【十一】いぢわる
雪緒との出逢いを思い出しながら、黙々と背中から生やした両手で、嬉しそうに、また、何処か壊れ物でも扱う様に、静かに優しく伊達巻きを頬張る結の姿を、天野とみくは何処か懐かしむ様に目を細めて見ていた。
「…昔の雪緒君を見ている様だあねぇ…」
こっそりとみくが呟いた言葉に、天野は静かに頷く。
みくが初めて雪緒に会った日の事だ。
甘味が好きだと聞いていたみくは、今と同じ様に伊達巻きを焼いて雪緒に贈った。
あの頃の雪緒は、感情を表に出すと云う事をしなかったが、伊達巻きを口にした雪緒は軽く瞬きをした後に、それは小さく小さく笑ったのだ。
結とは違い、よくよく見なければ気付かない変化だったが、その場に居た皆は、誰もが優しく目を細めたのだった。若干一名、そんな雪緒の鼻を摘まんで怒られていたが、これは余談である。
「ま、食べながら聞いてくれ。結坊が一番混乱したヤツな。原理は解らないんだが…妖は、みくちゃんみたいに人の姿になる事が出来る。ここの家主の星坊も、その弟の月坊も同じだ。因みに気付いていると思うが、裏山にもそんな奴らが居る。人の姿にならない奴らも居るが、皆、気の良い奴らだ。だから、怖がらなくて良い…まあ、それは雪坊を見れば解るだろう?」
そんな事を思い出しながら、天野は胡坐をかいていた膝を軽く叩いて、結に向かって口を開いた。
「ええ、皆様とても楽しく、お優しい方ばかりですよ」
「ニ゙ケ゚ン゙…ナ゙レ゙ル゙? オ゙レ、ジラ゙ナ゙イ゙…」
天野の言葉を肯定する様に、雪緒が穏やかに微笑むが、結は口元から伊達巻きを離して、身体を傾けた。そんな結の姿に、みくが両手で口を押さえて悶えているが、それは無視しても良いだろう。
「ああ、俺もみくちゃんに出逢うまでは知らなかった。が、目の前で俺よりデカい妖だったみくちゃんが、人の姿になったのを見ちまったからなあ…」
当時の事を思い出して、天野が苦笑しながらぽりぽりと後頭部を掻く。
「んっふふ。アタイは嬉しかったよ。アタイの話を聞いてくれて、鬼から庇ってくれた。こんなイイ男、惚れるしかないよねぇ〜?」
そんな天野の肩に、みくが頭を乗せて惚気たが、雪緒は少しだけ眉を下げて困った様に小さく微笑んだ。
だって、みくが言う鬼とは、今は居ない雪緒の伴侶の事だから。
出逢った当時、雪緒の伴侶である高梨紫とみくとの関係は、それは良好であるとはお世辞にも言えない物だったらしい。
(とても想像が出来ないのですけどね)
雪緒がみくに出逢った頃には、二人は既に腐れ縁と云うか、悪友と云うか、そんな雰囲気だったのだから。
「いや、照れるなあ〜。っと、まあ、そんな訳だから、安心してくれ」
懐かしむ様に、そっと目を伏せる雪緒に天野は気付いたが、努めて明るい声を出して、バンバンと自分の膝を叩いた。
「…ア゙マ゙ノは? ア゙マ゙ノ゙、ニ゙ケ゚ン゙? デモ゙、ナ゙ン゙ガ、へン゙…。キエ゙ダ、オレ、ミ゙ヅケ゚ダ」
そんな天野を見上げて、結は自分が感じた異変を口にした。
天野は人間だ。それは間違いない。
それなのに、その筈なのに、そうで在る筈なのに、姿を消していた自分を見たし、自分と同じ妖の気配がするのはおかしい、と。
「ああ、それは姿が見えた訳じゃないんだ。職…仕事柄、何となく気配が解るだけだ」
職業と言いかけて、天野は言い直した。難しい言葉は、結には伝わり難いと雪緒から聞いていたので。
「ジゴト゚?」
「天野様は、星様と瑞樹様達の先輩で、元朱雀なのですよ。そこで、悪い妖を退治するお仕事をなさっていたのです」
