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結婚したいと言いながら、求婚者が殴って来る件について  作者: 川崎 春


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『本日最後の挑戦者です!エミディオ公爵令息!』


 そこに立っていたのは、騎士科で首席を取っているアズール・エミディオだった。彼は公爵家の次男で、幼い頃から好きだったイヴァンカに婿入りしたかった。


 彼の身体強化は特殊分岐して『クロムボディ』という魔法に変わっている。常時発動していて、誰も彼を傷つけられないのだ。そんな状態で彼は剣術を極めていた。


「私と結婚して欲しい」

「何度もお断りしたはずです。成績は何番ですか?私の婿に必要なのは強さよりも知性なんです」

 アズールは高位貴族の令息だというのに、学業成績がイヴァンカより悪いのだ。理由は脳までクロムボディの影響が出ているからだ。彼の脳は、勉強も人の話も半分程度しか入ってこない。騎士科でなければ退学になっているレベルだ。

 この魔法を家族だけでなく大勢が解除したいと思っているが、アズールはイヴァンカと結婚する為にこの魔法は必要だと強く信じているので解除することに応じない。


「全てを超えていくのが、力というものだよ」

 そこは愛じゃないのか!という、観客のざわめきを聞きながらイヴァンカは不敵に笑う。

「じゃあ、拳でお話しましょう」

 バキバキと指を折って鳴らし、イヴァンカはファイティングポーズをとる。

 観客の全員が思った。

(どっちも貴族に向いてねぇ!)

 そんな中、試合は開始された。


 イヴァンカの拳も蹴りも、アズールには効かない。薄い笑みを浮かべて剣を振るうアズール。イヴァンカが跳んで退き距離を取る。


 アズールも軽装だ。クロムボディは硬度だけで重さは伴わないから動きは軽快だ。硬くて素早いのだ。しかもリーチが長い。

 攻めあぐねている内に、最初から戦っているイヴァンカに疲れが見えてくる。

『イヴァンカ嬢は大丈夫か?』

『アズール様、怖いわ』

 というざわめきが起き始めた。


「うるさい!」

 威圧に観客が一斉に黙る。

「力こそすべてだ。イヴァンカも力の前に屈し、私に永遠の愛を誓うのだ」

「誰がっ!」

 イヴァンカが蹴りを入れる。

 鈍い音はするものの、アズールは涼しい顔で受け止め、イヴァンカに剣を突き出す。避けたイヴァンカだが、少しふらついて着地した。

 体勢を立て直さない内に次の一振りが入り、イヴァンカは防戦一方になる。そして、退いた瞬間を狙って風魔法を撃たれ、避けるが服の裾が切れる。

 アズールは常時発動のクロムボディ以外に風魔法も使えるのだ。

「体は切れなくても服は切れるぞ?嫌なら降参することだ」


『嫌ですわ。暴力で支配する男に嫁ぐなんて……』

『イヴァンカ様……負けないで!』

 令嬢たちが涙ぐみ始めた。彼女たちにとってイヴァンカは憧れなのだ。彼女が力や権力で押さえつけにくる男に屈し、そのまま結婚する姿は悪夢そのものだった。

 それはイヴァンカファンクラブに所属する令息たちにとっても同じだった。

『くそ、何か手はないのか!』


「ははは!無駄だ!跪いて力を受け入れろ」

「くっ!」

 剣撃でイヴァンカのガードを崩そうと猛攻をかけるアズール。

(……勝つ方法が分からない)

 どんどん後退しながら、イヴァンカは思う。

(嫌だ。私は)

 笑い合う父と母の姿が脳裏を過る。

(あんな風に笑い合って一緒に生きていける人と)

「腕の一本でも砕けば、言うことを聞くか」


 歪んだ笑みを浮かべたアズールがそう言って剣を振り上げた瞬間、観客席に座り、膝の上でフルートを握りしめていたルスランは立ち上がっていた。そしてフルートを口にあてる。

