8-4
山肌がむき出しの茶色い斜面を俺は頭から滑り落ちていく。
ずざざざざざざ!
ジェットコースターの勢い。
風圧が顔を容赦なく圧迫してくる。
崖を一気に滑りきり、森の中へと突入し、地面に激突してジェットコースターは終点を迎えた。
腕を前に出して滑り落ちていたため、頭をぶつけるのだけはかろうじて防げた。
「いたたた……」
身体を起こす。
腕と脚を動かしてみる……ちゃんと動く。
周囲を見渡す。
競い合うように背を伸ばして立ち並ぶ、やせた木々。少しでも陽の光を浴びようと枝葉を広げあっていて、地上にまで陽の光はほとんど届かず、薄暗い森の中に小さな木漏れ日がぽつぽつとあるだけだった。
丘の勾配を一気に滑り落ちた俺はふもとの森に入ってしまっていた。
勾配の上を見上げる。
俺たちがいた丘は遥か高い場所に……。
こんな傾斜の、こんな高さを俺は滑り落ちたのか。
これがゲームじゃなかったら骨折のひとつやふたつでは済まなかっただろう。
俺は自分の肉体があくまでデジタルの存在であるのを否応にも認識してしまった。
「いったーい……」
隣にはセレナがいた。
よろめきながら起き上った彼女は俺の姿を見るなり、素早く立ち上がって俺を指さして非難してきた。
「トキヤ! ちゃんと命綱持ってなさいって言ったじゃない!」
「持ってたぞ。っていうか、今でも持ってるぞ」
俺はロープを握る手をセレナにつきつけた。
まあ、そのせいで俺も巻き添えになって落ちてしまったんだけどな……。
落っこちるまで握ってるなんて律儀だな、俺ってば……。
「あ、足場にしてたところがいきなり崩れちゃったのよ……。ゴメン」
冷静になったのか、セレナは急にしおらしくなった。
がっくりとうなだれる。
「アタシってば毎回こんなのばっかよね……。つっぱしっちゃって」
「まあ、それがセレナのいいところでもあるんだけどな」
「いいところなの?」
「ああ。いいところだぞ」
「……そう。ありがと」
怪訝そうな顔をしていたセレナは、それから顔を赤らめて下を向いた。
頬をかくしぐさがかわいい。
普段からこれくらい素直な性格なら……。
「そういえば、崖から転げ落ちたのって昔もあったわよね」
セレナが笑みを浮かべながら言う。
そういえばあったな。シチュエーションも似ている。セレナがきれいな花を崖に見つけて、それを取ろうとして転げ落ちたんだっけか。手足の擦り傷で済んだのが今思えば不思議でならない。
「トキヤがきれいな花を摘もうとして崖から転げ落ちたのよね」
こいつ、また記憶を書き換えてやがる!
「それは俺じゃなくてセレナが――」
ピロンッ。
そのとき俺とセレナのタブレットが同時に音を鳴らした。
パーティーチャットの通知音だ。
タブレットを覗くと、パーティーチャットにクラリーチェとルンの書き込みがあった。
クラリーチェ:二人とも、だいじょうぶ? >_<
ルン:ご無事ですか!?
俺とセレナはそれに返信する。
トキヤ:なんとかな。
セレナ:アタシとトキヤは平気よ。
「平気じゃないだろ。結構ピンチだろ、これって」
「クラリーチェたちを不安にさせちゃダメでしょ」
クラリーチェ:今どこにいるの? >_<;
トキヤ:崖下の森の中。
セレナ:ワープクリスタルで帰還するから、街の広場で待ち合わせしましょ。
クラリーチェ:わかったよ。^_^
ルン:了解しました!
セレナ:ちなみに、薬草はばっちりゲットできたわよ。
クラリーチェ:すごーい\(^。^)/
ルン:さすがセレナさんです!
書き込みを終えたセレナはタブレットを閉じた。
「薬草、手に入れたのか!?」
「ふふーんっ。まあねー」
セレナが俺に薬草を見せびらかす。
彼女の手のひらには、思いっきり握られてしなしなに萎れた薬草があった。
すごい根性だ。
しかし、こんなしなしなの薬草でちゃんと薬がつくれるのだろうか……。
タブレットのクエスト欄を確認する。
【ストーリー】
病にふせる少女のために薬をつくってほしいと町長に依頼された。
進行4:調合スキルで薬草から薬を作成する。
「……ちゃんと入手扱いになってる」
「ほらね?」
セレナは胸をそらして威張っていた。
とにもかくにも、あとはこの森から脱出するだけだ。
俺はワープクリスタルを手にする。
これがゲームで助かった。現実なら遭難するところを、このアイテム一つで拠点に設定した街へと瞬時に帰還できるのだから。
セレナもポケットをまさぐる。
「さてと、ワープクリスタル、と……」
……。
しかし、セレナは一向にワープクリスタルを出そうとしない。
「あれ? おかしいわね」
タブレットを操作してストレージの中も見はじめる。
……。
徐々にセレナの顔に焦燥の色が浮かんでくる。
おいおい、マジか……?
めちゃくちゃ嫌な予感を抱きつつ、待つこと三分。
「ちょっ、えっ? ……ウソでしょ!?」
タブレットをから目を離して俺を見つめだしたセレナは、顔を真っ青にして引きつり笑いを浮かべていた。
「ワープクリスタル、忘れてきちゃった」