身体を傾ける結に、雪緒が説明した。
そう言えば友人である事は話していたが、職業の話はしていなかったと、ここに来て気付いたのだ。
「オ゙レ゙、タイ゙ジ!?」
そんな雪緒の言葉に、結は全身の毛を逆立てる。
猫に例えるのなら、やんのかステップ寸前の状態だ。
でも、伊達巻きから手は離さない。これは、大切な物だから。
雪緒との出逢いの思い出の品、特別の中の特別、最上の物。謂わば宝物なのだ。
決して食い意地がはっている訳ではない、多分。
「結坊を退治なんか出来ないさ。結坊は良い奴だ。ああ、あと、今は白虎な」
そんな結に天野は自身を親指で指し、肩を揺らして白い歯を見せた。
「ビャ゙ゴ?」
何度目になるか解らないが、身体を傾けて結が天野の言葉を反芻した。
天野の隣に座るみくが悶え過ぎて昇天寸前だが、やはりここは見て見ぬふりをした天野が、軽く肩を竦めてから静かに目を閉じた。
「朱雀が空を駆け、希望を与える光なら…俺達はその光を受け、大地を駆ける影だ」
そして、目を開けた時には、それまでとは違う何処か遥か先を…未来を見据える様な眼差しを結に向けていた。
「????????????????」
「ははっ! 解らなくて良いさ! ま、縁の下の力持ちって事だ!」
身体を傾けるだけでなく捻りも加えた結に、天野は堪らずふき出し、白い歯を見せた。
「ム゙ズカジ! ユキオヨリ゙、ム゙ズカ゚シ!!」
結はぷりぷりと怒りながら再び伊達巻きを食べようとして、口を開ける。
が。
雪緒に『食べ物をお口の中に入れたままのお喋りは、お行儀が悪いですよ。めっ、です』と、叱られてしまったので、むっとして天野を睨んだ。
小さな生き物が両手で伊達巻きを持ち、上目遣いで見上げて来るその仕草は、ただただ可愛く愛らしくて、ついにみくの腰が砕けてしまった。
畳に顔を押し付けたみくを不思議に思いながらも、結は伊達巻きを食べようとする。
が、軟体と化したみくの隣に座り、やれやれと言った感じで苦笑しながら軟体の肩へと手を伸ばす天野を見て、結は『ア゙!!』と声を上げた。
天野は結の疑問に答えてくれたが、全てではない。まだ残っている。
「ア゙! ア゙ト゚、ア゙マ゙ノ゙、ユキオト゚…ン゙ト゚、ニ゙ケ゚ン゙ト゚、ニ゙オ゙イ゙、チカ゚ウ! ソレ゙、ナ゙ン゙デ!?」
一番最初に感じた異変の、この謎が解らない。
今、結が気付かなければ、もしかしたら、はぐらかされていたのかも知れない。
何故か雪緒は遠い目をしているし。
「ああ、それは…うん、まあ、その…みくちゃんの愛の力だ!」
そんな結の疑問に、天野は拳にした右手から親指だけを立たせて、思いっ切り白い歯を見せた。
「ヷガナ゙イ゙ーッ゙!! ア゙マ゙ノ゙、イ゙ヂヷル゙ッ゙!!」
勿論、それで結が納得する訳もなくて。
「ははっ! 俺が意地悪なら、ゆずっぺ相手だとどうなるやらだな。…妖は、人間と違って永く生きるだろう? 俺は、みくちゃんから、人間より永く生きられる命を分けて貰った。成長がゆっくりになった。だから、雪坊よりも年上なんだが、こんななりだし、雪坊を置いて死ぬなんて事はない」
うにょ~っと、一生懸命に身体を伸ばして怒る結に、両手の掌を向けながら、天野は笑っていた顔を真剣な物に変えて、静かにゆっくりと語った。
「…エ゙…?」
◇
「え〜? なになに〜? どう云う状況〜?」
それが突如として現れた星と月兎に拉致られた、先に天野の口より零れたゆずっぺこと、相楽柚子が、杜川家の茶の間にて発した言葉だった。