 軽やかなフルートの旋律が観客席から聞こえて来た。 

 イヴァンカはとっさに横に転がって攻撃を避ける。音に気を取られたアズールの剣が遅れて、避けたイヴァンカの髪の先を撫でていく。

 するとイヴァンカの体を淡い緑色のオーラが包み込み、傷がみるみる消えていき、黄色のオーラが包み込んだ瞬間、素早い跳躍で一気にアズールとの間を取った。


 旋律の聞こえた先には、フルートを構えた男子学生が立っていた。足が微かに震えているが、目はただイヴァンカを見つめていた。

「ルスラン……」

 イヴァンカが呟く。


「邪魔をするな!」

 アズールが怒鳴ると、観客席からフルートを片手にルスランが降りてきた。

 少し及び腰のまま、ルスランは言った。

「ぃ……イヴァンカの相手はチームもいたんです。僕が組んで何が悪いのですか?」

『そうだ、そうだ!』

『イヴァンカ様は連戦ですのよ!』

 会場の雰囲気は一気にルスランに味方する。


「ぬう」

 アズールは観客の罵声に気圧されて唸る。ルスランは続ける。

「それにこれは祝祭です。イヴァンカと模擬戦をして楽しく盛り上がる祭りです。勝ったからって、彼女を好きにする権利を得るものではありません!」

『その通りだ』

『いいぞルスラン』


「小賢しい!」

 怒ったアズールが風魔法をルスランに向けて放つ。

「わぁ!」

 顔を庇ったルスランの前にイヴァンカが立ちはだかり、蹴りで起こした突風でそれを相殺し、今まで無かった殺気をまとってアズールを睨みつけた。

 ギリリと奥歯を噛みしめた後、イヴァンカは言う。

「アズール様もワシリーも私と結婚したいって言うけれど、殴ってくる。意味分かんない」

 イヴァンカは、一瞬息を吸い込むと怒鳴った。

「好きな人は守るものでしょ?守ってくれた人には、お礼を言うものでしょ!断ってるのに、何でしつこく殴ってくるのよ」

 アズールの鈍った頭でも、自分が酷く嫌われているのが分かったのか、攻撃しようとしていた動きが止まった。

『……そ、そうだよな』

『好きな子を殴るとか、あり得ない』


「私はあなたに屈しない。絶対に負けない」

「イヴァンカ!誰が何と言おうと、僕は君をサポートする……だから負けるな!」

 ルスランの声に、イヴァンカは一瞬泣きそうな顔をしてから笑った。

「うん」


 するとアナウンス席に、元生徒会長であるティニア王女が乱入して言った。

『王女たるこのティニア・ヴェルラが、イヴァンカ・ロンドの助っ人としてルスラン・ロウムの参加を認めます!』

 その言葉に大きな歓声があがった。

「「ありがとうございます!」」

 ルスランとイヴァンカはそう言ってアナウンス席に一礼した。そしてルスランはテンポのいい曲を奏で始めた。


 速度上昇 筋力上昇 衝撃耐性……幾つものバフが、フルートの旋律に合わせてイヴァンカの周りを渦巻き、髪を虹色に輝かせる。

『あんなに速い多重バッファー初めて見たぞ』

『綺麗!』

 ルスランの使う旋律バフは、一つの楽器で一つのバフで、合奏して使うものだ。一人で幾つものバフをかける技術は世界でも多くない。


「その程度で覆せると思うな!」

 アズールの怒声に、イヴァンカは不敵な笑みを浮かべて攻撃を始める。

「!!」

 フルートに合わせて舞う様に攻撃を繰り出すイヴァンカのスピードがどんどん上がっていく。

 踊る様な軽やかなステップ。一瞬互いに視線を交わすイヴァンカとルスラン。息がぴったりな二人に観客たちがより一層大きな声援を送る。

 アズールはだんだん対応できなくなって、打撃を何度も食らい始める。すると、アズールが苦しそうに表情を歪め、一歩ずつ後退し始めた。


『科学部、あれどうなってるの?』

『……多分、疲労です』

『常時発動なのに何でだよ?』

『視力を常時発動だとして、凄く細かい文字を何時間も見たらどうなりますか?』

『疲れるな』

『そういうことです』

『なるほど!てっきり同じ効果が切れない便利な魔法だと思ってた』

『違います。制御できないから常時発動になっているだけの、美しくない魔法です』

 周囲で解説を聞いていた他の生徒たちが頷いたり小さく拍手したりしている。


