表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の王は花嫁にもう一度恋をする  作者: けもこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/18

第16話 危うい罠②

◇◇◇


ロイドは、グルドたちとナグスの森へ向かい、ビアンカ、テルマは若手を率いてリンド水門へ。


ネイサたちは川沿いの逃走路を塞ぐ。


ヨナスはユリベルの町に残り、教会と商人組合を通じて人手を集める。

一見、悪くない布陣だった。


だが、ビアンカにはわかっていた。


間に合わない。


リンド水門へ向かえば、そこにも何かはあるだろう。


これみよがしにミルバの匂いをあちこちにつけているか、あるいは、次の場所を示す手がかりか。


だが、ジェラルドが本当に欲している物は......


ビアンカにはわかっていた。

あの、腐った心の持ち主は、自分を欲している。

母親と同じように飾りたいのだ。


――おまえ一人で来い。


ビアンカにはこの誘拐の裏にあるあの男の、ジェラルドの意図がわかっていた。


ミルバを選んだのは私をおびき寄せるためだ。


ならば、私が囮になればあの男も油断するだろう。


その時、礼拝堂の奥から子どもの泣き声が聞こえた。


ビアンカが振り向くと、小さな少女がマチルダの腕から抜け出し、こちらへ走ってきた。


「ヴィー」


少女は泣きながら、ビアンカの外套を掴んだ。


「ミルバ、帰ってくる?」


ビアンカは膝をついた。


少女の頬を拭う。


「帰ってくるわ」


「赤ちゃんも?」


「ええ」


答えた瞬間、喉の奥が痛んだ。


「赤ちゃんも、一緒に帰ってくる」


少女は泣きながら頷いた。


ビアンカはその小さな体を抱きしめた。


細い肩。

温かい体温。

怖くて震えている息。


この子たちに、これ以上奪われる姿を見せたくない。


ミルバの子を、ジェラルドの玩具にさせたくない。


ロイドを、あの男の罠で失いたくない。


その願いは、どれも同じくらい強かった。


だから、選ぶしかなかった。


ビアンカは少女をマチルダへ戻し、立ち上がった。


「ミルバの部屋から毛布を持ってくるわ」


ロイドがちらりとこちらを気にする。


彼はもう、ビアンカが何かを隠していることに気づいている。


けれど、何を隠しているのかまでは掴めていない。


ビアンカは、彼の手に触れた。


「ロイ」


「なんだ」


「少しだけ、マチルダの傍にいてあげて」


ロイドの眉が動く。


「母さんは大丈夫だ」


「そうじゃないわ。あなたが一度、顔を見せて。子どもたちも不安がっているし」


ロイドは答えなかった。


ビアンカは続けた。


「ね、お願い」


ロイドの視線が鋭くなる。


胸が痛んだ。


それでも、笑みを浮かべてビアンカは続けた。


「ほら、すぐに出なきゃいけないんだし」


彼女はそう言って、ミルバの部屋へ向かった。


背中にロイドの視線を感じる。


曲がり角を曲がったところで、マチルダの震える声と、ロイドが短く応じる声が聞こえた。


ビアンカはミルバの部屋へ入ると、扉を静かに閉めた。


胸元から、先ほど拾った木片を取り出す。


松脂。

魚樽。


この組み合わせを、彼女は一つだけ知っている。


リンド水門ではない。


そのさらに手前にある、今は使われていない古い薪小屋。


かつて川を使って町へ来る行商人や、旅の女たちが身を休めた場所。


古い魚樽を薪代わりに積み、屋根には松脂を塗り、裏手に小舟を隠せる小さな入り江がある。


もしもの時には川へ出られる場所だ。


ナグスの森でも、水門でもない。


けれど、どちらへ向かう途中にもある場所。


ジェラルドは、追っ手の目を二方向へ割るつもりなのだ。


森と水門。


その間にある小さな点を、誰にも見せないために。


ビアンカはミルバの寝台にかかっていた毛布を手に取った。


ジェラルドの手紙の匂いを嗅いだ時からわかっていた。


彼の狙いは私だ。


手配書の似顔絵に込められた意味。

いくつにも重ねられた匂い。


手が震えた。


皆に言うべきだったのか。


でも、狙いは自分だと言えば、ロイドは何を置いてでも私を守ろうとするだろう。

ミルバと腹の子の命でさえも。


囮になる、と言っても、許してくれるわけがない。


それでいい。


怒ってくれればいい。


生きて、怒って、追いかけてきてくれればいい。


――ミルバの本当の居場所がわかった気がします。


そこまで書いて、インクが滲んだ。


ビアンカは唇を噛み、続きを書く。


――あの男は私になら隙を見せる。だから先に行きます。


――ミルバを助けたら、必ず戻ります。


最後に、小さく書き足した。


――あなたのヴィーより。


その横に、もう一枚の紙を置いた。


ミルバの部屋から拾った木片を包んだ布。


そして、薪小屋の場所を示す簡単な印。


完全に隠すつもりはなかった。


ロイドなら、必ず追いつく。


けれど、今すぐでは困る。


ミルバを人質に取られた状態で、ロイドが正面から踏み込めば終わる。


だから、先にミルバだけを逃がさなくては。


それができれば、皆が自由に戦える。


ビアンカは小窓を開けた。


夜明け前の冷たい空気が流れ込む。


外へ出ようとした瞬間、胸の奥で声がした。


――一人で行くな。


ロイドの声だった。


ビアンカは目を閉じた。


「ごめんね」


小さく呟く。


「必ず、ミルバを連れて戻るわ」


それだけは、祈りではなく誓いだった。


彼女は窓枠に手をかけ、身を滑らせるように外へ出た。


庭の朝露が、靴を濡らす。


東の空が、薄く白み始めていた。


ビアンカは白銀の髪を頭巾の中へ押し込み、外套を深く被る。


そして、森でも水門でもない、古い薪小屋へ向かって走り出した。


◇◇◇


聖具室の扉が開かれたのは、それからわずか数分後だった。


「ヴィー?」


ロイドは空になった室内を見た瞬間、息を止めた。


机の上に、書き置きがある。


その横には、木片を包んだ布。


そして、地図の端に刻まれた、小さな印。


ロイドの指が、紙を掴んだ。


読み終えるより早く、喉の奥から低い唸りが漏れる。


「ビアンカ……」


ヨナスが背後から入ってくる。


「どうした」


ロイドは何も答えなかった。


ただ、紙を握りしめる。


その手が震えている。


ヨナスは机の上の地図を見て、顔色を変えた。


「薪小屋か」


ロイドの目が、金色に光る。


「追う」


「待て。彼女の策がわかってるのか?」


「わかってるさ。ヴィーはいつだって自分を盾にする」


ロイドは振り返った。


その顔を見て、ヨナスは息を呑んだ。


そこにいたのは、怒りに任せて走る獣ではなかった。


愛する女の判断を信じたいのに、失う恐怖で壊れかけている男だった。


「人には、怪我をするな、とか言いながら......」


ロイドは低く言った。


「すまないが、作戦は変更だ。俺はヴィーを追う」


そう言って、彼は走り出した。


朝焼けの前の暗い廊下に、黒狼の足音が響いた。

もし、このお話を好きだ!と思ったらイイねやブックマークを!

気になる、気に入ったと思ったらコメントや評価☆☆☆☆☆,をお願いします。

定期更新を心がけてます。ぜひブックマークを!大変喜びます♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