↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二章完結・第三章開幕】無属性の落ちこぼれ追放令息は、失われた魔法《原初式》を読み解く ~世界の魔法は、最初から間違っていた~  作者: 刈谷るあ
学園編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
116/120

第116話「空白」

 庇の下は、二人で座ると、もう狭かった。

 セラは膝を抱えて、雨を見ている。僕はその横で、布の上から、脇腹をそっと押さえていた。訊かれないので、こちらからも何も言わなかった。しばらく、雨の音だけがあった。

 「痛むの」

 やがて、セラが言った。傷のことだ。

 「少し」

 「馬鹿ね」

 それで、また黙った。責める声じゃなかった。ただ、馬鹿ね、と言いたかっただけらしい。


 言おうと思ったわけじゃなかった。

 でも、あの男の声が、まだ耳の底に残っていた。本物は別の場所にある。外の君には、一生届かない。あの言い方は、僕の中のいちばん柔らかいところを、狙って撫でていった。

 撫でられたところが、まだ、ひりひりしている。

 どこかに、置きたかった。囲いの内側じゃない、どこかに。

 「……見せたいものが、ある」

 セラが、こちらを向いた。

 僕は、襟の内から紐を引き出した。母の首飾り。ずっと、肌につけている。人に見せたことは、ほとんどない。

 雨あかりの下で、それはただの古い金物に見えた。石が一つ。まわりに、細い彫りがめぐっている。


 「母のものだ」

 「お母さんの」

 「もう、いない。ずっと前に。灰の村より、前だ」

 セラは、首飾りに顔を寄せた。触ろうとして、指を止める。訊いていいのか迷った手つきだった。

 「この彫り」僕は、石のまわりをなぞった。「文字だ。遺跡にあったのと、同じ種類の」

 「読めるの、あんたなら」

 「途中までは」

 僕は、彫りのいちばん端を指した。そこだけ、他と違う。何も彫られていない。つるりとした、へこみが一つ。まわりの文字が、そこへ向かって流れて、その手前で、ぷつりと切れている。

 「ここだけ、読めない。何も書いてないからだ。……書いてないのに、まわりの字は、ここへ向かってる。何かが入るはずだった場所が、空いてる。そんなふうに、見える」

 「空いてる」

 「僕には、そう見える。確かめようがないけど」


 母のことを、僕はあまり知らない。覚えているのは、断片だ。

 母の一族は、何かを守る人たちだった、と聞かされたことがある。守る、というより、閉じる。開いてはいけないものに、蓋をする。そういう役目の家系だと。

 「この首飾りは、たぶん、その印だ。でも、肝心のところが、空いてる。母は、それを僕に言わずに、いなくなった」

 言いながら、あの男の声が、また重なった。本物は別の場所にある。

 もし、この空白を埋めるものが、どこかにしまってあるなら。母が言えなかったことの続きが、鍵のかかった場所にあるなら。

  だから、僕は、その空白の続きを、自分で追いたい。男に見せてもらうんじゃなく、自分の足で。


 セラは、しばらく、何も言わなかった。

 僕は少し、こわくなった。こんな話をされても、困るだけだろう。答えなんか、あるわけがない。あの男なら、ここで、任せろ、と言ったはずだ。内側なら見える、と。

 セラは、そうは言わなかった。

 「わたし、その字、読めない」

 「知ってる」

 「埋め方も、分からない」

 「……ああ」

 「でも」セラは、首飾りから、僕の顔へ目を移した。「空いてるって、あんたが言うなら、そうなんでしょ。あんたが読めないって言うものを、わたしが読めるふりはしない」

 それは、なんでもない言葉のようで、少し、効いた。

 あの男は、見えないものを見せてやる、と言った。セラは、見えないものを、見えないままで、そこに置いておいてくれた。

 どちらが楽なのかは、分からない。ただ、こっちのほうが、息はしやすかった。


 まだ、言っていないことがあった。

 僕の本当の名前。正面の門をくぐっていった、兄のこと。それは、まだ、口の奥に引っかかったままだった。首飾りのことは置けても、そこまでは、今日は届かなかった。

 セラは、それ以上は訊かなかった。訊けば、また僕が黙ると、分かっているのかもしれない。

 僕は、首飾りを襟の内へ戻した。肌に、冷たい石が触れる。いつもの重さだった。


 雨は、まだやまない。

 「腹、減った」セラが、唐突に言った。

 「今の話の流れで、それか」

 「関係ないでしょ。減ったものは減った」

 僕は、少し笑った。首飾りの話をした後で、笑えるとは思っていなかった。

 立ち上がると、脇腹が引きつって、顔をしかめた。セラがため息をついて、僕の腕を少しだけ支えた。すぐに離した。

 「ひとりで立てる」

 「立ててないでしょ、今」

 庇を出ると、雨が、また肩を濡らした。囲いの外は、いつもこうだ。濡れる。

 濡れながら、隣に、あの娘がいた。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや★★★★★評価・感想をいただけると、今後の執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。