8-3
「アタシが取ってみるわ」
セレナが崖際にはいつくばって、崖下の勾配に腕を伸ばす。
「うーん、うーん……。どう? 届きそう?」
彼女の必死に伸ばす腕は、残念だが薬草にはぜんぜん届いていない。
「一番背の高いトキヤどのに頼むであります」
「いや、あれはちょっと腕を伸ばしたくらいじゃ届かない距離だな」
セレナの横に並び、膝をついて崖下を慎重に覗き込む。
薬草は斜面のだいぶ下のほうに生えている。
斜面は山肌がむき出しになっていて、でこぼこしている。うかつに降りて取ろうものなら足場にしていたでこぼこが体重で崩れ、足を滑らせて崖下に滑落しかねない。
タブレットのマップと見比べる。
クエストアイテムに指定されている薬草はあれで間違いない。
これはまた難儀な位置に生えているものだ……。
「トキヤ、ぎゅっと縛って!」
なにごとかと横を振り向くと、セレナが腰にロープを巻きつけていた。
「ロープなんて準備がいいな」
「ルンが持ってたのよ。ほらほら、ぎゅっと縛りなさい」
セレナに指示されるまま、彼女の腰にロープを縛りつける。
「おい、これってもしかして……」
「そうよ。アタシが直接降りて薬草を取ってくるわ。命綱、しっかり握ってなさいね」
ロープの先端は俺の手にあった。
おてんば娘を通り越して、無謀の域に入っている。
「やめておけよ。薬草なら他の場所にも生えてるかもしれないだろ」
「そんなのさがすの手間じゃない。アタシがこっからひょいっと取ってくればクエスト完了なんだから」
「『ひょいっと』って高さかこれ……・?」
崖下からは恐ろしげに風が吹きあがってきている。
しかも底のほうは木々の茂みに覆われてどれほど深いのか見当もつかない。
「じゃ、行ってくるわね。命綱よろしく!」
「おい、セレナ!」
セレナは命綱を俺に託して急勾配の斜面を滑り降りていった。
ずざざざざ……。
砂埃を巻き上げながら山肌がむき出しの斜面を滑っていく。
ロープがみるみる下へと落ちていく。
そしてあっという間にロープはぴんと張り詰めた。
セレナの体重がずん、と俺の身体を引っ張る。
「お、重い……」
「ちょっとトキヤ! 乙女に対して重いってなによ!」
「重いもんは重いんだからしかたないだろ!」
「三回も言った! あとで覚えてなさい!」
下からぎゃーぎゃー非難が聞こえてくる。
「トキヤくん。わたしも命綱持つよ」
「ジブンも助太刀するであります」
クラリーチェとルンがロープを握る。
しかし、俺にかかった負担はさほど変わらない。
「早く薬草をつんでくれ、セレナ!」
「これじゃ届かないわよー。もっと命綱伸ばして!」
俺たちはじりじりと崖際へと詰め寄ってセレナを下へと降ろす。
「これが限界だぞ!」
俺のつま先はすでに崖っぷちを踏んでいた。
「クラリーチェとルンは危ないからロープから手を放してくれ」
「わかった」
「了解であります」
二人がロープから離れる。
「どうだ? 薬草は?」
「あともーちょっと! もうちょっと腕を伸ばせば取れそう!」
そのときだった――俺の身体が急激に引っ張られたのは。
セレナが足を踏み外したのだ!
不意の負荷に俺は足を滑らせ、セレナと共に崖下へと真っ逆さまに転がり落ちてしまった。




