229.そういう事
「…」
式場のバルコニーへ出て暗い空に浮かび上がる山影を眺める。
先ほどまでの喧騒が遠く、火照った身体が少しづつ冷めていく感覚に身を任せる。
俺が一度死んだあの日から2年。
あの日生き返ったことはただの奇跡であり、騎士を貫き通した俺へが最後に大切な人達に別れを告げる為の時間なのではないか…と思っていたのが懐かしい。
結局その後も奇跡が切れたかのように突然死体に戻る事も無く極めて健康にここまで生きてきた。
そして今日、ついに俺はサリン様とジオネと家族になった。
1年前に実施された民が行う政治も結果的にはうまくいった。
何事も無くスムーズに切り替わった訳ではない、だが毎日忙しく働きかけて様々な問題を解決していくうちに丸く収まった。
もはや些事でサリン様が呼び出される事も無くなり、新しい時代が始まっている。
まぁそれのせいで正式な婚姻の式がここまで遅れてしまったのだが、それについては誰も文句は言わなかった。
当然狂ったように忙しかっただけなのだが。
「…」
まぁとにかくそうしてやっと行えた式を俺は一人抜け出し、こうして一人黄昏ている。
俺も一応主役ではあるのだが、どうにも後半になるにつれ皆酒が入りやや混沌と化しつつあったのだ、それで少し疲れたから抜けただけだ。
主な原因は面倒な絡み方をしながら式場を徘徊するスタンから逃げる為という面が大きい。
とはいえサリン様もジオネも楽しそうに笑っていたし止めるのは野暮だろう。
…他の見知った参加者もスタンを止めないのは、丁度半年ほど前に彼女が全く新しい生命を作り出し、魔術学会に大きな波紋を生み出したからだろう。
スタンは生み出したそれを魔術生物と呼称し、現在は様々な分野に特化した魔術生物の開発中なんだそうだ。
スタン曰く、魔術生物の研究を進める土台は整ったからあとは研究をすればするほど新たな境地へと至ることが出来る…のだとか。
スタンの作った魔術生物は非常に万能であり、形も自由自在でこれまでも存在はしていたゴーレムのような単純な命令しか聞けない物ではなく自身で考え学習する事が出来る…といったもはや新しい生き物だ。
とはいえ学習できる、といった所に不安を察知したサリン様によって現在はある程度知能指数を落とした個体のみ公表しているが…どうせ作ってるんじゃないか?スタンだし。
…いやわからんな、少なくともサリン様のいう事だけはいつも聞いているからな…思ったより自重してやり過ぎないようにはしているのかもしれない。
「よう、主役がこんなところに居ていいのか?」
「あまり良くはないのでもう少ししたら戻りますよ」
カコルネルさんが背後から話しかけてきた、参加者側の正装を若干着崩しての登場だ。
「奥様と息子さんは良いのですか?」
「ああ、今はリインに預かってもらってる」
そう話すと彼は俺と同じように遠くを見つめる。
穏やかな表情だ、数年前に初めて会った時はもっと穏やかさの中に厳しさが少し混じったような表情をしていたのだが…ああ、そうか父親の表情になったのだ。
「息子さんは可愛いですか」
「目に入れても痛くはないな」
「はは、父親ですね」
「そうだな」
そして続ける。
「だがそれと同時に俺は弱くなった」
「全くそうは見えませんが」
彼はいまだに現役だ、父親となったにも関わらず彼はいまだ戦場に居る。
戦場で、殺し続けている。
「迷いが生まれるんだよ。殺す瞬間とか。コイツも誰かの大切な息子だったってな」
「…」
「今まではそんな事考えもしなかった。憎い魔族だぜ?喜んでぶっ殺してたよ。ここだけが俺の居場所だってな」
彼の表情は変わらない、変わらないまま穏やかな表情でそう話す。
「でも新しい居場所が出来て…殺して減らすだけで何も作り上げない事に…迷いが生まれる」
彼は振り返り、式場で楽しそうに息子を自慢しているリインを見つめて続ける。
「これでいいのかって、立派な父親になれてるのかってな」
「立派ですよ。貴方は。子供の為に悩めるなんていい事ではないですか」
「ははっそうか?」
「はい。私も…沢山悩もうと思います。沢山悩んで考えて…そうして時に相談して答えを出せばいい」
「…きっと悩んだ分だけいい答えが出せる。ってか」
「そういう事です」
遠い山影を見つめまだ見ぬ子ども達を思う。
俺は良い父親になれるだろうか?
だが今すぐに分かる事でもない、ならばやはり考えて悩んで…沢山の良い道を示すと誓おう。
美しく煌めく星空を背に抱えて静かに、しかし確かに存在を感じさせる黒く高い山影に。




