約束は果たされる?
お待たせしました。
不意を突く。それは相手の予想もしない行動。人間は自分の想像を超える出来事に遭遇すると暫し、思考停止に陥る。どんなに優れた人間でも不意を突かれるとそうなるのだ。これが悪意が含まれる行為なら苦々しく思うだろう。だけど、好意を込めて行われると人は呆気にとられて、まともに反応出来なくなる。そういうのをサプライズとも言われる。俺の驚きは希望か? はたまた絶望か? 俺の明日はどっちだ!?
師匠を交えての久方振りの夕食だった。
「そんな事件があったなんて俄かには信じられないね」
「そうね。人が服だけを残して消えてしまうなんて、怖くて信じたくないわ」
「ええ。村を直に見た私でさえも今だに信じられませんよ。一体どこに消えたのやら」
どこに消えたかと言えば蚊の化け物の中に消えたとしか言えない。
だけど、信じられないだろうね。
「もしかしたら魔獣の仕業かもしれないね」
鋭なダディ。
「私もそう思うのですが、血の一滴も残さずに人を消す魔獣など聞いた事もありません。家の中も荒らされた形跡は無かったですからね」
人体消失のミステリーだね。
まあタネは知っているんだけどね。
でも、それを話したら三人は心配して俺の行動を制限するんだろうな。
今は内緒にしておこう。
「この機会に一度エルフの里に戻ろうと思います。先程話した問題もありますし、ね」
「帝国の介入か、それも仕方ないかな。疑いを掛けられたんだから村々を立ち寄るのも自重しないとね」
「残念だわ。せっかく仲良くなれたのに。ねぇ、クラウス」
「うん。でも、二度と会えないってことはないでしょ? 師匠」
「そうだね。また会えるよ」
うん。師匠のナデナデで信じられるよ!
「それに離れるのは一年程です。半年程は子爵家でローゼお嬢様の魔法の先生を勤め。その後は里に戻り魔獣の討伐状況から色々な情報まで集めてこようと思います。もしかしたら今回の事件の解決の鍵が有るかもしれない」
「無事を祈っておりますわ」
「そうだね。また無事にここに帰って欲しいね。クラウスの為にも」
「うん。もう師匠は僕の家族も同じだよ!」
俺の妻になるのですからな!
「そうよ。家族も同じよ。そうよねトリス」
「ああ。必ず帰ってきて欲しい家族だね」
「あっ、ありがとうございます。こんな私に優しくしてくれて、その上家族と思っていただけるなんて……」
「あらあら。泣かなくても良いのよ。アデリーネ」
マザーが母性全開で師匠を抱きしめている。
なんと素晴らしい構図か。
これは世界遺産級の絵画になる構図だね。
しかし、さらりと呼び捨てにするとは出来る女は違うな。
これでより親密になるってもんだね。
そして少し湿っぽくなった所で夕食後の団欒はお開きとなり、俺と師匠は連れ立って俺の部屋へと入っていった。
「ごめんね。少し涙脆くなってしまったみたいだ」
「んーん。いいんだ。師匠も泣きたい時は泣いてもいいと思う」
「クラウス……」
長く生きれば色々あるだろう。
それがエルフなら尚更に、ね。
「ふふふ。クラウスは優しいね。だから、私も気が許せるんだろうね。…そうだね。私は、家族と言うものに少し縁遠い生き方をしてきたから。だから君やご両親に家族だと言ってもらえた事が嬉しくて泣いてしまったんだろうね」
「そうなの?」
「ああ。小さい内から親と離れ修練の日々を送り。誰にも気安く接してもらえず。来る日も、来る日も敬われてばかり。終いには親にも似たような扱いを受けてね。その時に思ったんだ。私の家族はもう居ないんだろうなって」
そんな事が…。
「だから家族だって言われて凄く嬉しかったんだ。ありがとうクラウス」
「師匠……」
だったら…。
だったらそんな泣きそうな笑顔をしなくてもいいじゃないか。
もっと笑ってくれよ!
