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結婚したいと言いながら、求婚者が殴って来る件について  作者: 川崎 春


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3/3

 その後、アズールは髪の毛をその場で剃られて丸坊主になった。

 この事件は、公爵令息丸刈り事件として学園の伝説になる。


 この後、ロンド伯爵がワシリーとの婚約を頑なに解消しなかった理由が判明した。

 公爵家がイヴァンカのところにアズールを婿入りさせようとしている中、父親が探し出せたのがワシリーだけだったというのが理由だった。婚約が無くなれば、すぐにアズールから申し込みがある。伯爵では断れないが故の苦肉の策だったのだ。


 ロンド伯爵は、イヴァンカに詫びた。

「すまなかった。お前をシェリンカみたいに失うのが怖かったんだ」

「それで?」

「ワシリー君なら短気を起こすだろうから、離縁すればいいかと。公爵家もさすがに離婚歴のある娘に入り婿になれとは言わないか……と」

「離婚歴が付いたら、私の結婚はどうなるの?」

 イヴァンカの冷たい視線に、伯爵はダラダラと脂汗をかきながら必死に答える。

「いや……イヴァンカは可愛いから、丁度いい婿がとれるようになると思って……だな」

 イヴァンカがじっと見据えると、伯爵は更に言い募る。

「私ではシェリンカのように上手く守れなくて、必死だったからお前の気持ちを後回しにしてしまった。言ったら、嫌がって国外に行ってしまうと、思い込んでいたんだ。本当にすまなかった」

「私、お父様のこと好きよ。もっと信頼して欲しかった」

「イヴァンカ!」

「今度から、そういうの勝手に決めないで」

 ゴンと言う音がして、ロンド伯爵とイヴァンカの間にあったテーブルが割れた。

「何をしたらいいか、分かるわよね?」

「す、すぐに婚約解消する!」

 ロンド伯爵はすぐさま王宮に手紙を送って女王との謁見を願った。


 結果謁見はすぐに叶い、女王の仲介によって婚約は解消されることとなった。

 それと同時に伯爵令息ワシリー、公爵令息アズールはイヴァンカへの接近が契約魔法によって阻まれることとなった。二人は物理的にイヴァンカの側に近づけなくなったのだ。半径五メートル以内に入ろうとすると、転移させられて家に帰ってしまうのだ。


 その際に城に呼び出されていたエミディオ公爵は、女王から一つの腕輪を渡され、アズールに着けるようにと命じられた。それは魔力半減の腕輪で、一度はめると死ぬまで外れないようになっている。

「!」

 マッチョがラインダンスをしているというデザインに、アズールは抵抗した。しかし女王の命令に逆らえば死刑だ。王女の即位や結婚、出産で恩赦があるかも知れないと両親に説得されてはめることになった。

 後になって、この腕輪には頭の毛根が成長しないという魔法もかけられていることが発覚した。女王の作った腕輪に、一部始終を見ていた王女が手を加えたものだった。彼は生涯丸坊主で過ごすことになった。


 魔力が半減したことで、アズールはクロムボディではなくなり、横暴な行いは鳴りを潜めた。一週間もすると思考が働くようになって、アズールは自分のしたことを反省するようになった。

「イヴァンカに勝てさえすれば、全てが上手く行くと結果ばかりに執着していたのだな。そんな訳ないのに」

 だから人質にした令嬢にスキンヘッドで土下座して謝った。誠心誠意。

 そのとき突き出した腕の腕輪を見た令嬢と家族は、笑うのを堪えて謝罪を受け入れた。


 アズールはイヴァンカを好きだったというよりもその強さに憧れ、届かない己を拗らせていた。

 公爵はイヴァンカの元に謝罪に訪れ、公爵家から圧力をかけるようなことは決してしないと契約魔法を行使して誓った。イヴァンカも公爵には思うところはなかったので、それを受け入れた。


 一方でワシリーの実家であるポルスト家は、女王から明確な沙汰がないままだったので、ワシリーを貴族の籍から抜いて領地の小さな村に押し込めた上で、自分たちは無関係だと何もなかったことにしようとした。……迷惑をかけた貴族家に何もしなかったのだ。ワシリーはイヴァンカ以外にも、頭がいいことを鼻にかけ、横暴な言動で色々と問題を起こしていたのだ。

 結果、女王が「好きにしていい」と関係貴族に告げたことから、ポルスト家はあっという間に没落して爵位を返上することになった。

 ポルスト家に出入りする商人に取引価格をあげるように、ロンド家始め、迷惑を被った子息令嬢の実家の連盟で通達しただけで、他の商人も貴族も皆ポルスト家から手を引いたのだ。

