三十六話 さとりの能力
地霊殿でお燐の紹介を受けた後、俺達はさとりの自室に案内された。
「失礼します」
さとりの部屋からは、紙独特の匂いが充満している。両側の壁を見ると、大きな本棚に隙間なく敷き詰められた本がシリーズや高さ順に並べられていた。
紅魔館の図書館には及ばないけど、この数の量を一人で読むなら相当だ。
整った本棚を眺めていると…。
「座ってください」
さとりが促す。
彼女が座っている椅子や前にあるテーブルは主らしく、シンプルだけど年季が入っているように見える。だけどその大きさは、さとりの身長と少しズレていて、可愛らしい顔がちょこんと机から飛び出しているように見えた。
俺の考えている事が丸わかりのさとりは、真顔で立ち、応接用に設置してあるソファーに腰を掛けた。それを見て、俺とルーミアもさとりの向かい側に座る。
「さて、和也さんにはここで生活してもらう訳ですが……」
さっきのことはさらりと無視し、そう言ってさとりは一枚の紙を取り出して、テーブルに広げる。俺も、触れて欲しくないんだろうと思い、無視して続ける。
「これは……?」
「博麗及び地霊殿の同盟関係に関する書類です」
「同盟?」
俺は突然のことにもう一度聞き返す。
「実の所、和也さんの身柄預りの際に少し条件を付けさせてもらいました」
「それが同盟だと?」
さとりは笑顔のままで頷く。
俺はちらっとルーミアを確認する。俺の意図を汲み取ったのかルーミアは首を横に振る。
(情報通なルーミアでもこの件は知らなかった……?じゃあ麗奈の独断?いや、だとしても麗奈が俺にもそれを言わないとは思えない。それなら……紫か?)
改めてみんなに知ってもらいたい。交渉事に置いて、『古明地さとり』という少女は極めて有能であることを。これに関しては幻想郷内で彼女の右に出るものは居ないだろう。
相手の考えている事が筒抜け……それは建前も嘘も通じない。必然的に本音での交渉を強いられるのだ。かく言う俺も、それを感じている張本人だ。
「安心してください。心配性の私が念の為に提示した条件なので、断ってくれても文句は言いません」
「そう言ってもなぁ……。俺は博麗神社の居候、同盟の判断を出来るほど偉くないんだよ」
「だよねだよね!お姉ちゃん強引だよね!」
「だよな!………って誰!?」
俺の後ろからひょっこり顔を出している少女。
ーー黄色味かかった緑色の髪に同色の瞳。特徴としては、頭に被った鴉羽色の帽子に、薄い黄色のリボンをつけている。そして、さとりと同じーー眼を持っていた。
ただ少し違うのは、その眼は完全に閉じていたことだ。
「こいし…居たんですか」
「ただいまお姉ちゃん!」
さとりは自分が座っているソファーを指し示すと、それを見た緑髪の少女が鼻歌を歌いながら着席する。
「この子は私の妹の『古明地こいし』です」
さとりって妹いたのか。
俺は、こいしという少女を見つめる。確かにさとりと似ている。でも、雰囲気的にさとりは大人しい印象を受けるが、こいしは、天真爛漫な印象がある。
「よろしくね!」
「あぁよろしく」
彼女は俺の前に手を差し伸べる。俺もその手を握ろうとする。
だけど、俺の手は空を切った。
「……?」
「無意識状態になりましたか…」
行き場を失った右手を開いたり閉じたりする。
「無意識?」
「えぇ、こいしの能力は自分を無意識に無意識状態にして、周りから察知されなくなる能力なんです」
「なるほど、分からん」
その言葉に軽くルーミアがため息を漏らす。このクソ妖怪をどうしてやろうか、頭の中で思案しているがもう一度頭の中を整理する。
「無意識ってつまりあれか?人が、何も考えずにやってしまう行動のことか?」
「まぁそういうことです。彼女は自分の意識とは関係なく能力を使ってしまってるんですよ……無意識で。なので、私達には見えないし、感じないんですよ」
なるほど、そんな特殊な能力もあるのか。
そう思い、隣にいるルーミアに話しかける。
「そう言えば、お前ってどんな能力だっけ?」
無関心そうに聞いていたルーミアが、やる気のない声で言った。
「私〜?私は〜『闇を操る能力』だよ〜」
闇を操る能力……あの時出ていた触手みたいなのは、闇だったのか。
俺が、能力について知識をつけている頃、さとりは書類を綺麗に揃えて自分の引き出しにしまっていた。
「とりあえず、この件については保留にしましょう。和也さんの独断では決められないと思うので…」
「悪いな」
「いえ、元はと言えば無理なお願いをしたば私が悪いので……」
俺はバツが悪そうに頭を搔く。申し訳なさそうに謝ってきたさとりの顔が少し、寂しそうに見えたからだ。妖怪とはいえ、子供のような姿をしている子にそういう顔をさせてしまったのは逆に悪い気がしてくる。
「そんな、気を遣わないでください。私は大丈夫ですので…」
気持ちがだだ漏れなので、心配している気持ちが伝わってしまった。
「和也さんも疲れたでしょうから、部屋で休んでください。あと、ルーミアさんも…」
「そ、そうだな!歩き疲れて、くたくたなんだ。部屋に戻って休むよ。ルーミア……来い」
「はぁーい」と子供じみた返事をしてついてくるルーミア。居ずらくなったさとりの部屋を後にして、俺達は部屋に戻って行った。
ただ少し心配なのは、ルーミアと相部屋だという事だ。どうせろくな事にならないのは目に見えている。
俺は少し億劫な感情を抑えつつ自室の扉を開けた。




