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【第二章完結・第三章開幕】無属性の落ちこぼれ追放令息は、失われた魔法《原初式》を読み解く ~世界の魔法は、最初から間違っていた~  作者: 刈谷るあ
学園編

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第114話「証」

 傷は、思ったより浅かった。

 医務の女が、脇腹を検めて、そう言った。肉を裂かれただけで、深いところには届いていない。糸で縫って、布を巻く。動くと引きつるが、動けないほどじゃない。

 「運がいい」女は言った。「これで済んだのは」

 運じゃない、と思った。あの一瞬、剣でなく火を選んだから、獣に近づかずに済んだ。近づいていれば、脇腹では済まなかった。選んだ結果だ。運じゃない。

 でも、それは言わなかった。言えば、なぜ火を選べたのかを、話さなければならなくなる。

 セラが外で待っている、と医務の女が言った。付き添いは要らないと追い出したらしい。あとで行く、と伝えてくれと頼んだ。


 同じ部屋の隅で、ダリオが肩を診られていた。あの日の傷を、開き直したらしい。無理をしたぶんだ。目が合うと、あいつは口を開きかけて、また閉じた。塔を出てから、ずっとそうだ。何か言おうとして、言えずにいる。

 礼を言われるより、そのほうが、気は楽だった。


 セラのところへ寄る前に、午後、院から呼び出しが来た。

 院の広い部屋に、いつもより多く人がいた。院長。実技の教官。研究院の年かさが何人か。見たことのない、身なりのいい役人らしいのも、後ろのほうに座っている。

 教官が、先に話した。

 あの穴のことを。縁が整っていたこと。削り跡が新しかったこと。獣が、あんな浅いところまで、道づたいに上がってきたこと。

 僕が塔で訴えたことを、裏づける話だった。違うのは、今日は誰も遮らなかったことだ。

 季節でざわつくだけだ、と、あの日、教官は言った。今日は言わない。かわりに、削り跡は人の手だと、はっきり言った。同じ口が、だ。

 部屋の空気が、重くなった。

 誰かが、獣が賢くなって自分で掘ったのでは、と言った。年かさの一人が、首を振る。獣は道具を使わない。削り跡には、刃の跡があった、と。

 では、誰が。

 その問いだけが、部屋に残った。答える者は、いなかった。


 僕には、心当たりが一つあった。

 仕立てのいい上着の男。下で何かが動いている、と言った声。あれは、これを知っていたんじゃないか。

 でも、口にはできなかった。なぜそう思うのかと訊かれれば、男に囲われかけたことから話さなければならない。読める下働き、と男が僕を嗅ぎ当てたことから。糸を辿れば、僕の隠している中心へ届く。

 誰が掘ったか、僕は知らない。ただ、知っていそうな者を、一人だけ、知っている。それを言えないことが、この部屋で、いちばんこたえた。


 部屋の隅に、氷の学生もいた。

 あいつも、下にいた一人として、話をした。獣の数。氷で塞いだこと。穴の様子。淡々と、見たとおりに。

 僕の火のことは、言わなかった。

 詠唱と合っていなかった、とも。絞りが練習した手だ、とも。一言も、出さない。塔の外で僕に当ててみせたことを、この部屋ではしまったままにした。

 なぜだ、と思った。

 密告するなら今だった。役人のいる、この場で。あいつが一言、あの下働きの火はおかしい、と言えば、僕の籍は、たぶん危うくなる。

 言わなかった。

 部屋を出るとき、氷が横に並んだ。

 「言うと思ったか」

 小さい声だった。

 「……思った」

 「くだらん」氷は前を見たまま言った。「おまえは、俺が見つけた問いだ。役人にくれてやる筋はない。あれは、俺が解く」

 解く、と言った。暴く、ではなく。

 あいつにとって、僕は密告する相手ではなく、解きたい問いらしかった。それが安心していいことなのか、僕には分からなかった。


 院を出た。雨は、細くなっていた。

 中庭を横切ろうとして、足が止まった。

 回廊の柱の陰に、見覚えのある形が立っていた。

 仕立てのいい上着。濡れてもいない。ずっと待っていたというより、僕が出てくるのに合わせて現れたように見えた。

 男は、僕を見て、何も言わなかった。ただ、塔のほうへ一度だけ目をやって、それから、僕へ戻した。

 言葉はなかった。それでも、伝わった。

 ――言っただろう。下で、何かが動いていると。

 男は、柱の陰から動かなかった。僕が近づくのを待つでも、逃げるでもない。ただ、そこにいることを、僕に見せていた。

 誰が掘ったのか、部屋の中では、誰も答えられなかった。

 その答えを知っていそうな男が、雨を隔てて、僕を見ていた。

 脇腹の傷が、布の下で、鈍く疼いた。

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