 ワシリーは国を出て行方知れずになった。アズールの受けた処罰に恐れをなして逃げたのだ。外国語は堪能だが、あの性格なので苦労しているだろうとイヴァンカは思っている。


「何もしてないから、謝る必要はないって……親なのに身勝手よね。羊羹持参で謝罪行脚しておけば、こうならなかったのに」

 イヴァンカは実家の庭で、ルスランと散歩をしながら言った。

「どうだろうね。そんなことができるなら、ワシリーはああなっていないだろう」


『ルスラン君、ぶしつけで悪いが成績は?』

『……領地経営科ですが、学年で三番か四番くらいです』

『お、おおおおお~』

 ロンド伯爵が泣き崩れ、どうかイヴァンカの婿に来てくれと嘆願したのはちょっと前のこと。泣き止むまで庭に避難することになったのだ。


「お兄さんの補佐をするんじゃなかったの?」

「親を安心させるためにそう言っていただけで、フルートを好きに吹ける場所ならどこでもいいんだ」

 イヴァンカはちょっとつまらなさそうに視線を逸らした。

「そう。ここなら、好きなだけ吹けるわよ」


「君の為に演奏したい」


 イヴァンカは視線をルスランに戻した。ルスランは頬を赤くして言った。

「僕は、背も高くないし力もない。君を抱き起こして失敗するのが嫌で……倒れている君に手も貸せなかった憶病者だ。魔法だって、補助系しか覚えられなかった。でも君をずっと見ていた。君が強過ぎて、誰も君の心に寄り添う距離に居なかったのも知っている。君がそれを当たり前だと思っていることも。違うって言いたかった」

 イヴァンカは目を見開いてルスランをただ見つめて固まっている。


「ワシリーに婚約者が決まってから、本当に苦しそうだった。ずっと思っていたんだ。僕に苦しい顔くらい見せてくれたらいいのにって。例え助けられなくても一緒に背負うのにって。……そんなことを言う勇気もない癖に」

 イヴァンカはじっとルスランを見ていたが、その目にじわりと涙が溜まり、やがてぽろぽろと頬を伝って落ちていく。

 一歩近づいて、ルスランはその涙を拭う。

「今まで言えなくてごめん。……僕は生涯、君と一緒にいたい。いてくれる?」

「いいに決まってるでしょ!」

 イヴァンカは、全て言い終わる前に、泣きながらルスランに抱きついていた。ルスランは尻もちをついたが、そのままイヴァンカを抱きしめた。


 こうして、イヴァンカ・ロンドは幸せな婚約を経て幸せな結婚をすることになった。


 数年後、王城の夜会で……。

『イヴァンカ・ロンド女伯爵、ルスラン・ロンド夫君!』

 紹介と共に入って来たのは、学生時代よりも柔らかい表情のイヴァンカと、一気に背が伸びて中性的な美男となったルスランだった。

 美男美女のカップルに、周囲から感歎のため息が漏れる。


 ティニア王女に挨拶していたとある国の大使が、二人を見て言う。

「あれが、ロンド夫妻ですか……一昨年の紛争を解決した立役者とは思えませんな」

 ティニアが笑顔で応じる。

「人は見かけによらないもの。手を出すと痛い目に遭いますよ?」

 大使は苦笑して応じる。

「勿論です。お二人の逸話は幾度も耳にしておりますので」

 一瞬、懐かしむような表情をしてからティニアは続ける。

「あの二人が初めて一緒に戦ったときに、私は居合わせていましたの」

「ほう」

「今でも鮮明に思い出しますわ。強さ故に助けを求められなかった少女を、少年が震えながらも立ち上がり助けたあの日を」

 イヴァンカとルスランが安らいだ笑みを浮かべ、他の貴族達と談笑する様子が見える。

「後でロンド女伯爵が夫君の演奏で踊る時間がありますの。是非楽しんで行ってくださいね」

 ティニアはそう言って話を切り上げ、会場を泳ぐように移動する。


(本当はその前から見ていたわ)

 ティニアは、ワシリーに殴られているイヴァンカを二階の窓から見ていた。その後、ルスランが話しかけ、イヴァンカが立ち去る姿も。あの時、イヴァンカとルスランがどんな顔をしていたのかも覚えている。


「惚れたら負けなんて言葉があるけれど、恋は勝ち負けではないのにね。……私もあんな素敵な恋がしてみたいものだわ」

 小さな囁きは、宴の喧騒の中に消えていった。

アズールからの婚約打診は、イヴァンカの母親であるシェリンカが断っていました。シェリンカは大陸最強の傭兵団で武闘家として活躍していました。娘の為なら本気で公爵家を壊滅させかねない人だったので公爵は手を引いたのですが、シェリンカが亡くなったことから風向きがちょっと変わっていました。


温厚なロンド伯爵は、対抗策として婚約者を探していましたが、公爵からの圧がかかって難航。結果的にワシリーみたいな屑になっていました。ワシリーと婚約を解消したら、公爵家しかない状態に追い込まれていた訳です。

その状態が王家に知られ、公爵は叱責を受けました。

それで息子可愛さだけでなくイヴァンカを取り込みたくて圧をかけたことを認め、魔法で二度とロンド家に手を出さないという契約を結ぶことになりました。

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