最後まで辿る時間は、今は、なかった。獣の奔流が、ようやく、途切れようとしている。今が、好機だ。
最後の一頭が駆け抜けるのを待って、僕は、その尻尾を追うように、通路へ飛び込んだ。
獣たちが切り開いた道を、逆向きに、ひたすら走る。壁の光が、僕の走りに合わせて、次々と灯っては、後ろへ流れていく。肺が、焼ける。それでも、止まらない。
崩れた入口の、白い光が見えた。外だ。
僕は、転がるように、遺跡の外へ——森の中へと、躍り出た。
森は、騒然としていた。
遺跡から逃げ出した獣たちが、木々の間を、四方八方へ散っていく。鳥のいない静かな森が、今は、獣の唸りと、下生えを踏み散らす音で、満ちていた。
そして、その群れが、向かう先は——
僕は、血の気が引くのを感じた。
西。森を抜けた、その先。
——フェルローズの、村だ。
あれだけの数の獣が、いっせいに森から溢れ出せば。低い石垣しかない、あの小さな村は、どうなる。
遺跡の底で、何かが、目を覚ました。その余波が、今、村へ向かって、流れ出している。
もう、僕の好奇心の問題なんかじゃ、なくなっていた。
僕は、痛む足を叱咤して、獣たちより先に、村へと、駆け出した。
——間に合ってくれ。
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