「クラウス?」
「絶対に僕が師匠の家族になる」
俺より大きい筈なのに。
抱きしめると、こんなにも小さく感じる師匠を。
俺は家族になって守るよ。
師匠が笑っていられるように守るよ。
その為に強くなる。
「ありがとう。私もクラウスと一緒に居たい。それに君と居られれば毎日が楽しそうだしね」
「うん。僕、頑張るよ!」
身も心も満足させますよ!
そう身も、心も。
うむ。このお胸様も満足させましょうぞ。
「師匠。今日も一緒に寝ようね!」
「うん。いいよ寝ようか」
さあ寝ましょう。
いざ寝ましょう。
もう寝ましょう。
そしてシャツ一枚になった艶かしい色気漂う素晴らしいエルフと閨を共にした。部屋にワイシャツのエルフ。うむ! なんと素晴らしい響きか! このシャツも極上の手触りだし。それを着る師匠も素晴らしい手触りナリ。俺は俺の想像力を凌駕する感動に身を震わせることしか出来なかった。瞳を潤ませ頬染めるエルフを押し倒したい衝動を抱きつく事でやり過ごし。その極上の乳に埋もれながら眠りに就くまで二人の夜は続いた。早く大人になりたいと切実に願ったのは言うまでもない。
そして二人の夜は明けた。朝日が別れ時を伴い訪れたのだ。
「おはよう。師匠」
「おはよう。クラウス」
もう、寂しくはない。
「さあ、朝食の手伝いに行こう」
「うん」
だって、彼女が笑顔で迎えてくれるから。
この胸には彼女の温もりがあるのだから。
悲しむ暇などないのだ。
だから朝食の時も何時もの日常の様に過ごした。
マザーとダディも変に気を遣う素振りもなかった。
その光景は確かに家族のそれだった。
何時もの様に朝食を過ごし。
何時もの様に見送るのだ。
そして師匠は家から旅立つ、当然の様に。
「師匠。辛かったら僕達を思い出してね」
「ああ。分かったよ」
特に俺を思い出して欲しい。
「師匠。危ない事には気を付けてね」
「ふふふ。気を付けるよ」
その玉のような肌に傷を付けないでね。
「師匠。変な人にはついて行かないでね」
「……クラウス? 私は子供ではないよ?」
「だって師匠が可愛いから心配なんだもん」
ほら、可愛いって言われただけで直ぐに赤くなる。
本当に可愛いな。
今すぐに襲いたい。
「そ、そんな風に思うのはクラウスくらいだから心配いらないよ」
「じ~…」
「ああ。もう見なくてもいいの!」
師匠に目を塞がれてもうた。
手がひんやりとして気持ちいいな。
「師匠。いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
そろそろ手を離してもいいと思うの。
「そっ、そうだ忘れ物があった」
「ん? 何を忘れたの師匠?」
「これだよ」
なんでっしゃろ?
そして、何時かの約束が果たされる。彼女のヴァージンピンクの唇が優しく俺の唇に触れる。ただ触れるだけのくちづけ。それは彼女の精一杯のくちづけ。今できる最高のくちづけ。刹那に交わされた約束のくちづけだった。瞳を閉ざされていても確かに感じられた。何故なら彼女の熱い吐息が頬を撫でたからだ。予感はあった。息を呑む気配がした。それでも頬に触れる程度だと思っていた。だけど、俺の予想は彼女の大胆さに裏切られたのだ。……いい意味で。
「し、師匠?」
もう遮る物は無い。
「も、もう忘れ物は無い、よ」
だから彼女の赤い顔がよく見える。
「行ってきます!」
そして、その赤い顔に負けない笑顔が俺の胸を貫いた。
「いってらっしゃい……」
見送る彼女の後ろ姿は、確かな自信に満ちていた。
グリーンゴールドの髪を靡かせ。
颯爽と立ち去る貴婦人が一人。
彼女の名は、アデリーネ・グリューン。
大胆にして俊敏。
その姿は俺の師匠に相応しい女性であった。
さっと現れ。
さっと過ぎ去る。
まるで嵐の様な人ですね。
それでは次回も会いましょう!




