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【十三】月兎の怒り

 月兎(つきと)は怒っていた。

 

(せい)兄様を飛ばして良いのは、ボクだけなのに」


 ぶつぶつと唇を尖らせて、月兎は星が飛んで行った方角を目指して駆ける。


「いくら(ゆき)兄様のお眼鏡にかなった子でも許せません。星兄様を回収したらお説教です。星兄様をお空に飛ばすのは、ボクの特権です」


 特権とは? 怪我の心配は良いのか? と、ツッコミたくなる処であるが、星は頑丈過ぎる程に頑丈なので、その心配の必要はない。心配した処で、本人に『ばっかだなあ! おいらが怪我する訳ないだろ!』と、カラカラと笑われるのがオチである。例え、流血していたとしても、星は笑いながらそう言うのだ。だから、月兎は表面上は心配するのを諦めて、内心でめちゃくちゃ心配する事にした。その心配は無用の物であると解っていても、心配した。

 星のそれは、心配させない為の強がりで、また思いやりだと、月兎は知っているから。

 それでも。

 幾ら頑丈でも、痛い物は痛いのだ。

 それに。

 痛みを忘れたら、それはただの化け物だから。

 自分達はそうではない。

 嬉しければ笑い、悲しければ泣ける存在(もの)だから。

 だから、心配するのだ。

 

「…桜の木が折れていなければ良いのですが…雪兄様がせっかくお花見に来て下さったのに…」


 そして、今の月兎の心配は、そこだ。

 雪緒(ゆきお)がこの地を訪れるのは、久しぶりも久しぶり。

 養父である杜川(もりかわ)が他界した時以来なのだ。

 なので、しっかりと歓待をしたいのに。

 それなのに。

 こんなに、イライラと不平を零す事になるだなんて。

 あの時、雪緒は伴侶の高梨と共に涙を流してくれた。悲しみや切なさを共にしてくれた。

 それなのに、月兎は…いや、月兎達は、雪緒にそれが出来なかった。

 瑞樹達みたいに、傍に行きたかった。

 彼らみたいに、一緒に泣きたかった。

 けれど、自分達は人とは違う異質な存在だから。

 何年も、何十年も変わらない姿を晒す訳にはいかない。

 だから、成長が緩やかになった事に気付いた天野(あまの)は、朱雀の任務中に帰らぬ人となった事にしたし、天野の伴侶であるみくは、その後を追って、海に飛び込んだ事になっている。遺体は、潮が激しい場所だから、回収は不可能だったと言えば誰もが納得してくれた。

 もっと時間が経ち、自分達の事を知らない者達だらけになれば、あの街へ戻れるだろう。だが、それは今ではない。まだその時ではないのだ。


「あっ、星に」


「おー、つきとー!」


 悔しいと、もどかしいと、唇を噛む月兎の目の前に、相楽(さがら)を肩に担いだ星が走って来て、通り過ぎて行った。


「ちょ…っ!! 星兄様!? まっ、待っ!! どうして相楽様を!? って、相楽様、息してますかっ!?」


 さらっと脇を過ぎて行った星を振り返り、追い掛けながら月兎が叫ぶ。

 相楽は明日の花見の為に、川魚を調達中の筈なのに、何故、星に担がれているのだろう?

 更には、何故かぐったりとしている様に見える。肩に担がれ、頭が下を向いているせいで、血が上っているのかも知れない。それでも、眼鏡が落ちない様に片手で押さえているのは、流石と言うべきなのだろうか?


「ゆきおに怒られんの怖いから、相楽のにーちゃんに謝ってもらうんだ!」


 しかし、月兎への星の返答は明後日過ぎた。


「はあっ!? と、とりあえず、一旦止まって下さいっ! 何がどうして怒られるのかは謎ですし、相楽様が謝るのも更に謎ですがっ! このままですと、相楽様が昇天してしまいますっ!!」


「んあ?」


 思った事をそのまま話す星に、理路整然と話せと云う方が無理なのだが、想定外の事があれば、やはり訊いてしまうのは仕方のない事だろう。

 とりあえず疑問は脇へ投げ捨て、月兎は星の前へと周りこみ、その進行を止めるべく両手を広げた。


 ◇


「助かったよ〜、月兎君〜。星君は〜、おじいちゃんでも〜容赦無いよね〜。もぉ~、胃が~ぐるんぐるんしちゃって~」


 星の無謀な運搬から、月兎の背中へと移動する事が出来た相楽は、笑顔でそんな事を言った。


「相楽のにーちゃんは、じいちゃんじゃないだろ」


 相楽の物言いが気に入らなかったのか、星が唇を尖らせた。

 星が言う様に、相楽の容姿は老体には見えない。天野より、若干上、四十後半か、五十手前にしか見えない。


「見た目はね〜。僕〜、これでも八十超えてるって〜、何度言えば解るのかな〜? 労ってよ〜」


 元より垂れ目がちなせいで、童顔に見えなくもない相楽だが、彼もまた、(あやかし)から長寿の恩恵を得ているのだった。相楽本人は『それは秘密だよ~』と笑うばかりで、どうやって純粋な人間を止めたのかは謎のままだが、誰も深くは追及しなかった。相楽に話す気がない限り、それを聞き出す事は不可能だと誰もが理解しているからだ。

 それでも、獣道を爆走されるのは、身体にも精神的にも堪えるので、相楽は肩を竦める。


「たけるはぴんぴんしてるぞ」


 のに、星はにべもない。


(たける)君は〜、鍛えているからね〜。僕は〜ただの〜、何の鍛錬もしていない〜か弱い医者だからね〜。雪緒君と~同じ様に扱って欲しいなあ〜」


「相楽のにーちゃんは、ゆきおじゃない」


 本当に、にべもなさすぎる。


「はいはい。もう、頭の痛くなる会話は止めにして下さい。相楽様は、ボクが丁重に運んでいますからね」


 星と相楽の会話に頭痛を覚えた月兎が、やんわりと二人の攻防を止めた。


「…それよりも、あの無礼者です。星兄様を飛ばすだなんて許せません。帰ったらお説教です」


 が、直ぐに元々の頭痛の種を思い出し、眉間に皺を寄せる。


「違うぞ、つきと。悪いのはおいらだ。だから、ゆきおとゆいに謝んだ。んだから、相楽のにーちゃんに付いて来て貰ったんだ」


 そんな月兎の前に星が回り込み身を屈めて、ちょんっとその眉間を人差し指で突きながら言った。


「拉致の間違いだよね〜」


 ぴくっと身体を震わせた月兎に、相楽は苦笑した。まだまだ青いね~、と言わんばかりに。


「どう云う事ですか?」


 首を傾げる月兎に、星は相楽に言われた事をまんま伝えた。

 それで兄馬鹿の月兎の溜飲が。


「ああ…そうですね…そうですよね…」


 下がった。


「結様は、まだ幼いんですものね…。ああ…睨んだりして大人気無かったですね…」


「だいじょぶ。謝ればだいじょぶだぞ!」


 しょんぼりと項垂れる月兎に、星がにぱっと笑う。

 

「本当に星君達は〜、見ていて飽きないよね〜」


 月兎に背負われながら、相楽は眼鏡の奥の目を細めるのだった。

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― 新着の感想 ―
妖あやかしから長寿の恩恵を得ている どうやって純粋な人間を止めたのかは謎のまま それは秘密…… うん、 さすが相楽くん。 えみちゃんは、そっか。 相楽くんが八十オーバーなんだから そうですよね。 …
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