 そんな中、アズールは劣勢に陥り、とうとうイヴァンカの蹴りに吹っ飛ばされて壁に激突した。

「降参しますか?」

 するとあろうことかアズールは壁際の席にいた令嬢を引きずり降ろし、羽交い締めにした。

「言うことを聞け!この女がどうなってもいいのか!」

 令嬢は真っ青な顔をして震えながらも逃げ出そうとして、アズールに更に拘束されてうめき声を漏らした。顔色が真っ白になり、観客席から悲鳴が上がる。

『クロムボディで力込めるとか……』

『やめてぇ』


「手段など構うものか!皆、俺に跪け」

 既に判断力が失われる程におかしいアズールを見て、イヴァンカは首を傾げる。

 そしてちらりとルスランを見ると小さく頷いて、ワンフレーズ、フルートを奏でた。

「は?」

 アズールが白いオーラに包まれ、パリンと薄い何かが割れて輝きながら砕けて落ちていく。

 どさりとその場に尻もちをついたアズールは、まだ状況が飲み込めずに唖然としている。その間にも令嬢は這うように逃げ出し、側にいた騎士が保護した。

 何とか起き上がろうとするがアズールだが、膝が震えて起き上がれない。


『科学部!』

『……さっき言った疲労ですよ。ルスラン殿のフルートにはバフ解除の効果もあって、普段なら解除できない常時魔法も疲労していたから、できたということです』

 くいっと大きな眼鏡の端を手で持ち上げながら続ける。

『イヴァンカ嬢はそれを分かっていらっしゃった。さすがです!』


 冷めた目で、座り込んだアズールを見下ろすイヴァンカは低い声で言う。

「力に縋りついて、見事な悪党に成り果てましたね」

「イヴァンカ……私は、君のことがずっと好きだったんだ!」

 アズールの八歳の誕生日、イヴァンカは招かれて挨拶をした。アズールはそのときに彼女を好きになったが、子供にありがちな意地悪をしようとしたのだ。

 髪を引っ張ろうとして、気付けば芝生の上で空を見上げていた。

『イヴァンカ嬢は諦めなさい。お前の手に負える娘ではない』

 どんな願いも叶えてくれていた父に、初めて拒絶されることになった。

 公爵家の権力を上回る、力。これでしかイヴァンカは手に入れられない。そう思ったときから、魔力制御は不安定になり、クロムボディへと変っていったのだ。

「君より強くなるのが、私の愛だ。手に負えない?だったら壊せばいい」


「さっきも言いましたが、好きな子に暴力を振るうのは愛じゃありません」

「いや、愛でしかない!」

「まだ言うか……」

 イヴァンカの目から温度が完全に失われ、表情が無になった。

「イヴァ……」

 イヴァンカが握りしめた拳からギリっと音がした瞬間、

 バゴォ!

 全て言う前に、アズールの左頬にイヴァンカの右拳が入り、アズールは反対側の壁へと吹っ飛んだ。

「黙れ」

『……完全に手が先に出てるけど、結果オーライか』

『死人が出るところでしたのよ!あれくらい当たり前ですわ』

 イヴァンカへの歓声、アズールへの怒号が飛び交う中、イヴァンカはアズールへと歩みを進める。


「そのお祭りで、女生徒を人質に取ったあなたに主催者として罰を与えたいのです」


『許可します』

 王女が再びアナウンスしたことで、イヴァンカは王女に振り向いて頭を下げると、再び凶悪な殺気をまとい、アズールの方を向いた。

「あ……ま、まって」

 バキバキと指を鳴らしながら近づくイヴァンカは殺気を放ちながら、とびきりいい笑顔になった。

「痛いのが嫌なら、じっとしててくださいね」

 クロムボディの発動しないアズールはただ従うしかなかった。


 ルスランは、その様子を見てようやくフルートを持つ腕を下したのだった。

科学部君は、幼馴染の騎士科の友人にいつもこんな感じで扱われています。

科学部君はイヴァンカファンクラブの会員なので、ワシリーより上位の成績を取ってワシリーを馬鹿にしていました。異世界の科学オタクの草食系男子で、イヴァンカ推しだが恋愛感情なしです。


学園にいる騎士よりもイヴァンカもアズールも強いので、騎士達は見ているしかできませんでした。

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