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【十二】相楽と星

 穏やかに晴れたその日、天野やみくの友人である相楽(さがら)柚子(ゆず)は満開に咲き誇る桜景色の中で、のんびりと渓流釣りを楽しんでいた。

 

雪緒(ゆきお)君の〜、同居人の(ゆい)君は〜、(せい)君や月兎(つきと)君に追随する~大食いだって~言うからね〜。まだまだ~足りないよね~」


 妙に間延びした口調で笑いながら、相楽は釣った魚を魚籠(びく)に入れ、再び釣り糸を垂れる。

 釣りは、この山に移り住んでから覚えた遊びだ。

 自分一人の時間が好きな相楽には、うってつけの趣味と言えるだろう。

 そんな相楽であるが、他人(ひと)の為に動く事もある。


「星君の処の桜は~、もう葉桜だけどね~。ここは~まだまだ咲いているからね~」


 今日は翌日の花見の為、また、雪緒が可愛がる結の為に、山女魚(やまめ)を調達している処だ。

 桜を見ながら、七輪で焼いて食べる山女魚はさぞかし美味しい事だろう。

 囲炉裏でといきたい処だが、せっかくの花見なのに室内に籠ってどうする。勿体無いではないか。


「まあ~、網は外して~、炭の間に挿せば良いよね~。炭は沢山あるし~」


 のほほんと、垂れ目がちの目を更に垂れさせて相楽は笑う。丸い黒縁の眼鏡も相まって、狸の様だと言われる事もある。柔らかで少し癖のある、また、光に透けると茶色に見えなくもない髪色のせいで、そう見えるのだろう。

 が。

 それは見掛けだけで、実際はそうではない事を、相楽の友人達は知っている。

 彼は、狸の皮を被っているだけだ。本人に、その気は無いのだとしても。

 普段はのんびりと話す彼が早口になった時には、注意が必要だと付け加えておこう。

 川のせせらぎや、木々の葉擦れの音を聴きながら、垂れた糸が引っ張られるのを待つ。

 なんて穏やかで贅沢な時間の使い方なのだろうと、相楽は思う。

 周囲に、(わざ)と気を遣わなくて良い。

 ここは、本当に居心地の良い場所だ。

 

「きたきた〜」


 しかし、そんな心地良い時間は、そう長くは続かない物なのである。

 くんっ、と、竹で作られ竿がしなった時。


「ひぃいいいいぃんっ!!」


 と言う、とても情けない声と共に、バキバキッと木々の枝が折れる音と、ドスンッとした何かが落ちる音が聴こえて来たのだ。


「あ~…」


 背後から聴こえた轟音など無かったかの様に、相楽は肩を竦めて振り返る。


「星君~。ま~た~、月兎君と~、喧嘩して〜飛ばされたの~?」


 そこには折れた木々の枝やら、葉っぱやらに埋もれた人の下半身らしい物が見えるだけなのだが、相楽には、それが誰の物なのか解る様だ。

 と云うか、星がこうなるのは初めてでは無いと云う事だ。


「今日のはつきとじゃないっ! ゆきおのゆいにやられた!」


 どんな兄弟喧嘩だとツッコミたくなる処だが、ここにそのツッコミ役は居ない。


「へぇ~? どうしてまた~?」


 釣り目がちの瞳に涙を浮かべる星の言葉に、相楽は眼鏡の奥の瞳を愉快そうに細めた。


「そんなん知らね! おいら、ゆきおが来たから走っただけだ!!」


 星は身体についた葉っぱや木屑を払いながら立ち上がり唇を尖らせて、ぷりぷりと肩を怒らせながら相楽の傍までずかずかと歩いて来た。


「ああ〜。いつもの如く〜、猪突猛進にね〜。そうかぁ〜。それじゃあ~、そんな星君に初めて遭遇する〜、結君はびっくりするよ〜」


 期待を裏切らない星の言葉に、相楽は肩を揺らす。


「なんでだ?」


 訳が解らないと首を傾げる星に、相楽は垂れた釣り糸が水面に揺らぐのを眺めながら、ゆったりと話す。


「だって〜、結君は~星君の事を知らないでしょ〜? 雪緒君から話を聞いていたとしても~、聞くのと実際に見るのとでは違うよ~? それが~、いきなり猪も真っ青の勢いで~突撃して来たらどうする~?」


「ゆきおをいじめる奴は、はったおす!」


「ふはっ! うん~、そう云う事だね~」


 猪突猛進な星の返事に、相楽は思わず噴き出していた。


「………そか…ゆいはゆきおを守ったのか…そか…悪いのは、おいらなのか…」


 そして、答えを得た星がしょんぼりと項垂れる(さま)に、相楽は苦笑する。


「まあ〜、久しぶりの雪緒君だからね〜。嬉しい気持ちは解るよ〜」


 飴と鞭と云う言葉がある。

 飴だけで人は成長しないし、鞭だけでも人は成長しない。

 程々に与えるのが良いとされている。


「だよな、だよな! 相楽のにーちゃんは話が解るな!」


 そんな飴を貰って、星はぴんっと背筋を伸ばし、顔を綻ばせる。


「で~も~、初対面の人に~、恐怖を植え付けようとは~、僕は思わないけどね~」


 が、そこにすかさず鞭を揮うのが、相楽と云う男なのだ。


「んごっ!! …んだけど…だけど…おいら、悪さしよって思った訳じゃ…」


 しょぼしょぼと伸ばした背を縮め、顔を俯かせて、右手の人差し指と左手の人差し指をつんつんと合わせる星に、相楽は更に鞭を揮う。


「でも~、結君は~そうは思わなかったから~、星君は~、こうして~、ここに居るんでしょ~? 結君に~、怖~い思いをさせた星君の事を~、雪緒君は~どう思っているのかなぁ~?」


「ひぃんっ!? 怒ったゆきおは怖いっ!! おいら、ゆきおに、おばかちんなんて言われたくないっ!! 相楽のにーちゃん!! 一緒に来て、ゆいに謝って!!」


 そんな相楽の言葉に、星は文字通りに飛び上がった。


「は…?」


 そして。

 はい? と、相楽が返事をする前に、星は相楽を肩に担いで走り出していた。

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変わらないねえ ふたりとも通常運転(´∀`*)
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